「君の部屋はこっちです」
(こいつが、教育係…?)
こちらを見ずに淡々と先行く彼を、後ろからじっと観察する。
大奥の男にしては全くと言っていいほど華やかさに欠け、着物は鼠色がくすんだような地味な色。
本人自体もこれといって特徴のない、人ごみに紛れればそのまま見失ってしまいそうな。
赤司という男は何故自分にこんな教育係をつけたのだろう。
「こっちです」
「!!」
ふっと一瞬思考を逸らすと、つい先ほどまで前を歩いていた彼がいつの間にか横に移動しており、目の前の襖を開く。
「……といっても大部屋ですけど」
開かれた先には、むさ苦しいくらいに同じ色の着物を身に付けた、似たような髪結いの男達がわらわらと蔓延っていた。
それにしても華がないわりには皆好色染みているというか。
髪はそれぞれ結い方が微妙に異なり、色鮮やかな簪を付けるもの、はたまた白粉や紅で化粧を施す者までいるではないか。
「なんだ、新入りか?」
「今日から入った黄瀬という。私が赤司様に教育係を任された。皆も宜しく頼む」
「黒子が指導…?」
「髪が金色ではないか」
「異国人だ」
「不吉の象徴じゃ」
「気味が悪い」
黒子の説明など聞いた様子もなく、口々に呟かれる黄瀬の髪色に対する謗り。
確かに黄瀬は異国の母より生まれた。
この時代鎖国体制は既に整っていたものの、実際は和蘭との外交は途絶えておらず、黄瀬のように日本人との間に生まれる子供は稀にいた。
おそらく赤司のあの燃えるような紅い髪もそうであろう。
彼らが辿る道は皆大体同じもの――――――差別による酷い誹謗中傷だ。
しかし黄瀬にとってこんな中傷は慣れたもの。
一歩前に歩み出て、遊郭仕込みの妖艶な笑みで自分より身長の低い有象無象を見下した。
「は、そんなに俺の美貌が羨ましいんスか?」
「き、貴様!先輩に向かってそのような態度を!!しかも着物の色まで。御三の間は縹色と決まっておるッ」
「えー嫌っスよ、そんな地味な色。江戸の町では今これが粋な色なんで。流行りを知らないなんて、あんた達の方がよっぽど田舎者じゃないっスか」
こうやってすぐに人を挑発してしまうのが自分の悪い癖かもしれない。
でも、媚びるよりも強がりに見合った堂々とした生き方が黄瀬の誇り。
そう開き直って鼻で笑うと、男達の方が羞恥で顔を真っ赤にして拳を握り締めた。
その腕が勢い余って大きく振りかぶる。
「この遊郭上がりの分際で…ッ」
「――――――止めて下さい。黄瀬くん、これは規則ですから。君の分は此方に用意してあります」
怒りに我を忘れた一人が黄瀬に殴りかかろうとしたとき、冷ややかな声を挟んだのはここにいる誰もが今の今まで存在すら忘れていた、教育係の黒子だった。
「あんた…」
「……申し訳ありません、まだ彼に説明をしておりませんでした。叱るなら僕を」
「……〜ッ、もういい!早く夕餉の準備をしろ」
易々と畳に膝を折る黒子に対し、相手の男は苦虫を潰したような顔で彼を睨みつけた。
他の者達もすごすごと自身の持ち場に戻ってゆく。
おかしい。同じ身分のはずだが何故彼らの方が折れる?
―――場の雰囲気から察するに、どうやら彼らには黒子に逆らうことが出来ない理由があるらしい。
何故だろう、こんなくすんだ、地味な男を。
「はい、お心遣いいたみ入ります。黄瀬くんこれに着替えて早く準備をして下さい」
「…………仕方ないっスね」
不満は不満だったが、黒子が庇ってくれたのも事実なので渋々着物に袖を通す。
それでも別に、黄瀬の魅力を貶めるものではない。
「………先輩に、あんな態度を取るものではありませんよ」
むか。
淡々と諭され、何故自分よりも劣る男の説教を受けねばならないのかと鬱憤が募る。
先ほど収めたはずの怒りがふつふつと沸き戻り、着物を羽織るのを手伝おうと伸ばしてきた手を乱暴に払い退けた。
「ッ、」
「………俺、あんたを教育係に認めたわけじゃねーっスから。つか、なんでいきなり敬語?」
「癖、みたいなもので…」
こちらを真っすぐ射抜いてくる琥珀色の瞳。
正論が腹立たしいこともある。いや、正論だから腹立たしいのか。
別に彼を嫌いな訳ではない。罵りたい訳では決してないのに。
そこへ丁度良く先程の男の一人が黄瀬に仕事を持ってきた。
「――――――黄瀬とやら。これを青峰様の部屋へお持ちしろ」
「………わかりました」
「黄瀬くん、」
黒子が何か言いたそうだったが、聞く耳持たずそのまま無視して部屋を出る。
残った先程黄瀬に辱めを受けた男達が、にやりと互いに目を合わせてほくそ笑んでいたことを、その時の黄瀬が知る由も無かった。
大奥
男女逆転