―――始まりは些細なことだった。
共働きの親が家に帰って来ないことが続き、ついには互いの浮気を疑い子供の前で大喧嘩。
それが夏休み初日で「友達と一ヶ月ぐらい旅行行ってくる」と置き手紙を添えて家出を決行するも、仲の良い友人は新しく出来た彼女と夏休みを満喫すると浮かれまくって胸を弾ませていた。
(ホラー映画一緒に見て気絶すんなよ)
そんな相手に家庭の事情を話せるはずもなく頼りない肩をぽんぽんと叩いてやった。
当時たまたま流行っていた東京のある都市を舞台にしたテレビドラマ。
財布にバイト代を詰め込んで
この身一つで何が出来るかわからないけれど。
そんな些細な出来事が度重り、気温三十度を超える真夏日、正臣は“池袋”へ足を踏み入れる―――…
ワンサマーラブ
当時から年上女性のヒモになると豪語していた中学二年生、紀田正臣。
初めて一人訪れた東京は、足を踏み入れた瞬間纏う空気は全く違っていた。
ライブ会場のような溢れんばかりの人の多さ、むせ返るような熱気。
そしてテレビドラマとは異なる、ちょっとした無関心。
それらが入り混じり蔓延る街、池袋。
正臣は逸る心を抑えながら、地元とは異なる派手な髪色、露出度の高い服を身に纏った女性達に声をかけた。結果は―――…
――――――惨敗。
一人でもこのいたいけな少年を養ってやろうという優しいお姉さんはいないものか。
(髪、染めてくるんだったなぁ)
なんて自身の真っ黒い髪を弄りながら思う。郷に入れば郷に従え、か。
いや、ナンパはノリと度胸としつこさ。
この程度でくじけていては決死覚悟で家を飛び出してきた意味がない。
そう自分を奮い立たせて座り込んでいた公園のベンチから腰を上げる。
その時だった。
「紀田正臣くんでしょ?」
透き通るような快活な声。
視線の先にはボーイッシュな髪の一部だけを脱色している少女が一際明るい笑顔を浮かべて立っていた。
まさか、相手の方から声をかけられるなんて。
世の中捨てたもんじゃない。ありがとうナンパの神様。いや、逆ナンか?しかもなかなか可愛い。
「なに? なんで俺の名前知ってんの? エスパー? 寧ろエスパー伊藤? そんな人の心読むような真似してっとバッグに詰めてお持ち帰りしちゃうよー?」
名前の件を疑問に思いながらも口からはいつもの軽口が流れる。
こんな知り合いいただろうか。正臣が忘れているだけ?
「ふふ。紀田君ってば面白過ぎ! でもね、エスパーは私じゃないよ」
「へぇ。誰よ。誰か後ろにでもついてるの?背後霊的な」
「うん。紀田君の後ろに。エスパーっていうか、凄い人なんだよ。何でも知ってるんだから」
「え?」
(俺の後ろ?)
いきなり何を言い出すんだ。
少女の言葉を慌てて振り返ろうとした瞬間―――肩に、ポン、と軽く手が添えられた。
「やあ、初めまして。ええと………紀田正臣君……だよね?」
それがあの人と
「……………どちらさんっすか?」
折原臨也との避けようのない出会いだったんだ――…
ワンサマーラブ
“また”会ったね