―――目を覚ますと、既に窓の外はぼんやりと朝日で明るんでいた。


(だるい……)


どうやら自分はあのまま気絶してしまったらしい。

原因の男はというと黒子の胸に頭を埋め、暑苦しくも長い腕を背中に回し眠っている。まるで、胎児。

抱き締められているのは自分なのに、一回り大きい彼を自分が抱き締めているみたいだと漠然と思った。


鎖骨を擽る金髪を優しく梳かし、シャワーを浴びるため起き上がろうとすると、絡みつく力が強まる。

………狸寝入りかよ。



「……くるしいです」

「もう、起きちゃうんスか…?」



そう言って捨てられた仔犬のようにこちらを見上げる黄瀬は、眠れなかったのか目の縁がうっすら赤らんでいた。



(ほだされた)



今から考えると、そう思わざるを得ない。



――――結局、シャワールームでも「俺が汚したんだから俺が綺麗にするっス」とか色々理由をつけられて、なし崩しのままもう一回。

なんだかんだ経験値は向こうの方が数段上で。

腹立たしいことこの上なかったので、勿論噛みつき返してやった。




「…………まだ怒ってるんスか?」

「これで僕が怒りを感じてないと思うなら、君の神経を疑います」



痛む腰を叱咤しながら昨日放り捨てられた制服を身につける。

黒子には今日も学校があり、部活がある。



「だからこんなに謝ってるのに!」

「頭を上げない。正座崩したら、もう三時間追加します」



そう。彼は所謂土下座という格好で既に一時間程同じ体勢を維持している。
素直に従っているということは、少しは自分がしたことを反省しているのか。



「……あんなのは、強姦ですよ」

「え、だって黒子っちだってあんなによがってぶッッッ」



顔面にバスケットボールを思いっきり投げつけてやった。

モデルの顔なんて知ったことか。


この顔がもう少し崩れていたら、自分は今のような苦労をしなかったのではと思えばさらに怒りは増した。



「こんな気持ちのないセックスして満足だったのかって聞いてるんです」

「………ほんとうに、黒子っちには…気持ち、なかったんスか…?」

「……僕を手に入れたとこで青峰君には勝てませんよ」



あえて質問には応えず、冷たく言い放つ。



しかし黄瀬は心外だとばかりに目を丸くして声を荒らげた。



「馬鹿じゃねーんスか!?俺が…」

「………」

「…俺が、そんな意味で黒子っちを手に入れたいと……ッ」



感情的な彼―――久しぶりに見た気がした。


いつもひらひら、ふわふわ。あちらこちらの花の蜜を吸うため飛び回る蝶々のように。


それでもいけないと思ったのか、震えるほど握り締めた拳をゆっくりと解き、自分を落ち着かせるように息を吐く。



「………確かに青峰っちはバスケを始めるきっかけで、憧れで、すげぇ大きな存在で…忘れることは出来ないっス。でも恋と間違えたりなんかしない…、俺が好きなのは黒子っちだけっスよ……信じてもらえないかもしれないけど」



確かに肉体関係を持ち続けていて、それは恋じゃないと言われてもこちらはどう反応したらよいかわからない。

黒子の戸惑いに気づいたのか、黄瀬は悲しそうに微笑んで懇願した。



「青峰っちときちんと決別出来たら、また会って下さい」

「……それまで、僕に待てと?」

「いや、黒子っちは自由っスよ。俺、自信あるんで!どんな奴相手でも奪いに行く………」



そこまで言いかけて、再度彼は上げていた頭を絨毯へつけた。




「………うそ。俺が会いに行くまで、誰のものにもならないで」




それは神に祈るようなほんの小さな囁き。


僕は彼のつむじに気づくか気づかないかの口づけを贈って、そっと部屋を出て行った。







ホテルから一旦家に戻ると、朝早くにも関わらず何故か青峰が玄関前に腰を下ろしていた。



「よ。朝帰りおめっとさん」

「……よっぽど暇なんですね」

「おかげさまでな。俺様のお陰でくっついたんだろ?感謝ぐらいしろよなー。あ、もしかして俺とお前穴兄弟」

「ふざけんな」



どす、と先程と同じように投げつける。またもやこんなとこでこのボールが役立つなんて。

しかし、読まれていたのか天性の才能か。
ボールは彼の顔面に届く前にあっさりと右手で阻止された。



「なに、お前が入れさせたの?愛だねぇ」

「近づかないで下さい」



眉をひそめて一歩前に踏み出してきた彼と同様の距離を取る。



「青峰君のことだから今度は黄瀬君に嫌がらせするために僕を抱くとか言いそうなんで」

「なんだ、お見通しかよ」


純粋に驚いた顔をするものだから呆れてため息も出ない。



「………仮にも相棒でしたからね」

「はは。お前が四つん這いになって尻突き出すなら元鞘に収まってやってもいいけど」

「全力でお断りします」

「……ちぇ、つまんねーの」



そう言って足元の小石を蹴る。


本当に、つまらなそうだ。

彼の過去の笑顔を知っているからこそ、余計に。

あの頃のように彼が楽しそうにすることなど、もうないのだろうか。



――――いや、そんなことはさせない。



だからこそ今の高校に入ったのだ。


そう。



本当は黄瀬の方が気づいていたのかもしれない。



未だ彼に囚われているのは




僕も同じだったのだから―――…









セツナレンサ
そしてI・Hへ



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