短編 | ナノ


自分の命を守られてしまった。自分の命よりも大切だと思っていた親友に。
真田の忍だったなまえは、私を庇って死んだ。
西軍として、共に戦っていた戦場で。


佐助は決して暗い顔を見せなかった。涙ひとつ流さなかった。

だから私も、血に濡れたなまえに縋り付いて泣いたあのとき以来、一度も涙を流すことはなかった。


あいつがなまえのことを大切に想う気持ちが、親友としてのそれを超えていることくらい気付いていた。
それでも、どんなに気持ちがズタズタになっても、つらい表情をみせてしまえば、きっと私を深い深い沼に沈めていってしまうと思ったからだろう。


そう、なまえは私のせいで死んだのだから。
罪悪感を感じないはずなんて、なかった。


失意のどん底にいるはずの佐助が、それまでと全く変わらない様子でいることが見ていて哀れで。
でもそれは私のため、そして私を生かしてくれたなまえのことを想っての行動だからこそ、何も言うこともできずに……。


私と佐助は互いに顔を合わせるたびに心のどこか傷を負うようになり、安寧の世が訪れたというのに疎遠になっていった。


そうやって、まるで私は二人のことを忘れるかのごとく、その後も謙信さまの御側で生き続けたのだ。剣なんて必要ない時代になっても、私は剣でありつづけた。二人との思い出を、そして後悔やあの空虚感を自身で斬り払ってしまうために。





……なのに。あんなにも私のなかの想いを、悔いを斬り続けたのに、また出会ってしまったんだ。

幸運なのか、不運なのかすらわからない。

ただただ、私の心はなんだかわからない感情でぎゅうぎゅうに締め付けられた。





高校の入学式。教室に入ると真っ先に目に飛び込んできたのは、あの二人だった。
驚きのあまり膝から力が抜け、よろめく。その拍子に脚が机にぶつかった。
その音に反応した佐助と、目が合う。


あいつは、目を見開いた。


「佐助、どうしたの? おーい」


隣には、なまえがいる。彼女もこちらを見て、驚いた顔をする。
恐怖や後悔の念よりも、今生で逢うことができた喜びのほうが大きくなり、次に発せられる言葉へと期待を抱いたとき、




「わあ……! あの子すっごく綺麗だなあ……。佐助、さっきあの子のこと見てびっくりしてたみたいだけど、知ってる子? それとも美人に見惚れたの〜?」




少しだけ、胸のなかで何かヒビが入ったような音が聞こえた。




佐助はニヤニヤしたなまえに茶化されているが、ちょっと困ったようにこちらを見たあと、彼女に一言何か言ってこちらに来た。


「……久しぶり。まさか、お前にも会えるなんて思ってなかったよ。俺様超ラッキーって感じ?」


あの頃の気まずさなんて微塵も感じさせない調子。それでいて、まるでずっと会っていなかった友達と再開したときのような、少し気恥ずかしげな表情を浮かべている。

大げさに喜びあうことも、涙を流すこともない。そんな再会の仕方がこの男らしいと思って、どこか安心している私がいた。しかし、すぐにその表情も曇って


「……もう気づいてると思うけど、あいつにはあの頃の記憶がないんだよね。なまえとは、まだ俺たちが小さい頃に出逢えて、今じゃ幼馴染って感じなんだ」


「そうか……お前たちが今生でも仲良くやっている姿を見ることができて、私はうれしい。この時代に生まれてくることができて、よかった」


それだけ言って、私は二人とは少し離れた席に座った。せっかくまた会えたんだ。昔よりも少しは素直になった私は、あの男に向けてちゃんと微笑むことができていただろうか。

私の顔を見て、一瞬だけ、またあの頃のような悲しい目を浮かべたように見えたのは、きっと気のせいだ。
そう、気のせいなんだ。




その後も結局私は、なかなか二人との距離を測りきれず、うまく接することができない日々が続いた。
二人の仲があんなにも良さそうで……あいつが、佐助があまりにも穏やかな顔でなまえと接していて……。

また私が壊してしまうんじゃないかと、心のどこかで恐れていた。
大切な二人の幸せを、今回こそは邪魔したくなかったんだ。


なまえは私に対して良い印象を持ってくれているようで度々話しかけてくれるのだが、どこかぎこちなくなってしまう。そんなことが続き、彼女は心配になってしまったらしい。嫌われているのではないか、と。




ある日、そんな私たちを見かねてか、佐助が私のもとへとやってきた。


「もう……怖がることなんてないよ」


「……っ!」


「どーせお前のことだから、俺様とあいつの邪魔しないように〜なんて思ってるんだろ。お見通しだぜ」


「私は、そんな」


「何も言うなって……もう大丈夫だから。なまえも、かすがも、俺も、もう何も怖がる必要なんてないんだ。
あいつ、ちっとも覚えてなんかいないくせに、初めて逢ったときからやたら俺にばっかり構ってきたんだよね。お前にだってそうだろ? 入学式の日に出逢って以来、ずっと『友達になりたい』って。……きっと記憶はなくても、どっか深〜いところで、俺たちのことわかってるんだよ」


「……」


「俺だってさ……なまえとだけじゃなくて、お前と会えたとき本当にうれしかったんだぜ?」


目を泳がせながら、鼻の頭をかいている。照れているのだろう。


「そりゃ、俺様があいつのことちょっと、すすす、す、好きだってこと、気づいてたんだろうけど……お前のことだって大切なんだよ、かすが。……やだ〜俺様ってば罪深い男」


「う、うるさい! 何を言ってるんだ……! 私が一番大切なのは、なまえなんだ! お前なんか正直どうでもいいが、お、お前にだったらその……私の大切ななまえを任せてもいいかなと思っていただけだ……!」


「……あら、俺様ってば意外と信頼されてる感じ?」


「あぁ、もう!」


「まあ落ち着きなって。とにかく、今度は軍も何も関係なく、ガキの頃里でずっと一緒だったときみたいに、三人で過ごせたらなあって思ってるわけ。お前だって、ちょっとはそういう気持ちあるだろ? だったら、余計な遠慮とかしないでさ、なまえと仲良くやんなよ」


なんだかこいつに慰められているようでいけ好かないが、胸のなかのヒビは、いつの間にか消えているような気がした。

そのとき、ヒビから漏れてしまっていたはずの何かがこみ上げてきて、私はあれ以来、初めて涙を流していた。
佐助も、何も言わずに隣でそっぽを向きながら鼻をすすっていた。




それ以来、私はなまえからの誘いをすべて受け入れたし、自分からも積極的に関わろうとする。
彼女の笑顔はあの頃と何も変わっていなかったし、見かけによらず腕っ節が強いところも、負けず嫌いなところも、同い年のはずなのに私を姉のように慕ってくれるところも一緒だ。

買い物に行ったり、カラオケに行ったり。ひいきの野球チームの応援にも行った。
互いの家にも頻繁に行き来して、顔を合わせない日なんてほとんどない。



私たちは、再び親友になった。




月日が流れ、ついになまえと佐助が結婚することになった。
結婚式当日、二人に呼ばれた私は、新郎新婦の控え室へと向かう。
扉を開けた先に見えたなまえの姿は本当に美しくて、幸せそうで……まだ式が始まる前だというのに泣いてしまいそうだ。



「かすが、本当にありがとう」


「……何を改まっているんだ。それに、式の前に控え室に呼ばれて、そんなことを言ってもらえるなんて、私はお前たちの親みたいだな」


照れ隠しでそんなことを言ったが、家族同然の距離にいられることを実感できて、少し誇らしい気持ちになる。


「あはは、かすがは私たちの親友で、私のお姉ちゃんみたいなものだからね。ずっとずーっと、昔から……」




私と佐助の肩が跳ねる。




「ずっとずっと二人のことが大好きだったから……本当に大切で……守りたくって……!」


彼女の目から、ぽろぽろと雫がこぼれる


「だけど、守れなくって……大切な命は守れたけど、結果的に三人ともバラバラになっちゃって……っ」


佐助の嗚咽が聞こえてくる。


「でも、あれから何百年も経ったこの時代で、また私と出逢ってくれてありがとう。全部忘れちゃってた私と変わらず一緒にいてくれて、ありがとう。また逢えて、本当によかった……!!」


誰からともなく、私たちは三人で抱き合った。
みんな、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。せっかくの結婚式だというのに。





その後も私たちは、文字通りずっと一緒だ。きっと、これから先も離れることなんてないのだろう。

いつか年をとって、また別れてしまうときがくるかもしれない。
それでも、何百年もの刻を超えて巡り逢うことができたのだから、私たちはきっと次も出逢うことができるはずだ。





なまえの子どもと、かすがと謙信の子どもが同じ年に生まれるのは、もう少し先の話。



ーーーーー


まりさん、遅いなんてレベルじゃなく遅くなってしまってごめんなさい!!
かすが友情のはずが佐助がでしゃばってきましたね!!笑 勝手にすみません!!
でも、かすがに大切にされてる感じを出そうと思ったら、なんだかんだ佐助が不可欠でした。
書かせていただきありがとうございました!!
これからもよろしくお願いします





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