「どうしたの、君からやって来るなんて珍しいね」



新宿。

某マンションの一室の扉の前に、正臣はいた。



「別に。来ちゃマズかったですか?」



エントランスは通したくせに、部屋の中には入れてくれないらしい。

もうすぐ三月だというのに朝から大雪が降った凍えるように冷たい夜。

ずぶ濡れ鼠という言葉がぴったりかもしれない。

今はもう雨になり正臣の手足を濡らし、体温を奪った。


心も、同じくらい冷え切っている。



「……うーん、今先客がね」



(それが入れてくれない理由?)


少しだけ開いたドアからは明かりと暖かい空気が漏れている。

なんとなく彼の顔を見ていたくなくて、俯いていると、玄関先に見覚えのあるローファーがあった。

この場にあるはずかない、不釣り合いなその靴。


極めつけは




「……誰か、お客さんですか?」




部屋の奥から響く、聞き覚えのある声。

そんな昔ではない、ここ半年ほど隣で聴き続けた



大事な友人のものだった。




「あ、すぐ帰ると思うからそのまま待ってて」



臨也は部屋の中の人物に軽い声で伝えた。



「………ッ」

「……今はまだ会いたくないだろ?」



何もかも見透かしたようなその優しそうな顔が。

頭を撫でるその手が。


大嫌いで憎らしくて引き千切ってやりたくなる。


劣情が行き場なく腹わたを煮え繰り返し、発散場所を求めてその矛先を変えた。



(なんでだよ)



非日常に憧れていた。


俺を目指していたくせに。

俺もそれをわかって連れ出したのに。


(なんでお前がその場所にいるんだ)


そこにいたって飽きたらすぐにポイ捨てされるんだぞ。


(俺のように)


なのに親友に彼について伝えることも出来ず


逃げてるのは自分なのに



“羨望”

言葉の通り

羨み、望む



(最初から捨てるつもりならなんで)




なんで“愛してる”なんて言ったんだ。




子供みたいに泣き喚いて癇癪をおこしてしまいたかった。






「………臨也さん」



(本当は)


(そんなことを思う自分が)


(一番反吐が出る)





「…俺、もう…いらない…ですか…?」




いらないなら



(俺の気持ちも返して)




言い逃げするようにその場を走り去る。

運動神経はいい方だから多分誰も追いつけない。

勿論彼が追いかけようなんて、思うはずないけど。



荒い呼吸を抑え、自嘲的な笑みを浮かべて入ったのは人も少ない薄暗い居酒屋。

酒と煙草は二十歳になってから。
そう口癖のように言ってたはずなのに喉が焼けるような酒を浴びる程胃に流し込んだ。




「う゛、げぇ…ッ」



暫くすれば頭は酩酊していてまともな思考回路を持ち合わせていない。

込み上げる吐き気にトイレに駆け込み、嗚咽を漏らした。



「大丈夫か?」



暫く様子を見ていた店員が、正臣のいる個室まで入ってきて、すっと何かを差し出す。



「……忘れたいなら、吸ってみな」



葉巻、っぽいもの。

それが手を出してはいけない薬物だと、その世界に詳しくなくてもすぐにわかっただろう。


(でも、忘れたい)


正臣の意識は既に現実を拒み、朦朧としていた。



「……ッ」



震える手で葉巻に手を伸ばすが、届く前に力尽きる。
店員は何も言うことなく自ら火をつけてそれを正臣の口に持って行こうとした。


あと数センチ。


のところで、その太い腕が他の手によって捕まれる。




「それは止めといた方がいいと思うよ」



そこには

記憶の中のそれと変わらない、子供のように無邪気で計算高い微笑み。


正臣がトイレで這いつくばっている元凶は一言二言話すと、あっさりと店員はその場を引いた。

臨也らしく金か何かを渡しているようだったが、正臣はその存在自体に打ちのめされそうだった。



「なんで…ッ、あんたが」



よろける足で立ち上がると、案の定バランスを崩し、倒れ込む。

臨也は「おっと」と身体を支えてくれた。



「酒と煙草は二十歳になってからって言わなかったっけ?」

「…あんたに、かんけいな…ッ」



労るように背中をさすられる。

死んでやる。もう何もかもどうでもいい、とか思っていたけど。

今この腕の中にいられるなら、それだけでそんな感情すら消えていく気がした。



「いくつになっても甘えん坊だね紀田くんは」



呆れたようにそう言い、汗で張り付いた正臣の前髪を濡れた瞳が見えるよう薬指で分ける。


捨てるなら振り返ることすら出来ないくらい酷く捨て去って欲しいのに。


またこうやって袖を引かれる。


(今度は帝人を釣る道具なんだろ?)


俺を釣るのに沙樹を使ったように。


代わりはいくらでもいる。



わかってるのに




「帰ろっか」



帝人をこの人から救い出してやりたいのに。


それを言い訳にしてる自分も、恐らくこの人にはお見通し。



それでも俺は自分に嘘をつき続けて




何度でも俺はこの手を取ってしまうんだ










繰り返し一粒
リサイクルもできます





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