「おかえりなさい、臨也さん」
扉を開けると鼻腔を擽る野菜とコンソメの豊満な香り。
台所からひょっこりと顔だけ出した正臣を見て、臨也は少しだけ苦笑を漏らして緩慢に靴を脱いだ。
「どうかしました?」
「…いや、帰ったときに誰かが待っててくれるのもいいもんだなぁって。今日の夕飯何?」
「ロールキャベツ」
「前みたいにこっそり椎茸混ぜないでよ」
「いい年して好き嫌いよくないっすよ」
くすりと互いに笑い合う。
―――二人の奇妙な共同生活が始まって二週間。
同居相手、臨也はどこまでも優しく紳士的で。時に茶目っ気を見せて正臣に接した。
「あ、そういえばブルースクエア、臨也さんの言う通りになりましたよ」
「ふーん」
「やっぱすごいっすね、臨也さん。ほんとにエスパー?」
「俺はただの人間だよ。睡眠もたっぷり取るし、好き嫌いもある。君が一番わかってるんじゃないの」
そう言って優雅に葉肉をナイフとフォークで崩す。
(俺しか知らない、彼)
その言葉に身体の奥が熱を発し、胸が高揚する。
「……髪色、馴染んできたね」
「そうっすね」
指摘されて少しだけ傷んだ自分の髪を一筋持ち上げた。
正臣は住む場所が決まってすぐに髪を染め、ピアスを空けた。
田舎からやって来た自分がすごく行き遅れに感じて、早く都会に馴染みたかったのだ。
「ほんとは金髪にしたかったのに臨也さんがもっと暗い方がいいっていうから」
「そっちの方が似合ってるよ」
「そう…すか? ならいいんですけど」
照れを隠すようによく煮込まれたキャベツを口にほうばる。
楽しかった。
彼の仕事は田舎にいては視界に入ることすらなかった社会の一面を知ることが出来たし、カラーギャングに交じって喧嘩の腕も磨いた。
バイト代もこんなにいいのかってぐらい貰えて、好きな服やアクセサリーを買うこともできる。
全てが新しくて、新鮮で、キラキラしていて。
なにより二人で茶でも飲みながら家でまったり過ごす時間も、一人寂しく食事を取っていた正臣にとってはなんとも言えず居心地が良かった。
料理だけはテイクアウトが多かったので、正臣が腕を振るうようになったけれど。
「あ、ケチャップついてるよ」
二人で囲むことが当たり前となった食卓。
唇の端を親指で掬い、臨也はさも何気ない振る舞いでその赤い液体を自分の舌で舐め取る。
不思議と嫌悪感はなかった。
「……子供扱いしないで下さい」
「? ああ、ごめんごめん。まぁ俺から見たら君は充分子供というか、君から見たら俺はおじさんだろ?」
「そんなこと…」
おじさん、ではない。
彼はどこまでも正臣の憧れの大人で、だから子供扱いされるのはとても歯痒かった。
対等でありたい、と願う。
彼の存在は、そのとき既に正臣の中で大きく形を構築しつつあった。
ワンサマーラブ
まずは、土台を