『行ってくるね』

「あー」

昨日の微妙な空気は次の日まで引きずり、言わなきゃいけないことは言えないまま私は仕事に向かった。
何時もなら、いってらっしゃいって言ってくれるのに…
帰ってきた適当な返事は私達の今の関係を指し示すのには十分だった。
わかっている。スクアーロに謝らなければならないという事は。いくらスクアーロが悪いとはいえ感情的に話すのは良くない。帰りに鮪でも買っていって昨日は御免なさいってちゃんと言おう。

「気分転換できたか?」

『はい。おかげさまで…ありがとうございます』

「いい、いい。人間たまにはそういうときも必要だ。その分今日働いてくれれば構わないよ。まー頑張って」

何時もは理不尽に怒鳴り散らす上司だが、今は本当に感謝しかない。
遅れた分は取り戻さなくては…私が急に休んだことで周りに迷惑をかけたのは事実だ。その分しっかり働こう。





一日分のロスは大きく、きりのいい所まであげるのにだいぶ時間がかかってしまった。時計を見ると短針は8と9の間に位置していて、会社の規定で残業できる時間に限りがあるため急いで荷物をまとめてスーパーへ向かった。

『ちょっと遅くなっちゃったけど、いいの残ってるかな…』

お刺身コーナーに行くとどれも半額のシールがはられていて、家計的には大変うれしいがどれも鮮度のおちたものでがっかりしてしまう。
どうせならいいの食べさせたいのに…
じゃあ計画変更でブリ大根にしようとまた違うコーナーに移ると見知った男に呼び止められた。

「何してんだよ、こんなところで」

『貴方は…ベルさん?』

「関心関心。王子の事よく覚えてんじゃん」

『(相変わらずとてもよく目立つ格好をされて…)家、この近くなんですか?』

「全然ちげーよ。今日もお前に会いに来たんだよ。王子からの質問です。正直に答えろよ」

『?、はい』

「お前本当にスクアーロの事好きなの?」

『もっちろん!全てが好きです。愛してます。本能的に見えて理性的で、器用に何でもできて、少し大雑把だけどそこが男らしくて、でもすごく細やかな気遣いもしてくれて、とっても優しい…こんな私を受け入れてくれた。凄く聞き上手で、私がどんなにつまらない話をしてもちゃんと聞いて微笑んでくれる。それから』

「わかったって…あーうっぜ。王子、ノロケに来たわけじゃねぇっつーの。」

『自分から聞いておいて!?』

「それさ、ホントにお前の気持ちなわけ?」

『当たり前じゃないですか…』

「ホントだな?嘘だったら、ハリセンボンだぜ」

『神に誓って嘘じゃありません!』

「しししっ。まあ次オレに会った時自分がターゲットじゃないことを祈っとけよ。…それと、刺身はかわない方が良いぜ、多分無駄になる」

『へ?』

「王子からのやっさしーヒント。確認はこまめにしとけよ。じゃあな」

刺身が無駄になる…。確認はこまめに…。確認は…こまめに…。
なんだか嫌な予感がする。そういえば最後に部屋の映像を見たのは会社を出る1時間前…。あるわけがない。あんなに出れないように細工したんだもの。でも、一応安心するために確認だけでも…。
急いでスマホのアプリを開き画面を見たらどこのカメラにも何も映っていなかった。つけたままの電気が隅から隅まで照らしているのに人らしい影は何処もにもない。ベッドには繋がれていたはずの枷が置かれていているがその先には何もなくてただ枷が置かれているだけだった。

『まさか、この間の事が原因で…?いやもっと前から?』

ひょっとしてこの間見えなかったのは本当に出かけていたから?死角に居たっていうのはただのいい逃れ?だとしたらスクアーロは今回の事だけでなくもっとまえから?
嫌だ嫌だ嫌だ。離れたくない愛してるのに、どこにいるの?
籠に入っていた買うはずの商品は店員さんにお願いして元の位置に戻してもらい、大急ぎで走った。遅い、遅い。もっと早く走ってよ私の足。もしかしたらもうスクアーロは家に戻ってるかもしれないじゃない。コンビニに行っただけかも…。
自分の都合のいい可能性を信じて家のドアを開けた。この間の様にスクアーロが居ることを信じて。

『いない…すくあーろほんとに…いない。どうすれば…私、どどどどどうすれば…』

乾く口が上手く言葉を出せなくて、最早何を言っているのか自分でもよくわからないそれ。それでも何か声にしていないと不安だった。
私が不安な時はいつもスクアーロが背中をさすってくれたのに…今はその彼が居ない。

『すっくあーろ…すくあああーろぉどこどこどっこ…あいたいよ。あいして…あいしてる』

不在

(貴方の居ない私は“私”なのかわからない)
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