「へぇ、なかなか似合うじゃない」



鏡に向かう俺に、彼は愛用のパソコンから顔を上げてそう告げた。


確かに。


シワ一つない新品の黒いスーツ、ワックスできちんと髪を整えた俺は、街の美女達が思わず振り返ってしまう程キマっている。


『内定式』


就職を決めた者が最初に通る登竜門を午後に控え、俺は朝から元就職先の折原臨也の元を訪れていた。



「紀田くんもとうとう社会人か」



感慨深そうに告げる臨也は「ネクタイ曲がってるよ」と自分の所まで来て直してくれた。



(つむじが見える)



昔は見上げたその頭が今は自分の下にある。

優越感というか、違和感というか。


(俺がガキだっただけというか)



出会ってから10年という月日が経ったのだ。

身長もいつの間にか彼を若干ではあるが追い越し、いつもカンに障っていた嫌味な口調も自然と受け流せるようになっていた。



「ありがとうございます。臨也さんでもネクタイ結べるんですね」

「社会人の常識でしょ?」



くすりと笑みを浮かべる彼の目元の皺が、老いではなく大人の色気を醸し出しているのがなんとも言えず不思議だ。



「そういえば俺、臨也さんから就職祝い貰ってませんね」

「…こっちは有能な部下を失った穴をどうやって埋めようか考えてるっていうのにさ。なに、何か欲しいの?」



俺はその言葉を待っていたとばかりににやりと笑って彼の肩を掴むと、来客用の黒いソファへ体を引き倒した。



「ちょ、」



素で驚いた彼の表情なんていつぶりだろう。



「はは。いい眺め」

「何考えてるのかな、きだく、んんッ」



先手必勝。

さすがにまだ口では勝てないので、五月蝿い口は直ぐさま封じてしまう。

舌を荒々しく絡めてるうちに、彼の身を包んでいる黒い服を剥ぎ取った。



「ら、んぼう、だな」

「ずっとやり返してやりたかったんだ」

「…ッ、は…ァ」



何かを堪えるように熱い息を吐き出すその唇が。

頬を朱く染め、俺を見上げる扇情的な瞳が。


彼の全てが俺を煽った。



「絶対、臨也さんに無理矢理突っ込んでやるって」

「い゛ッ?!」



ぷつりと切れる音が聞こえた気がした。

激痛に意識を飛ばしかけた彼の頬を張り倒す。



「っ、た…ァ」



涙が滲んだ虚ろな瞳を力一杯睨みつけた。



(俺が受けた痛みはこんなもんじゃない)



人生が、変わった。


(臨也さんに出会って)


(彼の場所まで引き堕とされた)



「だからこの場所でやり返してやるって決めてたんだ…!!」


そう


俺が彼に初めて抱かれたこの場所


10年間の想いがやっとぶつけられて、感情的になった俺の目からは涙が零れ落ちる。



「はは。きつ、ッ。よくあんた、中学生だった俺に手が出せましたね」



自分も激痛で、渇いた笑いしか漏らせなかった。

結合部分は流血沙汰だろう。

痛みに堪える臨也の眉間にはきつく寄り、脂汗が滲んでいる。


(さすがに何もせずに入れるのはまずかったか)


自分も急所を圧迫され悶えながらも、無理矢理前後に揺すればなんとか動くようになった。



「俺、こん…ッなに、酷かったっ、け…?」

「あんたも、思い知ればいいんだ…ッ」


(狂おしいほどの俺の想いを)



確かに初体験はローションをたっぷり使い、涙が出るほどの快感によがらせられた。

でも今の俺には彼を抱き潰してやりたいほどの激情が腹の中を渦巻いている。



「く…ッ、ァ」



一際強く奥へ入り込めば身体が跳ねて尖った喉仏が浮き上がる。

彼が達すると同時に、その白い首筋にかぶりと噛み付いて自分も精液を中に吐き出した。



「はぁ、はぁ、は…ッ」



汗ばんだ身体を密着させながら互いに荒い息を吐く。

息切れが収まると、臨也はゆっくりと右手を上げて俺の頬を撫でた。



「まん、ぞく…?」

「………ええ」

「俺もこんなに激しいのは初めてだよ」



暗に後ろは初めてじゃないと言われてるようで、腹立ち紛れに無言で腰を押し付けると案の定臨也は悲鳴をあげた。



「じゃあこれからはガチ喧嘩で攻守決めましょうよ」

「はぁ?そんなの俺不利じゃん。もう俺三十路だよ?…せめてジャンケンにしようよ…」

「はは、いいですね」



なんとなく笑って彼の案に応じることにした。


整えた髪もスーツもぐしゃぐしゃ。


それでも心地好い満足感と開放感があった。



(また、臨也さんにネクタイ結んでもらわないと…)



そんなことを漠然と思いながら――…








会稽之恥
を雪ぐ?



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