「ん――…」




思わず二度寝したくなるような心地の良い朝。

瞳は閉じたまま、手探りで少し離れた先に横たわるぬくもりを引き寄せ、腕の中にしっかりと収める。

いつもと変わらない。

―――そのぬくもりが異様に小さく、片腕にすっぽり収まってしまうサイズだということ以外は。



「え…………?」




おかしい。隣で眠るはずの愛しい恋人は、いくら自分と比べて小さいとはいえ、成人男子の平均身長くらいはあったはず。

さぁ――と引いてゆく血の気。

恐る恐るタオルケットの中を覗き込めば、どこか冷めたような大きな水色の瞳がじいっとこちらを見つめていた。



「え? ええ?!」



(なにこれ?! どっから入ってきたの??!)


そう、そこにはまだ歩く事もままならない1、2歳足らずの見知らぬ赤ん坊が。

何が、どうして、こうなったのか。

昨日の事を思い返そうとするが、浮かぶのは恋人との濃密な情事ばかりで、全く今の現状と結びつかない。

寝癖で跳ねる瞳と同じ色の髪に、思わず唇を寄せたくなるような白い肌。

その容姿を象るものは昨夜共に眠りについた愛しい人にそっくりである。

というか――…




「黒子っち……?」



その呼称に反応するかのように、赤ん坊は丸い瞳をさらにぐっと大きく見開いた。

まさか、やっぱり、そんな。

某漫画の世界じゃないんだから人が本当に小さくなるなんて。

しかし、想像を肯定するかのように、昨日ヤり過ぎて気を失った彼につけたキスマークが、しっかりとその首元に刻まれているのだ。



「く、黒子っちいいいいいいいいい」

「うー」



泣きそうになりながら、ぎゅううと力の限り小さな身体を抱き締めると、赤ん坊は苦しそうに顔をしかめて身体をいやいやと捩った。


―――その後はもう散々だ。

どうしようどうしようと黒子を抱えたまま部屋の中をぐるぐる歩き回っていれば、生暖かい感覚に服は尿まみれ。

慌てて風呂に入り、彼の身体を隅々まで綺麗に洗って一緒の風呂につかるとか、何て言うプレイだ。
どんな姿になっても彼の身体になら欲情出来てしまう自分が憎らしいというか恨めしいというか。

いや、いやらしいことなんて一つもしなかったけど!ちなみにものすごく嫌がられた。


次に半袖が調度よいこの時期に全身黒づくめでドラッグストアに走り込み、オムツやら離乳食やらを片っ端から買い漁った。

オムツはなんとか履いてくれたが、それも悪戦苦闘。
っていうか話は戻るけど黒子っちにオムツプレイとか!もう俺の頭がパニック状態なのをどうか察して欲しい。

―――なんて煩悩は置いといて。

当たり前だが哺乳瓶なんてものが家にあるはずもなく、台所は彼に任せっきりだったので自分で料理することも出来ない。

―――腹が減っては戦は出来ぬ。

自分の腹も音を鳴らし、彼が自分の胸に吸い付くこと全力で拒否したので(まぁ、半分冗談だったんだけど)、仕方なく彼が好きだったマジバに足を運ぶことにした。




「………黒子っち、おいし?」

「ん」



やはり彼も腹が空いていたのだろうか。

彼は熱々のフライドポテトを一生懸命小さな手で握ってはぼたぼた落とし、口に入れようと奮闘している。

その姿がやけに微笑ましくて。


(そういえば、赤ん坊の世話なんてしたことねぇや)


好奇心でつんつんと張りのあるふっくらした頬っぺを突く。

彼と生きる覚悟をしてから、赤ん坊なんて自分とは縁遠いものだと思っていた。

彼が零したポテトの一つを、ふうふうと息を吹いて冷ましてから口に持っていく。



「あーん」



最初は野生動物のようにこちらの様子を伺っていたが、安全だとわかると、少しずつ口に含んでもごもごと顎を動かす。

さらには塩のついた黄瀬の指にまで食い付こうとしたので、慌てて手を引いた。



「お、俺の手は食べられないっスよ……はいこれ、飲んでなさい」



差し出したのは彼の大好きなバニラシェイク。

やはり好物は変わらないのか、ここぞとばかりに瞳をきらきらと輝かせて美味しそうに啜り始める。
口端から垂れた白濁を拭って口に運ぶとピンクの舌がぺろりと舐めた。


(うう、かわいい)


今の彼じゃこんな無防備な姿を他人に見せることはない。
じいっと自分を見つめる黄瀬を見て、何を思ったのか、黒子も手で握ったポテトを黄瀬の前に突き出した。



「あ、あー」

「なに、俺にくれるんスか?」

「ん」



こくり。先程からこちらの言葉はわかるのか、彼は小さく首を縦に振る。



「………ありがと」



もぐもぐ。もう冷めてパサパサだけど美味しい。黒子が自分にあーんをしてくれるなんて、それだけで胸がいっぱいに満たされる。

そのふっくらもちもちの頬っぺと半分開いた桃色の唇にちゅーしたい。
それはもういやっていうほど。

―――いやいやいやいや。落ち着け、俺。



またもや煩悩と格闘する黄瀬に、助け舟とばかりに聞き覚えのある声がかかった。




「あれー、黄瀬じゃん」



「――――高尾くんと……緑間っち??!」

「よ!」



そこにはファーストフードが似合わないやけに目立つ二人組が。

いや、主に目立ってるのは身長2メートル近くもあるむすっとした緑髪の男だが。



「どうしたんスか、二人とも。ってか緑間っちでもマジバとか来るんスねー」

「いやー、真ちゃんが黄瀬がココに入るの見て気になる気になるって」

「…そんなこと一言も言ってないのだよ。というか黒子は一緒ではないのか? いつも目障りなくらい二人一緒に―――ん?」



話していた二人の視線が、一気に隣の子供席にちょこんと座る赤ん坊に集まる。



「うわああ、何コレ黄瀬が生んだの?!」

「…………その年で隠し子とは頭が痛いのだよ」

「わあああ!!!!!二人共黙ってええええ」



一応深く被った帽子にめがね。
せっかくお忍びで来ているのに、人気モデル黄瀬だとバレれば、実は子持ちかとスキャンダル誌が面白可笑しく書きあげることだろう。

既に何人かが聞き耳を立ててちらちらとこちらを見ている。

これ以上騒ぎを大きくしないためにも、慌てて二人を引き連れ自宅へ逃げ帰るのであった。





「黒子の親戚の子?」



―――ということにしておいた。

現実主義の緑間は勿論、誰がその赤ん坊は黒子だと言って信じるだろう。
俺だって未だ信じ切れていないのに。

高尾と黒子は意外と仲が良く、家にも何度か遊びに来ていたのか、我が物顔でちゃっちゃか緑間のためにブラックコーヒーを煎れていた。
―――そんなとこにあったのか、コーヒーメーカー。



「うわー確かにこの子、このふてぶてしい顔とか黒子そっくりー!まさか代理出」

「まだ日本では認められてないのだよ!!!!!」

「真ちゃん頭かたーい。俺も真ちゃんの子なら欲しいなぁ」

「…………ッ」

「惚気るなら帰って欲しいんスけど……」



なんてべろべろばあと手慣れた様子で赤ん坊をあやす高尾。

こちらの事情など彼等が汲み取ってくれるはずもなく。



「どうせお前が蒔いた種なのだろう? 黒子はどうした」

「あー、黒子っちは仕事で………」

「なにこれキスマーク!? いくら黒子に似てるからって赤ん坊に手ぇ出すのはさすがにだめっしょ」

「…心底軽蔑するのだよ」

「ああもうあんたら早く帰って!!!!!!」



半泣きの状態でリア充二人にはお帰りいただいた。

黒子は食べ疲れたのか、その場が気に入ったのか黄瀬に背負われている状態でぐっすりと寝入っている。

ベッドに彼を連れて行くときは冗談でお姫様抱っこをしたりしたけれど、背中に乗せるのは初めてだ。

嘘みたいに軽くて。

でも背中に感じる熱がやけに後ろの存在を意識させる。


(黒子っちがずっとこのままだったら…)


自分が彼を背負っていかなければならないのだ。

その覚悟は漠然とあって、不思議と不安や迷いは見当たらなかった。


自分達の愛用のベッドに彼を優しく横たえる。



そしてまた大きくなったら告げよう、愛していると。
この気持ちが変わることはなかったと。


(というか黒子っちが今の歳になったら俺40? げえ、想像したくねぇー)


これからどうしよう、と途方に暮れる気持ちもある。


でも


こつん。

すでに習慣化した額に額をくっつける動作。

彼も穏やかに眠りながらも、赤ん坊特有の少し湿った小さな手で黄瀬の頬に触れた。


(黒子っち…)


小さくなっても、いつも彼がくれるぬくもりは変わらない。



「イケメンなおじさんになるからね……」



(黒子っちのこと、ちゃんと育てるから)


だから


どんな姿でも


ずっと



おれのそばで―――……







ちゅんちゅん。

鳥が鳴きはじめ、いつもと変わらない朝がやって来る。


昨日のことはまるで夢だったかのように、黒子は元の身体に戻っていた。



「……何も覚えてないんスか?」

「なんのことですか。それより昨夜はよくも無茶してくれましたね」



今度はお前が足開けと不機嫌最高潮の彼に思いっきり抱き着いた。



「黒子っちー!!!!!!!よかったああああ」

「………ちょっとまだ僕は」



抱き着いてわんわん泣くものだからなんとなく黒子の怒りも削がれてしまい、溜め息をついて黄瀬の好きにさせた。



「やっぱり大きい方がいいっス…ぐず…」

「……下ネタは嫌いです」





その頃




「真ちゃんが………ちっちゃくなっちゃった」

「あぶー!」



同時刻、次のカップルが同じように頭を抱えることになっているとは、黄瀬と黒子が知る由もなかった。








未来の約束




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