愛しのバンビーナ 苦くてあまい。



男という生き物はいくつになってもガキだ。








「おはよーございまーす。鳴海先輩」

「お」

馴れぬパソコンをいじりながら、コーヒーを啜っていた俺の脇に、勢いよく部下が腰をかけ、あれっと声を上げた。俺は慌ててカップを持ち上げる。危ない危ない。

ほっと息をついて、何事かと部下の方を何気なく見やると、何故かどんよりと落ち込んでいる。

「――な、何事?」

「鳴海さんはいいっすね…」

「は?」

ため息交じりに吐き出された言葉に目が丸くなる。万年係長の俺のどこが羨ましいのさ、一体。

俺は目を瞬いて、顎の辺りを擦った。困ったときの癖だ。

「ごめん。ちょっと、展開についていけな、」

「モテモテじゃないっすか!!」

「あ?」

何とも間抜けな嘆きのそれに、余計に戸惑った。そして、部下の視線を追って初めて合点がいった。


「これは、ほら、お父さんにチョコを上げる感じで…、あれだ、好きとか嫌いとかそういう色っぽいのじゃないし」

そう言いながら、何となく苦笑が漏れる。部下の女の子から毎年もらう、このチョコの意味は、お世話になってますとかそういう類のものだ。最近では本命チョコ、義理チョコ、その他に友チョコとやらもあるらしい。

この時期になると、毎年のように彩る、ピンク色の可愛らしい小さな空間は、俺にとっては異質に近い印象を与えていた。身の置き場のないような、そんな感じだ。

「そっかあ。鳴海先輩、ドンマイっす」

「るせっ。さっさと仕事しろ」

にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた部下を小突いて、俺はキーボードを苛々と叩いた。








コンビニの自動ドアを抜けて、はたと気づく。棚に並ぶ沢山のチョコ。そうか、バレンタインか。

何となく、近くに移動して眺めた。手にとってみたものの、友達に上げるにしてはちょっとばかし高い高級品に苦笑が漏れる。私には関係ない世界の出来事なのかもしれない。二十歳になったというのに、恋のこの字も出ないのだから。


「――なにしてんの?」

「にゃっ!?」

間抜けな声を上げて振り返ると、そこには呆れ顔をした友達の加奈が立っていた。


「び、びっくりした…」

「何よ、人をバケモノ扱いして!」

ぷうと頬を膨らませながら、加奈は私の隣に並んだ。

「バレンタインか…。もうそんな時期か。めんどくさいなー、もー」

「こらこら」

加奈は棚を見渡し、私の方にくるりと振り向いた。


「ところで、さちは誰にあげるの?」

「え、」

加奈にそう聞かれて、私はぐむむと唸った。父親には暫く前からあげていないし、友チョコだって加奈以外にあげたことはない。


「か、加奈とか…」

「私か! 色気ないなー。彼氏もいない寂しい独り身だもんねー。――あ、お世話になってる人とかにでもあげれば?」

「……。いらないなら、べ」

「板チョコ以外ね!」

相変わらず、ちゃっかりしてるんだから。私は苦笑して、割と安めのチョコをカゴに入れ、レジに向かおうと前に足を出して、はたと思いつく。


(……お世話になってる人…)


脳裏に浮かんだのは、へにゃりと笑う世話好きな隣人の顔で。

私は気が変わらない内にと急いで割と有名なメーカーのチョコを一つ手に取った。加奈が目を丸くしているのを横目にレジに向かう。

小心者の心臓が少し緊張して、脈を打つ。


――どうしよう、照れくさい。





さちと桜さんのバレンタイン。散々悩んだ挙句に真っ赤になりながら、チョコを渡すさちちゃんに、ちょっと複雑な桜さん。思わず、「これ、何チョコ?」って聞いて、「え、ゴ○ィバですけど…?」「いや、うん、そうじゃなくて」みたいな会話があればいいよ。ついでに、後で「な、何言ってんだ…! 俺は!」ってなればいい。








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