「なぜ、レオリオが…っ」
ドコォ。
込み上げる感情をどう処理することも出来なくて、力の限り壁を殴りつける。
狼に食い散らかされた見るも無惨なゴンとキルアの死体。
そして先程レオリオは村の協議によって絞首刑が執行された。
止めることが出来なかった。
止める、力を持ち得ていたはずなのに。
(どうして、こんなことに…)
後悔と絶滅が胸の中でとぐろを巻き、支配する。
涙さえ流すことも叶わず、鏡に映る今にも死にそうな表情をした男に思わず口端が上がった。
彼らの無念を晴らしたい、一族を葬られたときにに覚えた業火のごとく沸き上がる猛烈な怒り。
(それなのに…)
このぽっかりと穴の空いてしまったような喪失感を何だろう。
新しく出来たクラピカの仲間達はクラピカだけを置いて死んでしまった。
(私も、連れていってくれればよかったのに……)
もう、嫌だ。
置いていかれるのも、残されるのも。
一人にされるのも。
「――――悲しい?」
「!!」
びくりと大きく身体を震わせる。
不意打ち。
いつの間にか目の前の鏡に映る人間がもう一人増えていた。
「貴様、何故…」
「こんばんは」
ミラー越しに優しく微笑れてぽんと肩に置かれる手。
声をかけられるまで存在に気がつかないとは。
表情こそは穏やかなものの、彼が纏うオーラはもはや人間のソレではない。
もう隠そうとはしないのか、微笑んだ唇の隙間からは鋭い犬歯が覗いた。
「やはり、貴様だったのか…」
「ああ、流石にバレるか」
ふっさりとした真っ黒い尾。飛び出た獣耳を白々しくぴくぴくと震わせた。
「私が本物の占い師なのだからヒソカとお前が狼ということか…」
「違うな」
「!!」
「ヒソカは狂人だ。場を掻き乱して楽しんでたのさ。ま、どちらかと言えばこちら陣営だが」
「じゃあもう一匹は………」
にやり。
ピエロが浮かべるような不気味な微笑み。
「チェックメイトだ」
長い爪を兼ね備えた人差し指が心臓部に押し当てられた。
「霊能者も人狼に乗っ取られていたのか…」
「ああ。本物は初日に食った君の友人だ。役欠け。最初にアタリを引いたのは大きかったな」
ぺろり。
真っ赤な舌で唇を一舐めして、クラピカに残酷な真実を告げる。
「もう普通の村人はお前しかいないんだよ、クラピカ」
抵抗する気もなかった。
肉食獣特有の生臭い息が首筋にかかり、尖ったその牙にそろりと指で触れる。
「この牙で、ゴンやキルアを…?」
「……いや。二人は俺じゃない。ヒソカともう一人の人狼に渡すのが条件だった」
「霊能者を偽ったあのイルミという男か…」
「…他の名前を出されるのは興ざめだな。俺が欲しかったのは、お前だけなのに」
「……ッ、」
(私、だけ……)
ざらりと這わされた舌が鎖骨を擽り、今までに感じ得なかった感情が甘い毒のように身体の隅々に浸透するのを感じた。
(ああ、私は今、この男に必要とされている)
たとえ
食うものと、食われるものの関係だとしても
「このときを心待ちにしてたんだ」
「この白い肌を切り裂いて溢れ出る朱い血肉は勿論、目玉までまるごと食べてあげるよ?」
眼球をべろりと舐めあげられ、クラピカは小さくため息をついてその瞼を下ろした。
「………好きに、しろ……」
これ以後、クラピカの姿を見かけた者は誰もいなかった―――…
汝は人狼なりや?