どうも忍者です。嘘です。ただのS.H.I.E.L.D.元諜報員です。などと、ふざけた自己紹介をしてきた日系の女に、その場に居たほとんどの人間が、なんだコイツ、と思った。

 彼女をなんだコイツ、と思わなかった内の一人、ホークアイことクリント・バートンが「久しぶりだな、なまえ!」と言ってハグをする。続いてナターシャもハグをしたので、とりあえず彼女が元S.H.I.E.L.D.であることは事実なのだろうとトニーは思った。
 因みにここはアイアンマンのペントハウスで、今はアベンジャーズを呼んでなぜかピザパーティーをしているところである。そして、どこから忍びこんできたのか、いつの間にか彼女が居た。手にはピザの箱を持っている。

「なまえ、あなたどうしてここに居るの?」
「ああナターシャ、それが聞いてよ。S.H.I.E.L.D.が壊滅したせいで職にあぶれちゃってさぁ。マジでどうしようか悩んでたわけ。もういっそピザ屋の配達員でもするか? まぁまぁ足速いし…なんて思ってたんだけど、さすがに元エージェントがする仕事じゃないなって一度は思い留まったんだよ。いや、どんな仕事にも上とか下とかないんだけど。でもほら、私デスクワークってマジで苦手じゃん? 衣食住を確保するために、仕方なくピザ屋に就職したんだわ。それで、今日はピザの配達に参った次第です。えーっと、全部で236ドルと48セントですね。お支払いはどなたが?」

 彼女の言葉に、辺りは沈黙に包まれた。それから正気を取り戻したトニーが財布を取り出しながら立ち上がり、なまえに代金を支払う。「毎度。えーっと300ドルだから、お釣りは…」と言って、彼女はダサいウエストポーチからお釣りを取り出そうとする。それを呆然と見ていたバートンが、「ちょっと待て!」と言った。

「なまえ、お前……今はピザ屋の配達員なのか?」
「え、そうだけど?」

 なんていう能力の無駄遣いなんだ! とバートンは思った。ブラック・ウィドウことナターシャも目眩がしながら、トニーにお釣りを手渡した彼女の肩を掴む。

「他に、もっと仕事はあるでしょ!?」
「いやーそれが天職だったのか、配達が一度も遅れたことない上にめちゃくちゃ速いってことで優秀配達員に贈られる賞をうちの店舗で初めて私がもらっちゃってさ。店長や同僚からも褒められて嬉しかったなー。ほら、エージェントって別に誰からも褒められたりしないじゃん? 表彰された時は、仕事してるなーってめっちゃ実感したよ。人間どんな才能があるか本当わかんないよね」

 あっけらかんとしながら語る彼女に、ナターシャは「なんてことだ」と口にして頭を抱えた。その様子を不思議そうに見つめながら、なまえはピザ屋特有のキャップのツバを持って「それじゃ、皆さん楽しんで。あ、これうちの店のクーポン。来月はアンチョビ祭りなんで、良かったらまたご贔屓に〜」などと、ちゃっかり店の宣伝をしつつ帰ろうとする。そんな彼女の前に、バートンが立ちはだかった。

「クリント? どうしたの?」
「いや、ちょっと話し合おう」
「話し合う? 何を? ていうか、私まだ配達があるから行かないと。また今度会おうよ、ナタも! 久々に集まろうぜ〜」

 陽気な彼女にバートンも頭を抱えたが、しかしこのまま行かせるわけにはいかなかった。言うなればなまえはS.H.I.E.L.D.の元諜報員の中でも一番年下の末っ子で、妹みたいな存在だったのだ。その彼女が今はピザ屋の配達員? いや、ピザ屋の配達員を馬鹿にしているわけではないが、彼女の能力があればもっと他に仕事はいくらでもあるだろう。ナターシャも同じ思いだったのか、復活した彼女も同じくなまえの前に立ちはだかった。

「え、ナタ? どうしたの2人とも。マジで次の配達があるから私行かないと…」
「シャラップ! なまえ、仕事は他に紹介してあげるから、今すぐピザ屋の配達員は辞めなさい!」
「なんで? 天職だよ」
「あなたの天職は他にあるわ!」
「そうだ、俺たちと一緒にアベンジャーズをやろう! な?」
「え、いや、いいよ…アベンジャーズはちょっと…」
「なんでだ!?」
「え、だって、SNSでめっちゃ叩かれるじゃん」
「そんなこと!?」

 アベンジャーズ入りを「SNSで叩かれるのが嫌だ」という理由でなまえは断った。それを聞き捨てならなかったらしいトニーが会話に割り込んでくる。

「クリント、ナターシャ、アベンジャーズはそう簡単に参加できるものでは、」
「トニーは黙ってて! 今はこの子の将来の話をしているの!」
「そうだ! このまま行かせるわけにはいかない!」

 なぜか激昂している2人に黙らされ、トニーは両手を上げて降参のポーズを取りながらおとなしくソファーへ戻った。それから持っていたピザの箱を開けて、中から1ピース取り出す。見守っていた彼の親友であるローディもピザを取り出してかぶりついた。因みに他のメンバーも訳がわからなかったので、おとなしくピザを食べた。その場に居たマリア・ヒルだけは2人がなぜあんなにも熱くなっているのか理解できたが、面倒なので口を挟もうとはしなかった。しかし気になったトニーがマリアに質問を投げ掛ける。

「ヒル、2人はなぜ彼女にこだわっているんだ?」
「ああトニー、それはね。なまえはあの2人が見つけてS.H.I.E.L.D.に連れて来たからなのよ」
「そうなのか?」
「ええ。それに彼女、初めに忍者って自己紹介をしたでしょう? 本当に忍者のような能力を持っているのよ」
「ほう…」
「トニー、ニンジャってなんだ?」
「ああ、ソー。忍者っていうのは…」

 忍者を知らないアスガルドの神にトニーが説明をしようと口を開く。その瞬間、ペントハウスに大きな衝撃音が鳴り響いた。バキン! ドカン! ボコォ! という何かを壊す音が続けざまにしたかと思えば、バートンが倒れている。ナターシャが「クリント!」と彼の名前を呼ぶが、反応はなかった。敵襲か!? とアベンジャーズはピザを片手に立ち上がる。しかしそこには先程と変わらずナターシャとなまえがいるだけで、敵の姿はどこにもなかった。

「あー! クリントごめん! つい! でも、本当に配達に遅れちゃうから」
「待ちなさいなまえ! 行かせないわよ!」
「どうしたのナタ、話はまた今度聞くって…」
「そう言って、あなたはいつも音信不通になるでしょう!」
「ごめんごめん。今はこのピザ屋にいるから、いつでも会いに…」
「だから、そのピザ屋を辞めなさいって話してるの!」

 ナターシャの話が理解できないなまえは、どうしてそんなに自分の職業にこだわるのだろうと首を傾げた。けれど、今はそれどころではない。こうしている間にも時間はどんどん過ぎていき、ピザの配達時間が迫ってきているのだ。仕方なく、なまえはナターシャも眠らせることにした。今度謝ろう、などと考えつつ彼女は指で印を結ぶ。

「ナタ、ごめんね」
「やめなさい! なまえ!」
「睡蓮の術――って、うぉ!?」

 突然、矢が飛んできてなまえは慌てて避けた。見れば、復活したバートンが弓を構えていて、マジかよ、と冷や汗が垂れる。これは配達に間に合いそうにない。せっかく天職とも思える仕事に就けたというのに、なんでこうなるんだ? と彼女は思った。

「クリント、さっきのはマジでごめんって、」
「謝罪する気があるなら今すぐピザ屋を辞めるんだ、なまえ」
「それとこれにどういう関係が!?」
「お前がピザ屋だなんて…才能をドブに捨てるようなもんだぞ!?」
「ちょっと、配達員を馬鹿にしないでよ。それなりに有意義な、」
「絶対にダメよ!」

 そのまま2人が襲いかかって来て、なまえは泣きそうになった。もうこれ絶対に間に合わないじゃん! と叫びながら、2人の攻撃をひょいひょいと軽い身のこなしで避けつつ、腕時計を見る。どうしよう、優秀配達員の名誉が…と口から溢しながら、彼女はちらりと窓ガラスを視界に入れた。地上何階かは忘れたが、もうこれしかないな、と思い付きなまえはこれから配達予定のピザの箱を掴んだ。唖然とするアベンジャーズを飛び越え、大きな窓ガラスへ突進する。

「ごめん2人とも! また今度ね!」
「なまえ!」
「キャプテン頼んだ!」

 バートンの呼びかけに素早く反応したキャプテン・アメリカことスティーブが、窓ガラスを蹴破ろうとしているなまえの首根っこを掴む。「ぐえ!」と蛙を踏み潰したような声を出した彼女は、キャプテンにとっ捕まった。首元を掴まれているなまえはブラブラと宙に浮いたまま「ちょ、離してー!?」と叫ぶがキャプテンは離さない。仕方なくその場にピザの箱を落とし、男の頭にぐるんと両足を巻きつける。そして首根っこを持っている彼の腕に力いっぱい爪を立て、身体を捻る勢いで回せば梃子の原理でキャプテンはすっ転んだ。わーマジすんません、と言いつつなまえはピザの箱を手に取ろうとする。そんな彼女は、いつの間にかアベンジャーズに囲まれていることに気が付いた。

「えー…マジでか」

 なまえは両手を上げて降参した。クビは決定である。



 ヒルは縄で縛られたなまえに近付いて「久しぶりね」と言った。彼女は少し不服そうな表情を浮かべて「久しぶり、マリア」と返事をする。続けて「フューリーは元気?」と訊かれたヒルは肩を竦めた。

「ていうか、皆のヒーローことアベンジャーズが一般人を縄で縛りつけてるって、どういう状況これ?」
「なまえが暴れるからでしょう」
「いやいや、配達に遅れるって言ってるのに邪魔してきたのはそっちじゃん」
「店には電話して辞めるって伝えておいたぞ」
「ファック!!」

 何勝手なことしてくれちゃってんの!? となまえはバートンに向かって怒鳴った。彼は素知らぬ顔で「すまんな、もう事後だ」と意味の分からないことを言う。絶対に悪いなんて思ってねーよ。嘘だろ…と項垂れながら、彼女はまた一から職探しをしなければならないのかと考えて憂鬱になった。そんな彼女へナターシャが優しく話し掛ける。

「ねぇなまえ、あなたにはもっと相応しい仕事があるわ」
「……え、本当に?」
「ええ、あなたは素晴らしい能力をたくさん持ってるじゃない」
「でも、履歴書に特技は暗殺って書いて、面接で試験官を縛り上げても合格にはならなかったよ」
「そんなことしたの?」
「冗談だよ」

 するわけないじゃん、と言いつつ始めの2〜3社でガチでしたことは言わなかった。

「デスクワークとかできないよ、私。今の時代デスクワークができないと仕事にならないってテレビのコメンテーターが言ってたし」
「そう。そのコメンテーターのことは忘れなさい。そうだ、スターク・インダストリーズはどう?」
「そこで何をするの? マジで戦闘かピザの配達しかできないんだって」
「きっと何かあるはずよ。ねぇ、トニー?」
「いや、もう普通にアベンジャーズの機関で働けばいいんじゃないか?」
「それもそうね。なまえ、アベンジャーズで働きなさい」
「うげー」
「なまえ」
「イエスマム。わかりました」

 SNSで叩かれたくないなぁと言った彼女に、バートンが「マスクでも付けたらどうだ?」と馬鹿にしたような提案をする。しかし馬鹿にされたことに気付かなかったなまえは「それ名案じゃん!」と食い付いた。とにもかくにも、彼女がやる気になってくれたのならそれに越したことはない。ナターシャとバートンは顔を見合わせてトニーを見た。嫌な予感がしたトニーは「よせ、何も言うな」と言ったが、黙っている彼らではない。

「ねぇ、トニー」
「なまえのためにマスクを作ってやってくれ」
「なぜ私が…」

 嫌そうに顔を歪めるアイアンマンに、あえて空気を読まないなまえが元気いっぱいに声を掛けた。

「かっこいいヤツでお願いしまーす!」

 てなわけで、なまえはアベンジャーズのサポート機関への就職が決まった。その場に居た彼らに一人一人自己紹介をされ、己も始めにした簡素なものではなくちゃんとした自己紹介をするようナターシャに言われる。縄で縛られたまま、彼女は自己紹介をした。

「どうも、なまえです。元S.H.I.E.L.D.の諜報員で忍術が使えます。好物はピザです。えーっと、あと何を言ったらいい?」
「出身は?」
「あ、日本です。あっちには13歳までいました。あとは?」
「特技とか?」
「暗殺……これ言ったら私捕まらない?」
「もう時効よ。S.H.I.E.L.D.の仕事だったわけだしね」
「そっか。もうしていませんが、昔はそれが仕事でした。よろしくお願いします」
「はい、拍手!」

 ナターシャの命令で、その場に居る全員が拍手をする。こいつ絶対にアホだな、とトニーとバナーは思った。一体いくつなのだろうか。あの後S.H.I.E.L.D.で一番末っ子だったという話をヒルから聞いたが、アジア人なのも相まって彼女の実年齢がまったくわからない。アベンジャーズは、変な生き物を見るような目でなまえを見た。
 縛られたままだった彼女は「もう終わったよね? いいよね?」と言いながら縄をほどく。いわゆる、縄抜けという忍者の術なのだが、キャプテンがどうやったんだ? と彼女に問い掛けた。

「あ、キャプテン・アメリカさん。さっきはマジですんませんでした。でも、先に手を出したのはそっちなんで。首締まって痛かったんで」
「あ、ああ。悪かった」

 謝罪とは言えない謝罪をしてきたなまえに、キャプテンが若干引きながら返答する。彼女に悪気はない。因みに問い掛けへの答えは軽くスルーされたが、これ以上あまり話したくないなと思ったので、キャプテンは何も言わなかった。

 新しい仕事はあまり気乗りしなかったが、なまえは特に夢も希望も持ち合わせていない人間だったので決まってしまったことに対しては何も思わなかった。ピザ屋は楽しかったしやり甲斐があったが、こうなってしまっては仕方がない。本来、彼女は何事にも無頓着な人種なのだ。ただ命令されたことをロボットのように忠実にこなすタイプなので、過ぎたことなど、もうどうでも良かった。

「それじゃあ、とりあえずピザ食べていい?」


190609

×