朝、いつも通り朝ごはんの支度をしていると彼の所望で毎朝つけられるおは朝のお姉さんが明るい声で梅雨明けを告げる。
そろそろ占いが流れると思った頃、彼がリビングに姿を表した。
「おはよ、真太郎。」
キッチンから顔を覗かせると、メガネの奥の目はまだ少し眠たそうだ。
「もう少しで占い始まるよ」
「知っている」
メガネを外し、目を擦る190cmもある25歳大人。
そんなミスマッチな行動も可愛いと思う。
彼はかっこいいし、可愛いし、本当にズルい。
時々辛辣なお言葉も頂くが、主に彼が正しいのでしょうがないと思っている。
付き合って六年、結婚して二年。
今まで怒られたことはあるが、喧嘩はしたことがない。
そんな円満な夫婦仲、私は幸せいっぱいだ。
「お待たせ」
こうして彼のご飯を用意して、二人で頂きますをして、食べ終わったら食器を二人で片す。
そして二人で出勤となるが、今日は休日。
二人でのんびりと過ごすことになっていた。
だが…
「真太郎、本当に家にいていいの?」
今日は七月七日。
真太郎の誕生日なのである。
「いいのだよ。夫である俺は妻であるお前にも人事を尽くさねばならん」
「はぁ」
毎日洗濯物を手伝い、洗い物を手伝い、時にはお風呂掃除まで念入りにやってくれる真太郎がこれ以上どう人事を尽くすのか、私には分からない。
けれど、折角の休日。
「ねえねえ、真太郎。買い物行こうよ」
食器を全て片付け終わって、私の分のアイスココア、彼の分のアイスコーヒーを持って二人掛けのソファに腰掛ける。
はい、と渡せばいつもの事なのに必ずありがとう、を欠かさない真太郎。
こういう親しき仲にも礼儀ありみたいなの、私は好きだ。
「ねえねえ、行こうよ」
「だが、お前は先週具合が悪かっただろう?」
「それはもう平気なの。病院行ったもん」
だから行こうよ、と言えば仕方なしに支度をしろ、と言ってくれる。
はーい、と言って一度部屋に戻った。
今日は夏日。
緑色のノースリーブのワンピースに白いシャツを上から重ねる。
こんな格好ができるのも、あと少しかぁとしみじみ思った。
その上から紺の七分袖のパーカーを合わせて、鏡を見た。
「よし」
ラフな格好の中で、彼はこれが一番好きなんだと思う。
真っ白の下に自分の色が覗くから…
それから鏡を見て薄くファンデーションを。
チークも元々濃いものは持っていないが、その中でも薄いものを選ぶ。
それから愛用のカバンに財布と携帯と鍵が入っていることを確認。
「お待たせ、真太郎」
下に降りると、真太郎も丁度準備をし終わったようでもう玄関に立っていた。
真太郎は何気におしゃれさん。
黄瀬くんはオーラと言うか、モデルだから当たり前なのだけど、真太郎も負けず劣らずだと思う。
「行くぞ」
右手に車のキーを、左手に今日のラッキーアイテムのヒヨコのぬいぐるみを持つその姿は不思議だけど、まあいいか。
そのまま二人で車に乗り込んで、着いたのは車で20分程のショッピングモール。
買いたかったマグカップと、明日の真太郎のラッキーアイテムを購入した。
それから少々真太郎を待たせて、お買い物。
戻ってきて、「飯はどうする?」と言われたから「帰って作るよ」と言えばちょっと嬉しそうな真太郎。
彼はあんまり外食が好きでない。
だから、夕食の分も兼ねて近くのスーパーでお買い物。
それも済ませて帰宅したその時だった。
突如胃の中からこみ上げてくる不快感。
「なまえ!?」
「ごめ、ちょっとトイレ」
買ってきたマグが割れないよう出来るだけ丁寧に床に置き、トイレに駆け込む。
喉の奥から何かがせり上がって、逆らわずにそれを吐き出す。
ドアを閉める余裕すらなくて、私を追いかけて来た彼の足音がする。
「おい、大丈夫か?」
彼は私の背を優しく撫でる。
その体温の心地よさと、吐き出したせいか、段々と不快感が収まっていく。
「うん、ごめん」
唇をペーパーで拭い、水を流して手を洗う。
そのまま買ってきた物を冷蔵庫につめようとすると、待てと真太郎に引き寄せられて…
「俺がやるのだよ」
と抱き上げられた。
「へっ、いや、だいじょ…」
「大丈夫じゃなかっただろう」
少し厳しさを含んだ目で私を見る真太郎。
「少し寝ていろ。飯は俺が作るのだよ」
そのまま階段を登って、ベッドに私を寝かせると彼は頼むから無理をしないでくれ、と言って私の頭を撫でて下へ降りて行った。
ああもう、本当に、優しい旦那様だ。
目が覚めたのは三時をちょっとすぎた頃。
危ない危ない。
私はクローゼットの奥に隠してあった彼への誕生日プレゼントを引っ張り出した。
部屋から出て、階段を降りると朝と同じように真太郎がソファに座っていた。
「真太郎」
私が声をかけると、読んでいた新聞から目を上げて
「もういいのか?」
と尋ねたから、うんと返事をする。
「飯はどうする?」
「まだいいや」
「そうか」
再び新聞に目を落とす彼に近づいて、彼の前に立った。
すると、それに気づいたのか彼は読んでいた新聞をたたみ脇へ置く。
そして
「お誕生日、おめでとう」
と抱きついて後ろ持っていた誕生日プレゼントを差し出す。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、
「ありがとう」
と微笑んでくれた。
プレゼントしたのはネクタイ。
去年あげたピンに似合うものを選んだ。
「ありがとう、大事にする」
「待って、今年はもう一つあるの」
心臓はドキドキバクバク。
こんなの、彼に告白した時以来だ。
「あ、あのね」
彼の大きな左手を両手で取って、緑の透ける真っ白いシャツの上に重ねた。
白に、彼の綺麗な指がよく映える。
少し高めの体温が心地よい。
「赤ちゃんが、できました」
カタン、とあげたネクタイの箱が落ちる音がして、彼が目を見開く。
「ほん…とうか?」
「うん。今八週目だって…」
そこまで言うと真太郎はいきなり立ち上がって私を抱きしめた。
「なまえ」
「なあに?」
「ありがとう」
抱きしめる彼の腕が、少し震えているのは、気のせいではないだろう。
その腕の中で、私はこの上ない幸せに浸る。
「お前はあの頃から変わらないのだな。いつも俺を驚かせる。」
「そうだっけ?」
「けれど、純粋なままだ。だからお前には白が似合う。」
おもむろにでてきたその言葉も、少し擽ったい。
この人は何気に天然タラシなのかもしれないと思った。
「愛している」
彼が囁いた。
私も、と言ってえへへ、とはにかんだ。
そしてゆっくりとキスを交わす。
ああ、彼の好きなこのまっしろいシャツと緑のワンピースは今年の夏いっぱいはまだ、着れるだろうか。