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粗暴で、自由奔放。
誰しもが桃に対して持つ最初の印象だ。――だが、僕は知っている。それは彼の一面でしかないということを。
本当は、誰よりも優しく、誰よりも傷つきやすいことを。
「――どうして、彼女に意地悪ばかりするの?」
「るっせえ」
らしくないよ。そう、桃に声をかけると、気もそぞろでぞんざいな答えが返ってきた。横になって、だらだらと春本を捲っている彼の目が全く紙面を見ていないことに、僕はとっくに気が付いていた。
「すごく、いい子じゃないか。何が不満なの?」
「……白菊。それ以上、何か言ったら殴るからな」
春本から顔を上げることなく、苛々と吐き捨てる桃は、まるで拗ねた子どもだ。白菊はため息をついた。
殴るだの、蹴るだの、すぐに言う割には、桃は白菊に対して実行したことはない。だから、そう脅しても全く怖くなかった。
「――真琴さんと何かあったの?」
「……うるせえな」
不自然な間に、何かあったのだろうなとある程度、予想がついた。真琴の反応も何だかよそよそしかったことも頭を過ぎる。
この様子では意地でも話さないだろうから、真琴が無事に戻って来たら聞いてみようと画策しながら、白菊はぽつりと呟いた。
「真琴さん、大丈夫かな…。紅蓮にでも様子を見に行っても、」
「、っ! 何なんだよ! さっきから!」
紅蓮は駄目だって言ってんだろ!と桃が額に青筋を浮かべて、春本を投げつけてきた。それを涼しい顔で避けた白菊は呆れ顔を作る。
「心配して当然でしょ。真琴さん、ああいうお店は初めてだろうし、それに――」
――男嫌いだから。
「え…?」
桃は目を見開いたまま、動きを止めた。
「男、嫌い…?」
「桃、結構な額持たせたでしょ? こりゃあ、いい金蔓だって目をつけられたら、どうなるか…。真琴さんみたいな普通の御嬢さんが、羊の皮を被った狼連中の中に放り込まれたら、ひとたまりもないだろうし…」
「、っ! 所用で出る!」
桃はそう怒鳴るなり、韋駄天の如く、駆けだしていった。白菊は桃が巻き起こした風によって飛ばされた書きかけの帳簿を拾い上げ、苦笑する。
「……素直じゃないんだから」
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私が手をついたすぐ傍には、花霞の端正な顔が合った。私が我に返った時には私はちょうど彼の上に覆いかぶさるようにして、乗っかっていた。はたから見たら、凄く誤解を生みそうな体勢だ。
「ごっ、ごごごめんなさい!!」
「……」
私はすぐさま、彼の上から降りようとしたが、何かが私の着物の裾を引っ張っていて、上手くいかない。何かに生地を引っかけてしまっているのかと、私は慌てて確認すると、花霞の手が着物の裾をがっちり掴んでいた。
「は、花霞さん、あの…、裾を、」
「……ここ一帯に並んだ店が"どういう"店か、分からないわけじゃないだろ」
「え?」
目を細め、私を見上げる花霞の目が明かりにゆらゆらと揺れている。急に乾きだした私の喉がごくりと鳴った。
少し体を起こした花霞の腕が私の腰の辺りにゆるりと巻きついた。肩が跳ね、体が強張る。息がかかるほど近づいてきた彼の口端が静かに上がっていく。
「誰に貰ったのかは知らないが、お前は大金を払って俺を買った」
「ちょ…っ、ちょっと待、」
「――お前は俺を買ったんだ」
あからさまに肌蹴けている花霞の胸元が嫌でも目に入る。嫌な汗が背筋を伝い、震えが起こる。そのせいで花霞の体を押して逃げだそうにも、さらに力が入らない。
――嫌だ。
「、っ! 真琴!!」
怒号に似た、聞き慣れた大声と共に、襖が勢いよく開いた。そこに立っていたのは、息を弾ませた桃だった。
「も、桃…?」
「良かった…。ぶ、」
恐らく、無事かと聞こうとした桃の声が途中で止んだ。そのまま、つかつかと私に歩み寄ると、呆然と固まって動けない私とそれを面白そうに見ていた花霞を引き離した。
「――どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何もない」
肩からずり落ちた着物を引き上げながら、花霞は不敵に笑った。
「ああ、なるほど。お前か。真琴に金を渡して探らせようとしたのは」
「……」
「自分から俺を買わせといて、一体、何しに来たんだ?」
桃は花霞の問いかけに否定も肯定もしなかった。そして、私に目線を合わせて口を開いた。
「……帰ろう。白菊が心配してる」
私は無言で頷いた。恐怖で声が上手く出なかったのだ。桃は私を促し、花霞の方を振り返った。
「……こいつは連れて帰る。迷惑かけたな」
「――聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「いや、いいんだ。後日な」
振り返りもせずに帰っていく桃の背中に、花霞は苦笑いを浮かべた。
「……俺もつくづく人が悪いな」
真琴が男が嫌いというのにうすうす気づいていながら、女に迫る真似事などしてみた自分の性格の悪さに、我ながら呆れ果てていた。
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