「………おやすみ、黒子っち」



最初に二人の言葉ない冷戦状態をぶち破ったのは向こうだった。



(触った)

(キスをした)



それがたとえ髪に僅かに触れるか触れないかの僅かだったとしても。


どかっ


思わずその場で蹴り飛ばしていた。



「ってえ…ッ…」

「……なにするんですか」

「なにって、黒子っち起き、て、あ…」



ベッド下に転がり、今しがた蹴られた腹を押さえるも、黒子か起きていることに明らかに狼狽る黄瀬。


(ずるい)


無意識に乾いた唇を噛みしめる。


彼は自分が眠っていると思っていた。

意識のない状態だから、こっそり触れても構わないと。


土下座して許しを請うならまだしも、そんなのルール違反以外の何物でもない。



「……そんなに、僕に触りたいんですか」



低い声でそう呟くと、ベッドに腰を下ろしたまま右足をすっとその綺麗な顔面へと突き出す。

蒼白に色変わりするそれを見下しながら、冷たく言い放った。



「舐めてください」

「え……」

「僕に触れたかったんでしょう? キスしたかったんでしょう? 綺麗に舐められたらご褒美あげますよ」



黒子を見つめて右往左往と泳ぐ動揺に揺らめいた瞳。

本気だと悟ると、刑を待つ受刑者のようにごくりと喉を鳴らして身体を震わせた。



「…………ッ、」



ーーーー最初は親指から。

ちゅ、と口付けてぺろぺろと子猫のように舌で舐めていたが、そのうち大胆に口に含んでくちゅくちゅと音をたてる。

さらに親指だけでなく人差し指中指全ての指を丹念に嬲って。

指の間にまで舌を這わせながらときどき機嫌を伺うように此方を見上げる視線がいやらしい。

熱を孕んだ瞳に覗き込まれると、ぞくりと奇妙な高揚感を覚えた。


彼は自分以外にはこんな表情を見せないと、根拠のない自信があった。



「………ッん…」



そのまま全ての指を舐め終わった舌が、つつつと土踏まずまで辿るものだからくすぐったくて思わず喉から零れる声。

その様子に彼も気分をよくしたのか踵、踝、脛と通って膝小僧まで辿り着き、調子に乗り過ぎだと足を振る。



「……そこまで舐めろとは言ってませんけど」

「あ……」



我に返ったように顔を俯かせる彼に、腹の奥がちりちりと焼かれた。



「………さすが、こういうことも慣れてるんですね」

「だって、黒子っちが舐めろって…」



嫌味の一つでも言うと、叱られた子供のようにうっと一気に切れ長の瞳いっぱいに涙が溜まる。

が、耐え性のないそれは直ぐに決壊をおこし、頬をぽろぽろと流れ落ちた。



「なんで君が泣くんですか」

「だ、だって」

「……泣きたいのは、こっちの方だ」



(あ、やばい)



ぐるんと彼に背を向けてそのまま落ちていた毛布を手繰り寄せる。



「く、ろこっち……?」



蓑虫のように中に包まると、戸惑ったような声が聞こえてさらにきつく毛布を握り締めた。



「……黄瀬くんにはわからない……」

「え………?」

「黄瀬くんわからないっ、一人家で誰かの帰りを待つ気持ちなんて…!」



もう帰って来ないかもしれない、考えれば怖くて眠ることも出来なかった。



「ましてや、他の誰かを抱いた男におかえりやおやすみなんて言う気持ちなんて…っッ」



厚い羽毛越しに、この恨み言は届くのだろうか。

別に彼を虐めたかった訳じゃない。

すぐに他に流れてしまうような安っぽい気持ちなんていらないし、そんな弱さは大嫌いだ。

気持ちに見合う覚悟が欲しかっただけ。


それでも毎日毎晩真綿でじわじわ首を絞めるような責め苦にあって。



(これくらいの意地悪、許してくれたっていいじゃないですか…)



酸素の薄い中で漏れ出る嗚咽を必死にかみ殺していると

布団の上から苦しいぐらいの―――――圧迫感。



「こめん、ごめん…ッ」

「やめろ、さわるな!!」



暴れるもそれをさらに押さえ込むようち毛布ごと、強い力で包み抱かれる。


(なんだよ…)


馬鹿みたいに一人で意地張って我慢して。

でも彼だけがこうもあっさりと僕がこれでもかと塗り固めてきた壁を踏み越えるなんてーーーーーーー無性にやるせない。



「…泣かないでよ」

「ないてません」

「泣き顔…見たい」

「死んでも、見せません」

「……けち」



(あたたかい…)



海辺に佇む砂の城のような脆い防御壁に謝罪の雨が降ってくる。



「ごめん、ごめんなさい、許して」

「そんな、簡単に…」

「………一生かけて償うから」

「…………ッ……?」



ひょこり。

僕のちっぽけな籠城はいともあっさり陥落。

出て来た言葉に驚いて頭だけモグラのように突き出す。



「い、しょう…?」

「………やっと、顔が見れた…」



久しぶりに見る微笑む黄瀬の目元も、酷く腫れて赤らんでいた。


(彼だって苦しんでいた)


その事実が少しだけ自分を慰める。

そんな泣き濡れた汚い顔を彼は宝物を扱うかのように両手で挟み込んでくれた。



「うん、一生、俺が死ぬまで」

「いっしょう、いっしよ?」

「いっしよう、いっしよ」

「………嬉しい」

「……俺も」



零れるしずくを拭う。


やっぱり笑った顔が好きだから。


今まで離れていた距離を埋めるように互いに額を擦り合わせた。



(ご褒美…僕の方が貰ってしまいましたね…)



ひとのぬくもりがこんなにも愛しいなんて。





そして一緒に暮らしてはじめて



ダブルベッドで二人抱き合いながら




穏やかな眠りについた―――――…



















ふたりぼっち















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