dream | ナノ




きっと、永遠に。



「いらっしゃい、柚季ちゃん」

さまざまな薬の匂いが混じった店内には、もう鼻がとっくに慣れている。
奥の椅子に腰掛け机に頬杖をついた彼は、
まるで私が今日ここに来ることが分かっていたかのように、にっこりと笑顔で迎えた。

「今日もいつもの薬、でいいよね?」

彼が手に持つのは、既に用意された薬の入った袋。
ゆっくりと彼の前に足を運ばせながら、息を吸い込む。


白澤様、違うんです。今日は―


家で。来る途中の道で。店の前で。
幾度となく練習した言葉を発しようと私は口を開くが
結局声にはならず、それは息となって吐き出され空中へと消えてしまう。


「…………はい」

「了解。ほら、こっちにおいで」

椅子から立ち上がった彼に抱き寄せられる。
どこか安心する薬の匂いが心地よく、私は目を閉じた。



昔から母は体が弱かった。
少し風邪を引いただけで何日も寝込んでしまうということはよくあったが、その日は違った。
庭で洗濯を終えて家の中に戻ると、静かに寝ていたはずの母が苦しそうに唸っていた。
大量の汗をかき、顔は青白く、息も荒い。
どうしよう。どうしよう。

パニックになった頭の中で、ふと評判の良い漢方薬局の名前を思い出した。急いで駆け込んだ。
そして、彼に出会った。

「落ち着いて。大丈夫。大丈夫だから」

あの時の彼の優しい声が忘れられない。
私から事情を聞くと、すぐに薬を調合してくれた。
お金は後でいいから早くお母さんに、と言ってくれた彼に深々と頭を下げ、家へと走った。

薬はよく効いたようで、母の容体はみるみるうちに良くなった。
安心したと同時に1つの問題が発生する。
うちには薬の代金を払えるようなものがないのだ。

「じゃあ……体で払うっていうのはどう?僕はそれで構わないよ」

お金の代わりに何でもする、と言った私に彼が返した言葉。
どこまで本気なのか分からないし、何より
あの日優しく私をなだめてくれたあの同じ口から発せられたのだと信じられない。
こういう人なんだ。きっと。普段からそういう行為を何の憚りもなくしているのだ。
それでも、私はそれを承諾した。
それが、始まりだった。



月に一回、母の薬を買いに来る。
月に一回、私は彼に抱かれる。


違うんです。今日は、白澤様に会いに来たんです。

幾度となく練習した。
今日は、今日こそは言おう。
でも、言えない。


窓から差し込む朝日で目が覚める。
早く帰って朝ご飯の支度をしなければ、母が心配してしまう。
ベッドから起き上がり着物に袖を通していると、横で寝ていたはずの彼がこちらを見ていることに気づく。

「もう帰るの?」

「はい。薬、ありがとうございました」

丁寧にお辞儀をすると、彼はまたいつもの笑みを浮かべた。

「またいつでもおいで。お母さんの調子が悪くなったら」

母の調子は薬のおかげでかなり安定している。
もう月に一回飲まなくてもいいと思うほどだ。
それでも薬を買いに来訪し続けている私に、彼は何も言わない。
その笑顔の裏に何を秘めているのか、私には分からない。いや、分からないほうが良いのかもしれない。

白澤様。
母の調子が悪くなくても、
貴方に会いたくなったら、ここに来てもいいですか?


やはりそれは声にはならず、私は今日も薬を片手に店を出る。
来月も、その次も、きっと。






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