蜘蛛擬人化?
――それは三回目の再会だったのかもしれない。
「……あんた、何なの」
「なんだ。ようやく気づいてくれたんだ」
ずっと一緒に住んでるのに、こっち見てもくれないし、心配してたんだよ。そう、彼は言って、ころころと愉しげに笑った。
――気のせいだろうと思っていた。仕事から疲れてベッドに倒れ込んで、夕飯も食べないまま一時間ほど眠るのが最近、ずっと続いていたから、きっと寝惚けてでもいるのだろうと。目の端に映った白い、小さな影など気にも止めていなかった。
……だから。
「いつから、ここに?」
「三日前!」
元気に答える少年は口の端にご飯粒をつけている。それを無意識にとってやりながら、寝不足の目を擦る。
(……三日もいたのに気が付かないとか、ある?)
ありえない。いくらなんでもそれはない。
夕飯の冷凍餃子を次々に咀嚼していく少年を片肘をついて見ながら、ため息をつく。相手が幼いし、害がなさそうだというだけで、警戒心足りないな、自分。ここは、警察に通報した方がいいのだろうかと手元にあるスマホを見やって、首筋を掻いた。
「ていうか、どうやって入ったの」
「内緒」
ご馳走様!と高らかに宣言し、さっさと私の後ろを通り過ぎると、さっきまで私が横になっていたベットに寝転ぶ。
「ちょっと、」
「おやすみなさあい」
「おやすみって、ちょっと!」
すうすうと心地よさ気な寝息を立て始めた少年に面食らう。慌てて、少年の肩を掴んで揺すろうと手を伸ばし、
「――一緒に寝ちゃう?」
「え、」
うわっ、という間抜けな悲鳴が口から洩れ、ベッドに引きずり込まれた。少年に掴まれた手首がへし折られるかというほどの力で握りしめられる。
その瞬間、私の心臓は凍りついた。
――絶対に、おかしい。
どうして、こんな幼い子の指がぐるりと一周して余るほどの状態で、私の手首を掴めるのだろう。この歳の子どもの指の長さからいって、そんなことはありえないはずなのに。
引きずり込まれた布団の中はうっすらと暗かった。どきりどきりと心臓が煩いほどに鳴っている。未だに掴まれたままの手首は痛みだし、痺れて苦しかった。
「うふふふふふふふふふふふふふ」
耳元で声がした。囁くような笑い声がするたびに、頬を息が撫でた。ぎくりと固まる。近くにいるはずなのに、存在がない。布団は空っぽだ。
「怖くない、怖くないよ」
「……」
声が喉に張り付いて出てはくれなかった。知らず知らずの内に息を詰めていたせいで、息が上がる。
「僕は君のことが好きだから、何もしない。ただ、」
――触れさせて。
頬を這う指の感覚がする。触れるか触れないかの撫でるような、こそばゆい、ぞわぞわした不快な感覚に、私は思わず顔を背けた。
「……拒まないで」
耳元で囁くような声がする。それはもう、少年の声ではなかった。がさがさとした、掠れたひび割れた音。
「……、き……す、……、…な、…に……き、…す、き……のに…」
――こんなに、すきなのに。
わああああああああ、と響く音と共に、手首を締め付けていた拘束がふつりと止んだ。
よく朝、目が覚めると、手首に銀の糸がぐるりと幾重にも巻き付いていた。
――それは、蜘蛛の糸だった。
ほんとうの姿じゃ、キミに会えない
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