「ねえ、今日は私が上に乗るね」

「あー…、お手柔らかに」



自分に跨り、いやらしく乱れるモデル仲間。

触れば柔らかくて気持ちいいし、腔に含まれれば勃起もするし、吐精もする。

でも、なんか心の中はもやもや。
霧がかったみたいにぼんやりと。

頭の中を占めるのはなんでいつもあの影の薄い彼のことなんだろう。



『黒子っちと一緒に住みたいんっス!』



強請るように泣き落として漕ぎつけた同居生活。

でも彼の態度は依然として冷たいままだった。

毎日彼の待つ家に帰らなければいけないというのは、天にも昇るほど幸せで、でも同時に心に深い暗闇をもたらす拷問。


(なんで黒子っちはOKしたんだろ…)


ぐっと距離が近づいた分、新居では彼を想像して一人で抜くことも出来なくて、こうやって誘われるがまま女性と身体を重ねている。

女性ものの香水を纏いながら日付を跨いで帰ることが多くなり、それでも彼は気づかないのか、気づいてもどうでもいいと思っているのか追及されることはない。

それでも彼はいつも自分が帰るまで起きていて、俺も、外泊することはなく結局この家に帰って来る。


こんなの、拷問以外になんだって言うんだ。



「おかえりなさい」

「…ん、ただいま」



ソファに座る彼は、黄瀬が帰ってくると読書時だけつけている眼鏡を外して、読んでいた本を閉じる。



「ご飯食べてきたんですか?」

「ああ、うん。モデル仲間と」

「ゆで卵、余ってるんでよかったら朝食にでも食べて下さい」

「ん、……ありがと」

「……では僕は寝ます。おやすみなさい」


挨拶だけの、ほんの少しの会話。

彼はくわ、と小さな欠伸をして自分に背を向ける。



「おや、すみ……」



今日も彼に触れることなく一日が終わってしまった。

無邪気に後ろから抱きつけていた、あの頃の自分はもういない。



(触りたい)

(抱き締めたい)

(キスをしたい)



そんな欲望に似たささやかな願いを乗せた右手を、彼の行先に伸ばす。


けれどその手はただ、いつも通り虚しく空を切るだけだった。










僕は、自分に向けて請うように伸ばされる右腕を知っている。

その手が彼の匂いとは毎回異なる香料を纏っているものだから、僕はまた気づかぬ振りをして振り向くこと無く寝室に向かった。


ベッドは一つしかない。


彼がこれでいいと言ったから。

一緒に寝ようと笑ったから。


二人でこれを選びに行った頃はまだ良好な関係を築けていたかもしれない。

どんなに他人を抱いても、彼は馬鹿みたいにこのマンションに帰ってきて、ベッドだけ共にする。


こんなのは先に寝た者勝ちだ。


僕はこの後、彼がいかに葛藤するかを唯一の楽しみにしながら広いベッドの片隅に身を縮こまらせた。



「黒子っち、もう寝た…?」



シャワーを浴び、もう彼本来の匂いしかしないことに安堵しながら寝たふりを続ける。

彼からの熱烈な視線を薄暗い闇の中で感じるものの、今日も結局指一本触れることの無いままベッドが軋む音は遠い。



「…………臆病者」



反対の隅に身体を横たえる彼に聞こえるだろうか。



(僕にしか、勃たなくなればいいのに)



「………僕からは何も言ってあげませんよ…」



逃げ道を作っている間は絶対受け入れてなんてやらない。



(はやく此所まで堕ちてきて下さい…)




何時でも僕は此所で




君との愛の巣で待っている。













ふたりぼっち















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