「星ってね、夏よりも冬のほうがよく見えるんだって」
俺の隣に立つ彼女がそう言って笑ったのはもう何年も前のことだ。その時は確かお互い青春真っ盛りの高校生で、彼女が夜中に星を見に行きたいと言うから寒空の下二人で空を見上げていた。懐かしいな。彼女は今どこで何をしているのだろうか。俺はまだ、彼女のことが好きだったんだと思う。時々こうして思い出しては懐かしくなるのだ。
「おーい高尾ー、取引先の方を待たせてるんだ、早く来い」
「うぃっす」
彼女が言っていた星のよく見える季節は、俺の心にじわじわとしみて鼻の奥がつんとした。
その日の帰り道、昔彼女とよく星を見に来ていた公園へと寄ってみた。なんとなく、なんだか今日はそんな気分だった。期待はしていないけど諦めてもいない。俺はまだ、あの星の瞬く夜から一日だって成長してはいないんだろう。
「星、綺麗ですね」
公園に入り、ブランコに座って夜空を見上げていたら急に話しかけられた。暗くてよく顔は見えないが、おそらく女性だろう。
「お隣、いいですか?」
「あ、どうぞ」
女性は俺の隣のブランコに腰を下ろす。少しだけキィ、とブランコを揺らして空を見上げていた。俺は沈黙が嫌で何か話そうと模索した。
「ここにはよく来るんですか?」
「いえ、なんだか今日無性に来たくなっちゃって。昔は、よく来ていたんですけど」
「俺も、昔はここよく来てたんですよ」
「…星ってね、夏よりも冬のほうがよく見えるんですよ」
それを聞いた途端、俺は立ち上がって彼女を見た。もしかして。その言葉は、あの時の。
「もしかして…なまえか…?」
「久しぶり、和成」
突然の再会に俺は驚いて暗い中まじまじと彼女を見つめた。さっきは暗くてよく見えなかったし、あまり気にしてはいなかったけど、正真正銘彼女はあのときの彼女だった。まさか、そんな。たまたま立ち寄った公園でこんな偶然があるのか。なにか運命のようなものを感じて俺は今すぐ彼女を抱きしめたくなった。
「なまえ…お前、いままでどこに、」
「黙っててごめんね和成。実は私、お父さんの転勤が急に決まって引っ越すことになっちゃって。ほら、私高校生の時携帯持ってなかったでしょ。だから連絡取ろうにも取れなくて…本当にごめんなさい」
「お前の気持ちはどうなんだよ」
「…和成のことがずっと気になってて、最近この町に戻ってきたの」
「俺も、なまえが忘れられなくて今日この公園に星を見に来た」
「なんだ、私たちまだ想いあってたんだね」
「っほんとに、心配したんだからな。馬鹿なまえ…もう離さねーかんな」
「うん、ごめんね和成…今度はずっと和成のそばにいる。どこにもいかないから」
どちらともなく歩み寄って抱き合う。久しぶりに抱きしめた彼女は相変わらず細くて柔らかくて。愛しさが溢れてくる。少しだけあの頃に戻ったみたいだった。
「今日俺ん家来ねぇ?俺今一人暮らししてんの」
「ほんとに?!和成一人暮らしとかできるの?部屋とか散らかってそう」
「ぶふっ!残念でした〜高尾ちゃんはハイスペックなんでお掃除もできます!」
「自分でハイスペックとか言っちゃうんだ」
俺たちは手を繋いで公園を出た。距離ができたなら、また埋めればいい。空白の時間があったなら、また一緒に思い出を作っていけばいい。あの頃の、延長線。きらきらと輝く星が、二人の背中を静かに見守っていた。