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人生うまくいかないことばかりだ。
私は、とある始祖の一族の身分の低い貴族の家に生まれ落ちた。いわゆる下級貴族と呼ばれる階層だ。貴族と言ってはいるものの、その実そのあたりに居る平民と同じくらい、もしくはそれ以下の財力しかない。それなのに始祖としてのプライドは高く、必ず社交界には出席させられていた。きらびやかな建物の中で美しく着飾られた娘が踊る中、満足にドレスを新調できない私は周りの女の子に笑われるのが恥ずかしくて耐えられなかった。こんなに端っこに居るのに彼女たちの私を批判する声はよく聞こえてくる。単に私が地獄耳なのか、それとも聞こえるように言っているのか…真実では定かでないがとにかく、とにかく居心地が悪い。それでも私がこんなところに出向くのはひとえにあの方のお姿を見たかったからである。
『(カルラ様…今日のお召し物も大変お似合いだわ)』
始祖王の息子で次期王となられるカルラ様。
お言葉を交わすなんてことは、勿論今まで一度もなかったがいつも遠くから姿を見ていた。彼は何事にも一生懸命で、口にも態度にも出さないがとても努力をしている。そして、家族に対しとても愛情深い人だった。最初はその美しい容姿に心奪われたが、彼を遠くから眺めているうちに彼のいろんな一面を知ってどんどんどんどん深みにはまり、私は彼に恋をしてしまった。叶うことなどない恋だけど、彼を見るだけで生きる活力になったし、叶う事ばかりが恋ではないと思ったからこの現状にとても満足していた。
『(そろそろ帰ろう、こんなところに長居してもいいことはないんだし)』
一目カルラ様にお見かけできればそれで十分。一応社交界には出席したのだし、両親もうるさいことは言わないだろう。
外に出ると中のうるささが嘘のように静かで、とても心落ち着いた。やはり私にはにぎやかで派手派手しい所よりも静かで暗い、魔界の夜の森の方がお似合いだ。帰り際にもどうせ通るしせっかくだからのんびり森を歩いて帰ろう。
「待て」
『・・・。』
思わず体中から冷や汗がぶわっと流れ出る。私の耳と記憶に違いなければこれはカルラ様の声だ。いつも遠くからお聞きしているものとは違うけど、低く、王族特有の威圧感あふれるそれは間違いない。誰に話しかけているのだろうか、外まで追いかけてきていただけるなんて余程親しい人に違いないわ。羨ましい。一瞬止まった足を前に進める。
「おい、名前。待てと言っている。」
『え?』
驚いて振り返る。もしかして名前と言うのは私の事だろうか。この社交界に来ている名前という名の女は間違いなく私だけなのだけれどあまりに信じられなくて、名前を呼ばれたことに動揺してしまう。
どういう事なのかはさっぱりだが、どうやらカルラ様に名前を呼ばれたのは私で間違いないようなので顔を下にして目を合わせないようにカルラ様に近づいた。こんなに近くでお会いできる日が来るとは夢にも思わなくて緊張で顔は赤くなるし、手は震えるしとにかく落ち着いて行動することができない。
『カルラ様…お呼びでしょうか?』
「なぜ顔を下にしている。私に顔を見せろ」
『ですが、私のような下級貴族の者がカルラ様に顔を向けるなど』
「ほう…。いつもその瞳で情熱的に見ているというのに今更顔をそむける気か?」
なんで知っているのかと驚いて思いっきり顔をあげてしまう。至近距離でみたカルラ様はそれはそれは美しくて、自分は本当にこの人と同じ始祖なのかと疑ってしまう。美しい金色の瞳に私より長い睫、さらっさらの髪に薄い唇。見れば見る程美しくて、ホントに顔が真っ赤になってしまう。こんなにカッコイイなんてズルイ。今まで遠目に見ていて満足していたのに、そんなに近づかれたら我慢できなくなってしまう。
「私が気付かないとでも思っていたか?貴様が、穴が開くほど私の事を見ていたのは知っている。」
『申し訳ありません…』
「来い…森へ行くつもりだったのだろう?」
突然繋がれた手に手汗がだらだらとでてきて、カルラ様に申し訳ないやら、自分が恥ずかしいやらこの手をどうすればいいのか、つないだっまでいいのか、離さなきゃ失礼だけど逆に自分から離すなんてできなくて頭が大混乱する。私が手汗やら、なにやらで頭を悩ませているうちにどうやら目的地に着いたようで、離された手を名残惜しく思いつつも、急いでハンカチをとり、カルラ様の手をふく。
「…何をしている?」
『いえ、あの私手汗が酷くて、カルラ様の手を汚してしまったから手を拭こうと…』
「気にするな、私は名前のそういうところを好ましく思っている」
『????????』
好ましく思うとはどういうことだろう。このましくおもう?コノマシクオモウ?え?好ましいってあれだよね?好きの字だよね?え?
「魔界の月は美しい…」
『ソウデスネ…』
衝撃的セリフに何も頭に入ってこないがとりあえず口は何とか動かした。
「あの城は騒ぐ女共がいたからな、貴様と話す気になれなかった。貴様は何故いつも私をみつめる。」
『あ、あの、その…えっと…図々しいとは思いますが、カルラ様をす…す…きになってしまって…それであの見ていました。申し訳ないです』
「そうか。やはり私の思い違いではなかったのだな…貴様の事はよく知っている。いつも外に出て近所の子供と遊び、服がぬれるのを構わず水の中に潜り気持ちよさそうにしていた」
『は…はしたないですよね…』
「…そんな姿を見て私は貴様の事がだんだん気になり始めた」
『…え?』
「いつも何故私を見てくるのか、どこの場所が好きなのか、どんな本を読むのか、体を動かすのが好きなのか、貴様の事を知りたいと思った。それが何故なのかわからず、名のない感情を心においていたが、さっき貴様が私を好きだと言ったときに気が付いた。私も貴様の事をが好きだ。だから貴様の全てが知りたい。」
想い人よ(好きな人に思われる喜びを知り)
(私は片思いに戻れなくなった)
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