「おい、オレの話を聞いているのか」
私は彼の瞳から焦点をずらし、ゆっくりと頷くことしかできなかった。
放課後、誰もいなくなった教室。今日はどうやら部活動がないらしい。自分の席に座っている私は、お互い正面を向きながら、隣の席、同じく自分の席に座っている緑間真太郎と会話をしていた。
「なまえ、目を逸らすな」
頬に手を添えられ、半ば強引に目が合った。
「ごめん、分かってるんだよ」
私は苦笑いして、自分の非を認めた。
「本当に分かっているのか、」
一拍置いて、お前はオレの恋人だということを、付け加え、彼は少し浮かない顔をした。
「うん、わかってるよ…」
うまく返せなかったが、この気持ちは本物だ。緑間にああ言われたのは、私の気持ちではなく性格が原因なのだろう。
「そうか、」
彼はいつにも増して、真面目な顔をし続けてこう言った。
「ならば、何故ああも他の奴に迫られてなお、嫌がらない?」
案の定。それは私の性格が原因だった。
そして現在私たちが教室にいるのは、ここが先程まで告白の現場であったからだ。
クラスメイトからの告白を断れないでいる私を目撃したのであろう彼は、こいつはオレの恋人だ、そう言ってクラスメイトをその場から追い出した。そして現在に至る訳だ。
「全く、これではオレが一方的になまえを好意を寄せているように思えるのだよ」
彼はほんの少しだけ泣きそうな顔をした。そして私の頬に触れていた手を離した。
「緑間…」
ああ、私はなんて駄目な奴なんだろう。他人に流されるまま、自分の意見も上手く言えぬまま、恋人を下の名前でさえ呼べぬまま。
「だが、」
彼は離した右手でそのまま私の手をとり、こう言った。
「お前がオレ以外の奴の所へ行っても、何度だってお前を奪いに行く」
「…!」
手は強く握られ、熱い視線で見つめられる。
「尤も、なまえが嫌がらなければの話だが」
その後、いつも通りのクールな表情で彼はそう続けた。
「そんなわけないじゃん、私のほうが緑間のこと、…いや、何でもない。大体さあ、緑間はかっこいいし、あんたのこと好きな女の子いっぱいいるじゃん、可愛い女の子だって、」
とうとう口に出てしまった。核心は言わないまでも、本心ではある、普段言えないことばかりで。
ただ、これ以上ここに居られないのは確かだ。
「ごめん、変なこと言ったね、」
もう、泣きそうだ。引かれて、嫌われても仕方ない。
「私、帰るよ、ごめん」
そして私は立ち上がり、掴まれていたてを放そうとした。しかし私の手を掴む右手は離れず、さらにテーピングが施されている左手で私の右腕を引かれ、バランスを崩した私は緑間の胸に飛び込む形となった。
「勝手に帰るな。安心しろ、…普段、このようなことは言わないが、その、オレにはお前以外、いないのだからな、」
今、きっと私の顔は真っ赤だろう。到底彼には見せられない。しかし、彼の左手が後頭部へと回り、
「好きだ、なまえ」
そう言って私の唇を優しく塞いだので、さらに真っ赤な顔を見られてしまった。
彼には私の気持ちが一ミリでも伝わっただろうか。私はまだ彼に好きだ、とはっきり言うことはできない。
けれど、彼がこんなにも臆病な私を受け入れてくれるのなら、私も。
この想いはやはり口には出さず、元々無い勇気を無理矢理搾りだし、先程離された唇もう一度、今度は私の方から塞いだ。
そうしたら彼は、珍しくも微笑みを見せ、私を強く抱きしめたのだった。