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いつか春が



携帯電話のバイブ音が鳴る。

目を通していた書類を片付け、そろそろ寝床につこうかと自室に入った時だった。
ズボンのポケットから携帯を取り出して受信ボックスを開く。


"1"


届いたメールに件名は無く、本文にはたったの一文字。
送り主は確認するまでもない。


"わかった。こんな時間だし今から迎えに行くね。"


返信すると、すぐにまた手の中の携帯が振動する。


"店"





明かりをつけて戸を開くと彼女はそこに立っていた。


「柚季ちゃん、こんばんは」


どうぞ、と促すと、ゆっくりと一歩ずつ中へ入ってくる。
俯いた顔、長い前髪から覗く瞳には光が無い。
小柄な体は更に痩せたのか、前に会った時よりも小さくなったように見える。
ふらふらと歩く彼女を支えるようにして自分の部屋へ連れていき、ベッドに座らせた。


「あったかい飲み物持ってくるから、ちょっと待ってて」


なかなか中身が減らない粉末のココアが入った瓶は、彼女のために買ったもの。
いつもここに来ては小さく震えている理由が、単なる寒さのせいでないことぐらい分かっているが、
とりあえず何かあたたまるものを飲めば少しは落ち着くだろうと思い用意した。
毎回、中にすり下ろした生姜を入れて渡すのだ。

その用意をするため、台所へ向かおうとした僕の服の裾を白い手が掴んだ。
一瞬目が合ったが、またすぐに下を向いて首を横に振る。

"1"と、彼女の手がその番号を示した。



「うん、了解だよ」


精一杯の優しい声で囁き、少し屈んでその体をそっと抱き締める。





1、抱き締める

2、キスをする

3、抱く




会話をすることも困難な彼女の負担を減らすために、初めて会った時に僕が決めたこと。
何も言わなくていい、理由がなくてもいい。
その日して欲しいことを番号で示してくれれば、僕はそれに応える、と。
朝、昼間、夜、深夜。メールの日もあれば、突然店に来る日もあった。
そうして今まで何度と会ってきたが、彼女が1以外を選んだことは一度もない。
何が柚季をこんなにも苦しめているのかなんて分からないし、きっと知る必要もないから、これからも訊かないだろう。
これが、自分にできる唯一のことなのだ。



「…………っ」


腕の中で声を出さずに泣く華奢な体。
両手でがっしりと僕の服を掴む力は強いけれど、
全身を震わせて涙を流すその姿があまりにも弱々しくて、脆くて。

ただただ人の温もりを求めてくる君に、僕はちゃんと応えられているだろうか。






「落ち着いた?」


泣き疲れてそのまま眠ってしまった彼女だったが、しばらくして朝日が昇る前には目を覚ました。
今度こそココアを作って渡してあげながら問うと、ゆっくりと頷いてそれを口にする。
ふっと息を吐き出して伏せた目は少し腫れてしまっている。
でも、深い闇に落ちてしまいそうだった昨夜の瞳よりはずっといい。


「またさ、いつでもおいでよ」


僕の言葉に彼女は顔を上げ、
微かに、微笑んだ。
まるで小さな蕾が花開くように。


どうかいつも笑っていてほしい。


愛おしくて、たまらず抱き締めたい気持ちを抑えながら思う。



苦しい時、泣き出したい時、君が1番に会いたいと思う人が、
どうか僕でありますように。




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