※社会人設定
最愛の彼女であるなまえが死んだのは、オレの不注意でしかなかった。原因は射殺による即死。隣にはオレがいた。犯人は今人気急上昇のアイドルグループのファンだった。オレは以前ありもしない事を事実のように雑誌に書かれた。そのアイドルグループの一人の子とオレが付き合っているという内容だった。その日はたまたま撮影場所が重なり、軽い挨拶をしていたところを撮られてしまったのだ。雑誌に書かれるということは、芸能界で最も気をつけなくてはいけない。それなのにオレは書かれてしまった。初めはどこもその話題ばかりだったが、日が経つにつれ新しい話題に変わっていた。
けれど安心したのも束の間だった。しっかり変装をしなまえと久しぶりのデートだったのに、隣で殺された。犯人はどうやらオレを狙っていたらしいが、手元が狂いなまえに銃口を向けてしまったらしい。オレを殺したかった理由は、あのアイドルと付き合っていたから。本当は違うが、マスコミの影響は強かった。オレを殺したいくらいにあのアイドルを好きだったというわけだ。だったらオレは今、なまえを殺した奴を殺したいくらいだった。
人気モデルの黄瀬涼太は遠の昔のことだ。テレビや新聞の一面には人気モデルが生み出した不幸と飾られている。あれから一週間が経ち、マスコミも新しい話題に目を向けていた。オレは食事を摂らないせいか痩せ細り、水すら飲めない体になっていた。今のオレを誰も知らない。マネージャーも仕事を休めと言っていたし、このままの状態だと仕事すら入らないだろう。どうせモデルをやめてしまった方がマシなんじゃないか。
そういえば今のオレを知っている人が数人いることを思い出した。中学時代の仲間だった。昔と変わらず自由な彼らを見ていると、少しだけ気分がよくなった。だけど、青峰っちが彼女から電話が掛かってきた時は死にたくなった。そっか、みんな幸せなんだ。
彼女が殺されてから九日目に、彼女の実家を訪れた。もっと早めに行くはずだったが、家の前にはたくさんのマスコミ。マスコミがいなくなったと思ったら、栄養失調で倒れてしまったのだ。何回もお邪魔したことがあるが、お義父さんやお義母さんの顔に笑顔がなかった。すいません、すいませんと頭を地面に付けながら謝ったが許してもらえる筈がなかった。お義母さんは何も言わずに涙を拭っていた。
お義父さんはというと、二度と顔を見せるなと言って、オレの商売道具である顔を殴ってきた。痛い、痛いけれどなまえはもっと痛かったんだろう。それを思うと痛くもなくなってきた。
家に帰り鏡を見てみると、頬には痣が出来ていた。その痣を右手で押すと、当たり前のように痛みが走った。だけどもやめることは出来なかった。なまえはこれよりも痛かったのだから。
そんなことをしていると、インターホンが部屋中に鳴り響いた。ドアを開けてみると幸せな彼らがいた。へらっと笑う青峰っちを先頭に、彼らの頬には誰かに叩かれたような痕があった。あの赤司っちの頬にさえも、うっすらと赤い痕がある。
「みんなで合コンしたらよ、全員彼女にバレてフラれて叩かれた」
「まったく、笑える話なのだよ」
きっと彼らは、態とフラれるように仕向けたのだろう。恋愛より友情とはこのような事を言うに違いない。オレは彼らの優しさに救われた。
「黄瀬ちんちゃんとお菓子食べてる?」
「お菓子は紫原くんだけでしょう」
「テツヤの言う通りだ」
周囲からの笑い声の中に、オレの声があった。こうして笑ったのは何時ぶりだろうか。
今でもなまえを殺した奴は憎い。けれどもオレがまずしなくちゃいけないことは、現実と向き合い前を向くことではないのか。人生に区切りをして一からやり直そう。だからなまえにはどうか上手くいくように見守っていてほしい。
「オレが今度合コンのセッティングしてあげるっスよ」
「それは頼もしいのだよ」
「でも黄瀬は合コン来んな」
「どうしてっスか」
「黄瀬くんが来るとおいしいところばかり取られますからね」
オレとなまえでなら何度でも変われるから。