短編 | ナノ
物心ついた時から、感情を殺して生きていた。
だから、今回のことだって私にとっては何てことは無い。敵方に見つかり、色々な欲の捌け口にされただけ。
それよりも、一度捕らえられたにもかかわらず、死ぬこともできずに生き長らえたことは忍として大恥だということしか考えなかった。
なのに…なのに、どうしてあなたは泣く?
私は任務を失敗した。いや、失敗なんてものではない。
相手に情報はやらなかったものの、私が真田の忍だということはバレた。
恐らく、近々此方に戦を仕掛けて来るなり、主の寝首を掻こうと間者を送って来るなりするだろう。
私のせいで、歯車が一気に狂ってしまった。
普通なら切り捨てられるか、腹切って詫びることになるだろう。
なのに、主は「腹切れ」どころか「減給」すら言わない。
私の枕元に座り込み、泣いているだけ。
「幸村様、どうして泣くのですか。」
「なまえが…なまえが泣かぬから…うっ…俺が代わり、に、泣いているのだ…」
困ったものだ。
私は体を起こし、主と向き合った。体中が痛むが顔には出さない。
「なぜ泣く必要があるのです。詫びることは山ほどあれど、泣くようなことなどありません。寧ろ、己の非力さに対する怒りや恥じる気持ちで一杯です。」
そう、私は女である以前に忍。何も無くすものなんてないでしょう?
あなたと私は男女である以前に主従。何も生まれるものなんてないでしょう?
…そんなことをぼんやりと考えていれば、突然体が暖かいものに包まれた。
「俺の前では感情を押し殺すな…。お主は忍である以前におなご。おなごである以前に人であろう。」
まるで私の心を読んだかのような言葉。
そして、ギュッと私の背にまわす腕の力を強めながら、主は続ける。
「それに、なまえは俺の部下である以前に───」
…それは、一番求めてはいけないと思っていたけれど、本当はずっと欲しかったことば。
見て見ぬふりをしてきたけれど、いざ自分の感情に素直になってみれば、なんとも心が晴れていくような気がして。
同時に他の感情の箱の蓋もゆるんでしまい、涙が溢れてきた。
辛かった。苦しかった。泣きたかった。
そして、愛しかった。
ずっとずっとしまいこんでいた心の声が、涙と共に流れ落ちた。
ここにはそれを掬いとって包みこんでくれる人がいる。
はじめて受け入れた感情は、お団子のように甘く、お日さまのように暖かい。
まるで、あなた様のような───
お団子もお日さまもまんまる
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