暴食
『ボス、お肉もいいですがお野菜もお召し上がりください。体の栄養バランスが崩れてしまいます。シェフも栄養に偏りがないようメニューを決めているので--------』

「うるせぇ、ババア。オレの食事にまで関与させた覚えはねえ、黙ってろ」

『これはXANXUS様のお体に関することなので-------------』

XANXUS様は大変すばらしいお方。この方こそ頂点に居るにふさわしい、是非そんな貴方様の配下になりたい。人にそう思わせる魅力を持つお方。そしてその魅力に見せられて私達メイドも本部の使用人ではなくヴァリアーの使用人になることを自ら志願している。
だから例えXANXUS様にババアと言われても、例え食器を急所めがけて投げられても全然問題はない。ただ、私にキレられてもXANXUS様の栄養の偏りは改善されないのでどうしようかなとは思う。どうも私の言葉は気に触ったようなのでここはひとまず退室しよう。

『食べ終わりましたら下げに参りますのでいつでもお呼びください。それでは失礼いたします』

さて、割られた皿の数だけ食器を補充しなければと考えていたら、最近入ってきた新人メイドが顔を真っ青にしながらこちらを見ていた。もし体調が悪いなら早く休ませなければ、感染病の物だったらヴァリアーの皆様に迷惑がかかってしまう。

『顔色あまりよくないけど、体調でも悪いの?』

「いえ、そんなことは…でもメイド長がお怪我したのかと思って…」

あーさっきの食器が割られた音でびっくりしたのか…。ここに来てから日の浅いこの子には確かに驚くべきシーンだったのかもしれない。きっと1ヶ月もすればこれが日常だとわかるのだろうけど。

『安心しなさい。私は怪我をしてないわ。XANXUS様は誰か人に攻撃するときは的確に急所を狙ってくるからもし投げられたら避けなさい。当たるところがわかっているのだから避けるのは簡単よ。そのうち慣れるわ』

「XANXUS様はいつもあんな感じなのですか?」

『そうよ、大丈夫。あの人は怒るのが趣味みたいなものだからあまり気にしないで。さ、仕事に戻りましょう』

「はい!」

耳につけていていたイヤホンからドスのきいた「おい」という声が聞こえる。いわずもがなXANXUS様のお声だ。
メイド長という役職は実はそこそこ忙しいもので、通常業務+メイド全体の管理、教育、幹部の皆様の大まかなスケジュールの把握等をやらなければならない。加えて私はXANXUS様の専属の1人でもあるから仕事は大盛り山盛りてんこ盛りだ。そんな私がXANXUS様の全ての声に反応などできるわけがないので、毎回XANXUS様任意の元、服の襟の所に超小型マイクをつけさせていただいてそこからご用を承っている。
イヤホンから聞こえてくるのは毎回「おい」の一言のみだが私を呼びつけるものなんてその一言で十分だ。
急いで向かうと空になったお皿と全く手の付けられていない野菜料理が皿の上に乗っかっていた。

『お嫌いですか?』

「うまくねえ」

『…ではシェフを替えましょう』

少し前まで今のシェフの野菜料理もちゃんと召し上がっていたというのに一体どうなされたのか…シェフの味が急に落ちたとは考えられないし、XANXUS様の御気分だろうか…
先ほど投げつけられて割れたお皿と食べ終えられたお皿の下げる準備をしていると痛いほど突き刺さる視線と共に例の「おい」という声が聞こえた。

『はい、何でございましょう』

「明日の晩飯はてめえが作れ」

『…それは私の作ったものをXANXUS様がお召し上がりになるという解釈でお間違いありませんか?』

「他になにがあんだ」

『いえ、ですが私は一流のシェフでもなんでもないのでXANXUS様のお口に合わないと思いますが宜しいですか』

「てめえがさっきオレの食うもんに口出してきたんだろうが、ならオレが食べたくなるようなもんをてめえが作れ」

『もし、貴方様のお口に合わなければどうなりますか?』

「使えねえ奴はかっ消す」

『愚問でしたね。失礼いたしました。では明日のディナーは僭越ながら私が作らせて頂きます。では、またご用の際にはお呼びください。失礼いたします。』

つまりあれだ、私の余命は明日の晩御飯までという事か…短くはないが長くもない人生だったな。来世はXANXUS様のお口にあう料理を作れる人間になりたいです。
自分の寿命を悟り心は最早無にしかならなかったが、かといってXANXUS様に適当なものを見あがって頂くわけにもいかない。ここはシェフに相談しつつできる限りの料理を出そう。

「XANXUS様以前は何事もなく召し上がっておられたのに一体何があったのでしょうか…」

『わかりません、恐らくXANXUS様の御気分だとは思いますが…』

「あら!料理で悩んでるなら私に相談しなさいよ〜水臭いじゃないの。料理の事なら私にも相談して頂戴!!」

『ルッスーリア様!実は…』

「話は新人のメイドちゃんから聞いたわ〜んふふっボスったら恥ずかしがり屋なんだから」

…。ルッスーリア様は感性が独特だというのはわかってはいたけれど、流石にボスが恥ずかしがり屋だっていうのはないと思います。

「素直に名前ちゃんにご飯作ってって言えなかったからなんだかんだと理由をこじつけたのよ!」

『シェフの料理の方がおいしいのに私の料理を食べたいなんて思わないと思いますが?』

「それは好きな子の手料理を食べたいっていう男心よ」

『…その話は置いといてとりあえず何を作りましょうか』

ないないないないない、ボスが私を好き?ないないないないない。普通好きな人にババアなんて言いませんし、急所めがけて攻撃なんかしませんよ。それにボスとは必要最低限の会話しかしたことありませんから、好きになる要素がありません。

「大丈夫!きっと貴方の料理なら何でもおいしく食べるわ〜でも、そうねどうせ作るならベーコンと野菜のキッシュとかどうかしら」

『キッシュですか?』

キッシュってカロリーがある割にすぐにあんまり食べた気がしないから、ボスの好みじゃないと思っておだししたことなかったな…でも考えてみれば確かに野菜嫌いでも食べやすいかもしれない

「キッシュならすごく難しいわけでもないですし、一緒に作れますね…それにしませんか?」

「大丈夫!私も手伝うわよ♪」

『すいません、お願いします』

それから次の日の晩までそれぞれの本来の仕事の合間をぬって、何回か作って試してみた。勿論1発成功なんて訳はなく何度か失敗したが、二人の協力のかいあってかまあまあの物ができたと思う。
そしていよいよその時は訪れた
。大丈夫、何度も味見して若干気持ち悪くなりながらも、それでも食べて味を確認したんだ。食べて頂ける最低ラインの味にはなってると思う。キッシュを他の料理と一緒のカートにいれ、いよいよXANXUS様の元へお届けする。カートを押す手は手汗で湿ってきて、心臓も今までにないくらいドクドクと音が鳴る。一回深呼吸して無理やり落ち着かせた。大丈夫、気を引き締めていつも通りの私でいよう。「入れ」という合図を頂いてからお部屋にお運びする。

「今回の料理は全部てめーがつくったのか?」

『はい、シェフとルッスーリア様の指導の下、僭越ながらお作り致しました』

嬉しくはないが独り身の時間が長いせいでそこそこ一般的料理なら作れる。勿論キッシュ以外もシェフやルッスーリア様と相談しながら作ったがそこはあまり問題ではない。問題はXANXUS様に野菜を食べて頂けるかという事。ドキドキしながらXANXUS様が咀嚼を見守るとなんだ、とでも言いたげな顔で睨まれた。しまった、見過ぎたか?

「なんだ、何が言いてえ」

『お口にあいますでしょうか…』

「悪くねぇ」

XANXUS様にとって悪くねぇと良いはほぼ同義。つまり喜んでいただけたという事。
私はあまり料理を作って人をもてなしたことがないからわからなかったが、喜ばれるというのは案外嬉しいものだ。意図せず顔がゆるんでしまう。
それから無言でもぐもぐと召し上がられて、すぐに皿は空となった。

『お粗末様でした』

「これからもずっとてめえが作れ」

『かしこまりました』

「ずっとだ…」

『はい?』

暴食

(“ずっと”の意味が分かるのはまだ少し先の話)


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