地に這いつくばろうが、蔑すまれようが彼は死ぬつもりはなかった。何が何でも生きてやる、――そう決めた。
「杢ちゃん」
「、はい」
少しばかり遅れた返事に、玄は足を止めて振り返った。風に乱れた髪に手をやり、困ったように笑う。
「もしかして、まだ怒ってるの?」
「……え、」
杢太郎は目を丸くして固まった。玄が何を言っているのか、わからなかったのだ。
その様子を見た玄が、明らかにしまったという顔をした。
「……。違うなら、いいんだ。――先、急ぐよ」
「ちょ…、――ああ」と杢太郎はポン、と手を打った。小気味いい音がする。
「昨夜のことですか?」
「……」
玄は沈黙し、渋い顔をしている。……どうやら、図星だったらしい。
杢太郎は笑った。
「大したことじゃないですよ。いつものことですし」
「……ははは。何気に言うよね、君は」
昨晩、玄は政府のお偉いさんとの会合をすっぽかし、馴染みの遊女を連れだって色町にいた挙句、火焔隊隊士らの厳重な包囲網をくぐり抜け、元同僚と酒を飲んでいた。
鼠一匹逃しはしない、と意気込む火焔隊隊士らの目から玄がどうやって逃げたのか、未だ不明である。
「あんな性根の曲がったクソジジイ共と飲んだら、酒が不味、」
「――隊長」
「?」
「俺…、昔、ここに住んでました」
杢太郎が足を止め、流れる川に目をやった。ぽちゃん、と小さな魚が跳ねる。
ここら一帯の地域は、表面上、割と治安が良い所に見えるが、実は貧富の差が激しく、治安が悪い。
「……運が良かったんですよ、俺は」
――ひねた目をした、体だけは大きな少年。
ゆくゆくはろくでなしになるしかなかっただろう自分の回りには、お人好しがたくさんいた。
『生きるためには、まっとうに働かなきゃなんねえ』
――今の自分があるのは、そんな馬鹿なやつらのおかげだから。
突然、ピシリ、と杢太郎の額に衝撃が来た。玄が人差し指と親指で輪を作り、構えている。
「言っとくけど、僕はお人好しじゃないし、馬鹿じゃないよ」
「隊、」
ふん、と鼻で笑い、額に手をやる杢太郎を置いて歩き出した。その後を慌てて杢太郎は追った。
◎杢ちゃんは元やーさん的なとこにいて、足を洗い、火消しになりました。その後、火焔隊に入隊。一応、先方に謝りに行った方がいいと言うことで玄を連れて(笑)いく途中です。
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