※キャプテンが保護者で、主人公はクソ我儘なティーンエイジャー。時系列は崩壊しているのでご注意下さい。



 なまえはキャプテン・アメリカが嫌いだった。己の性格が捻じ曲がっていると自他共に認める彼女は、いつも正しいことを言う彼が嫌いだった。少しの間違いも許さず、あくまでも正義を押し通そうとする姿は寧ろ傲慢に思えて、彼女は本当に彼が嫌いだった。

「なまえ! なんであんなことしたんだ!?」

 なまえは今、自分の保護者ヅラをしている男に理不尽にも怒られている。自分は何も悪くない、が彼女の口癖であるのだが今回は本当に悪くない。ケンカを振っかけてきた向こうが悪いのだ、と彼女は保護者ヅラ野郎に散々そう言ったが、彼は彼の理論をもってしてなまえの言い分を撃破した。

「先に手を出したのはなまえなんだから、彼が何をしたにせよお前から謝罪をすべきだ」
「でも、」
「でもでもだっては聞き飽きた。いいから彼に謝ってきなさい!」

 なまえの言葉にはこれっぽっちも耳を貸さず、キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースは玄関を指差す。今すぐ行けと言われていることは分かったが、なまえは納得ができなかった。

「だって! あっちが先に、」
「だってじゃない。彼が悪態をついたのが先だとしても手を出すのは悪いことだ。わかるだろう?」
「スティーブだってめちゃくちゃ力に物言わせてるじゃん!」
「僕がいつ、」
「バッキーのこと沢山殴った!」
「あれは彼が暴走していたからで、」
「一緒だもん!」
「一緒じゃない!」
「一緒だよ! スティーブのばーーーか!」

 クソジジイ! と暴言を吐いて、なまえは玄関から飛び出した。毎週のように行われているこの子供染みた言い争いは、キャプテン・アメリカが彼女を引き取った時から続いている。
 なまえは孤児だった。というのは少し語弊がある。彼女はキャプテンが敵と対戦中にぶっ壊したビルの下敷きになっているところを発見された、可哀想な少女であった。一時的に警察が保護をしていたのだが、彼女の両親はいつまで経っても姿を現さなかった。親戚の類も見つからず、さらに事故のショックからか彼女は下敷きになる以前の記憶を失っていた。そうしてなまえは、孤児施設へ送られることになったのだ。
 キャプテン・アメリカが可哀想な少女の元へ会いにきたのは、なまえが施設へ送られる一週間ほど前だった。そのままキャプテンが彼女を引き取ったため、なまえは孤児になり損ねたのである。

「くっそ、あの頑固ジジイが! 実年齢いくつだっつーの!!」

 ハゲろ! と、彼女は夜のブルックリンを歩きながらぐちぐちと文句を垂れる。時刻はそろそろ22時を回るところで、あと一時間もすれば街は様変わりするだろう。強盗や殺人、犯罪者が蔓延る夜の世界だ。だと言うのに、こんな幼気な少女に向かってあの保護者ヅラ野郎は「謝ってきなさい!」と玄関を指差したのだ。普通の親であればこんな仕打ちは絶対にしない。寧ろ彼女に何があったのかを聞いて、優しく慰めてくれるはずだ。それなのにあのジジイは…! と、彼女は自分が先に手を上げたことなど忘れて、むしゃくしゃしていた。なまえはよくテレビで見るホームドラマに憧れているのだ。

「家出してやる」

 ぽつりと呟き、口をへの字に引き結ぶ。彼女は分別を知らない多感なお年頃のティーンエイジャーで、反抗期だった。

 そのまま夜のブルックリンをひたすら歩き、途中で頭の悪そうな輩に絡まれると、苛ついていたなまえはナターシャ直伝の体術で相手をボコった。奪ったピストルを解体しながら公園のゴミ箱に投げ捨てる彼女は幼気な少女≠ニいう言葉の意味をよく理解していない。

 歩き続けているといつの間にかブルックリンを越え、クイーンズに辿り着いた。随分と遠くまで来てしまったが、今は家出中なのでUターンする気など更々ない。ぐー、と腹の虫が鳴り、そういえば夕飯の途中で言い争いになったことを思い出す。そしてまたスティーブの正義面が脳裏によぎり、なまえは「ファック」と悪態をついた。腹が空いているから苛々するんだ。何か食べよう。彼女はマクドナルドかケンタッキーがないかと、辺りをキョロキョロと見回した。すると、自分と同い歳くらいの女の子が柄の悪そうな男3人に囲まれている姿が目に入る。なまえはにやりと笑った。八つ当たりをするのに丁度良さそうだったのだ。

「おい、何してんだそこのブサイク共。私の前で胸糞悪いことしてんじゃねーよカス」

 スラング用語を交えて男共の背中に投げ掛けると、一斉に振り向かれる。うわ、本当にブサイクじゃん。と口から溢せば、男3人は次々に怒鳴り声を上げた。

「ああ!? なんだテメーは! 俺たちにケンカ売ってんのか!?」
「おいおい、お嬢ちゃんがナメたこと言ってくれるじゃねぇか! 俺たちに向かって生意気な口ききやがって!」
「なんならお前から先に犯してやろか!? あん!?」

 内容がアホ過ぎてマジ笑えるんですけど。お前ら全員ちゃんと義務教育受けた? あ、受けてない? だとしたらごめーん。と心の中で謝りながら、彼女はスタスタと彼らに近付いた。

「私が相手してあげるからその子はほっときなよ」
「なんでテメーに指図されなきゃなんねーんだよ!?」
「あは、単細胞が私に偉そうな口聞いてんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」
「ふざけんなコラ!! テメー女だからって容赦しねぇぞ!?」

 一番体格の良い男が、生意気な彼女に向かって拳を振り上げる。それを見ていた被害者であろう女の子が咄嗟に「危ない!」と叫んだ。なまえはにやりと笑いながら男の腕に手を回し、彼の勢いを利用してくるりと一回転。そのまま大柄な男を地面へ叩き付けた。彼女の体術はナターシャから直接指導を受け身に付けたものだ。対人格闘スキルであれば、この場にいる誰一人として彼女に敵う者はいないだろう。
 頭から地面に突っ込んだ男は、鼻血を出して失神している。なまえは、石頭で良かったなぁ〜? と馬鹿にしたように笑った。彼女はすこぶる性格が悪いのである。

「ボブ!? テメー! このクソビッチ! ボブに何しやがった!!」
「お寝んねしてもらっただけだよ。お前にも子守唄を歌ってやろうか?」
「ぶっ殺す!!」
「やってみろばーーーか」

 そのまま2人いっぺんに襲い掛かってきた男達を軽くいなす。足を払って1人を転ばせ、そいつの身体を踏み台に跳躍。もう1人の男の顔面に膝蹴りを入れ、反動でバク宙をしながら転ばせた男の頭へ体重を乗せて着地する。あっという間に3人ともお寝んねだ。子守唄はまだ歌っていない。寝るにはまだ早い時間じゃないか? と馬鹿にしたように言葉を投げ掛ければ、女の子と目が合った。

「やぁ、君は大丈夫?」
「だ、大丈夫」

 呆然とする彼女は、今しがた目の前で起こったことを理解するまでに少々の時間を要した。そんなことなどお構いなしに、なまえは言葉を続ける。

「それじゃ、君の親愛なる隣人、スパイダーマンに宜しくね」
「え?」
「あそこ。すごい速さでこっちへ向かって来てるから、私は捕まる前に行くわ」

 なまえが指差した方向を女の子、MJが見る。赤いコスチュームの男が、物凄い速さで文字通りこちらへ飛んでくるところであった。

「あの、」

 MJがなまえの方へ振り返ると、彼女はもうそこには居なかった。



 多少のストレスは発散することができ、なまえは少しだけ機嫌が直った。そして腹が空いているのは勿論だが、今夜の寝床がないことに気が付く。勢いで飛び出してきてしまった為、財布はおろか携帯も置いてきてしまったのだ。これでは飯も食えない。え、どうしよう。なまえは考える。まだティーンエイジャーの彼女は、お金がなければ何も出来やしないのだ。いや、誰かを脅して寝床を確保するのは容易いが、それは完全に犯罪になるので(先程までの行為は正当防衛、もしくは人助けだと言い切る)少し気が引けた。そんなことをすれば、スティーブに怒られるどころかゲンコツを食らわされる。あれは死ぬほど痛いので絶対に嫌だった。

「あ、そうだ」

 何やら思い付いた彼女はくるりと方向転換し行き先を変える。目指すはマンハッタン。少し遠いが、キャプテン・アメリカから毎朝30キロ走るように(下手したら虐待じみたことを)言い聞かせられているなまえに、距離はあまり関係なかった。夜の闇を縫いながら直ぐにマンハッタンへ到着し、お目当ての馬鹿でかい豪邸へ向かう。

「こんばんはー。ペッパーいますか?」

 何度も訪れたことがあるそこへ向かい、呼び鈴を鳴らす。すぐにフライデーの声がスピーカーから聞こえてきた。

「こんばんは、なまえ様。ロックを解除したので中へお入りください」
「ありがとう、フライデー」

 勝手に柵が開いたので中へ入る。すたすたと玄関へ向かえば、中に居たペッパーが扉を開けてくれた。突然の訪問に、彼女は眉尻を下げて彼女を迎え入れる。なまえはペッパーに抱き着いた。

「こんばんは、なまえ。またキャプテンとケンカをしたの?」
「ケンカじゃないよ。今日はスティーブが一方的に悪かったの!」
「もう、身体がこんなに冷えてるじゃない。ココアを淹れてあげるからソファーで待ってるのよ」
「うん」

 なまえは優しくて良い匂いがするペッパーが大好きだった。まるで本当の母親のように心配してくれる彼女は、なまえにとって数少ない甘えられる人間の一人だ。キャプテン・アメリカじゃなくて、スターク家に引き取られたかったと彼女はガチで思っている。そしたら今頃、豪遊し放題なのに。

「お、来たか小娘。パパにはちゃんと言ってきてあるんだろうな?」
「トニー!」
「うぉ、どうしたなまえ?」

 彼女はトニーの姿を見た瞬間、文字通り飛び付いた。彼の腰辺りに虫のようにへばり付きながら、顔を埋める。トニーはいつも揶揄うようなことばかり言うが、スティーブのように「絶対に自分が正しい」というのを人に押し付けて来ないので好きだった。

「あら、2人とも遊んでるの?」
「ペッパー、なまえがバッタになった。引き剥がせない」
「落ち着くまでそのままにしておいてあげなさい。ココアはテーブルに置いとくから、」
「ココア! ありがとうペッパー!」

 ココアという単語を耳が拾い、なまえは直ぐにトニーから離れた。なんだかんだ言って彼女はまだまだ子供なのである。ペッパーが淹れてくれたココアをふーふーと冷ましてから口にし、ほっと息をつく。彼女が落ち着いたところで、トニーはちらりと腕時計を見た。時刻は0時を回ったところで、そろそろキャプテンから焦った連絡が入る頃だろうと彼は思った。それから、人騒がせなティーンエイジャーへ話し掛ける。

「それで、今度のケンカの原因はなんだ?」
「ケンカじゃないよ。今日のはスティーブが悪い」
「キャプテンが? あの石頭が何をしたんだ?」
「……」
「なまえ」

 黙り込んだ彼女へ、トニーが咎めるように名前を呼ぶ。なまえは「うっ、」と小さく唸ってから事のあらましを話し始めた。

「今日ね、学校で男の子にデートへ誘われたんだ。だけど、今晩はスティーブがピザを取ってくれる約束をしてるから行けないって断ったんだよ。そしたらファザコンだって馬鹿にされて……それだけなら別になんとも思わなかったんだけど、キャプテン・アメリカは時代錯誤とか変なコスチュームだとか色々言われてさ。私もスティーブはセンスが古いしコスチュームもダサいと思ってるから特に何も言い返さなかったわけ。そしたら今度は、キャプテンなんてずっと氷の中に眠ってれば良かったんだとか、百何歳のジジイのくせに私を引き取ったのはスティーブがロリコン変態野郎だからだとか言われて、」
「ぶふっ」
「トニー!」

 なまえの言葉にトニーが噴き出した。その横でペッパーが諌めるように彼の名前を呼ぶ。

「ああ、すまない。続けてくれ」

 真顔に戻ったトニーに続きを促され、彼女は首を傾げながら言葉を続ける。

「それで、私……気が付いたらアイアンクローをかましてて、その男の子をボコボコにしちゃったんだよね」
「そうか…」

 なんてことはない、彼女はただの父親思いな少女なのだ。その表現方法が少し過激なだけで。誰だって自分の親を馬鹿にされたら怒るだろう。「お前の母ちゃんはビッチな雌豚だ!」とか言われたら自分だって手が出る、とトニーは思った。

「それで、キャプテンはなんだって?」
「男の子の親から夜電話があって、色々言われたっぽい。私が手を出したことに怒って謝ってきなさいって」
「理由は説明したのか?」
「まぁ、向こうが先に悪態をついてきたことは」
「なるほどな」

 よくもまぁ些細な擦れ違いでケンカができるものである。キャプテンが教育熱心なのは結構なことだが、子供と同レベルで争うのはいかがなものだろう。いっそのことウチで引き取るか? このままキャプテンに任せていると碌な大人にならない気がする、とトニーは考えた。ペッパーにも相談して…なんて思考を飛ばしていれば腕時計がブルブルと振動し始める。ちらりと見ればキャプテンからの着信で、トニーは今の考えを打ち消した。

「なまえ。私はお前が手を出したことは責めないが、それは理由をしっかりと聞いたからだ。キャプテンにも今みたいに説明すればいい」
「やだよ!」
「なぜだ?」
「デートに誘われたなんて…そんな話、家族にしたくない!」

 そこか、とトニーは思った。忘れていたが彼女は思春期なのだ。

「だって、そんなこと言ったらスティーブは絶対に相手を調べ始めるでしょ!? しまいには未成年の恋愛は〜とか気持ち悪い話をしだすんだよ! 絶対ムリ!」
「それは…否めないな、ペッパー?」
「そうね。彼ならやりそう」

 トニーの言葉にペッパーが相槌を打つ。自分で言ったことだが、なまえは己の保護者ヅラをした男の反応を想像して眉根を寄せた。

「だからスティーブって嫌い!」
「嫌いは言い過ぎよ、なまえ」
「でも、だって、」

 大好きなペッパーから言われ、なまえはたじろいだ。何か言い返そうとするが、言葉が思い浮かばない。しかし言ってしまった手前、後には引けなかった。ティーンエイジャー云々の前に、彼女の性格はかなり捻くれているのだ。そして引っ込みがつかなくなったなまえは、心にもないことを口にした。

「スティーブが、スティーブのせいで、私は親がいないのに!」
「それは違うな。お前の親は迎えに来なかったんだろう? それに、避難命令が出ていたビルの下敷きになっていたのはお前一人で、他には誰もいなかった。つまり、死人はいない」

 トニーが彼女の言葉をぶった切る。ペッパーは言い過ぎよ、とでも言うように「トニー、」と彼の名前を呼んだ。

「でも、でも、スティーブがビルを壊さなければ記憶も、」
「確かに記憶がないのは可哀想だが、その記憶があったとして過去が今より良いものとは限らない。まぁ、私はなまえではないからお前の気持ちなんて理解できないが、過去を思い出せないのは自分自身が思い出すことを拒否しているからじゃないのか?」
「拒否…?」
「お前は本当に記憶を取り戻したいのか? 本当にキャプテンが嫌いなのか?」

 核心をついたようなトニーの問い掛けに、なまえは押し黙る。嫌いかと聞かれれば、嫌いだといつも答えてきた。なのに、今はその簡単なはずの言葉が言えない。

「スティーブなんて……きらい……じゃない……本当は好きだもん。大好きだもん。でもスティーブは私が記憶を取り戻したら絶対に「そこが本来お前の居るべき場所だ」とか言って私のことを捨てるんだ。捨てられるなら私は嫌いのままでいいの! 捨てるなら保護者ヅラなんてしなくていいし、捨てるなら放っておいてくれればいいし、捨てるなら変に愛情を持ってくれなくていいし、捨てるならお互いに嫌いな方が、スティーブだって捨てやすいでしょ!?」
「馬鹿だな。てんで話にならない。あんたの教育方針は間違っているぞ、キャプテン」
「どこかだ? こんなに可愛い子に育ったじゃないか」

 馴染み深い声に、なまえは勢いよく後ろを振り返る。いつの間にか毎日見ている真面目な顔をした保護者がそこにいて、彼女は混乱した。そして、たった今口にしてしまったことを思い出し、サッと顔が青くなる。最悪だ。さっきの言葉を本人に聞かれたなんて死ねる。もうダメだ。終わりだ。記憶云々の以前に彼との生活は今ここで崩れ去ったのだ。
 なまえは絶望し、すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。「なまえ、」と名前を呼んで近付いてくるスティーブから後ずさり、そして咄嗟に走り出した。

「なまえ!?」

 背後から驚いたような男の声が聞こえたが、彼女は聞こえなかったとでも言うように無視し、玄関へ向かって全力でひた走る。エレベーターなんて待っていられず、階段を飛んで一気に3階下まで降りた。あと少しで扉だ、と僅かな希望が生まれる。しかし扉に手を伸ばす直前で、なまえは余裕で追い付いたキャプテンにとっ捕まった。

「逃げるな。嫌なことがあると問題に向き合おうとせず直ぐに逃げ出す。悪い癖だぞ」
「……うるさい」

 彼女の腕を物凄い力で掴んでいる男は、いつかテレビで見た口煩い父親のようだ。なまえは手を離そうともがきながら、忌々しそうに言葉を吐いた。その口の悪さに最早慣れているキャプテンは、呆れたように溜め息をついてからグイッと腕を引いて彼女を引き寄せる。

「ほら、帰るぞ。トニーとペッパーに挨拶をするんだ」
「え?」
「どうした?」
「帰るの?」

 スティーブの言葉に驚き、なまえは目を丸くしながら問い掛ける。彼は当然だとでも言うように頷いた。

「ああ」
「どこに?」
「? 何言ってるんだ、自分の家の住所も忘れたのか? ブルックリン区の、」
「違う。帰っていいの?」
「お前の家はあそこだろう」

 あそこ、と言われて自分の住んでいる家を思い出す。つい二、三時間前まで目の前の保護者とピザを食べようとしていた場所だ。しかし、今の自分にそこへ帰る資格があるのか彼女には分からなかった。
 ずっと引き取られたことを気にしていた。いつか捨てられるとびくびく怯えながら、いつ捨てられても良いように嫌な態度ばかりを取ってきた。なまえには自分の親が現れない理由が分かっていた。自分はきっと捨てられたのだ。S.H.I.E.L.D.の力を持ってして探し出せない一般人など居ないだろう。きっと彼らは親を見つけることが出来たんだ。そして、血の繋がった実の親は、娘を要らないと言ったんだ。私だって馬鹿じゃない、そのくらい状況からいくらでも予想がつく。可哀想な私をスティーブは引き取った。彼にはなんの責任もないのに。だから、帰っていいのか分からなかった。

「でも、私、」
「なまえ。過去は思い出さなくていい。思い出しても、ずっとあの家に居ていいんだ」
「なんで?」
「僕たちはもう、家族だからだ。さぁ、2人の家に帰るぞ」

 ああ、そうか。家出なんてしたのは、この言葉が聞きたかったからだ、となまえは思った。

「……うん」

 彼女は愚かなティーンエイジャーで、寂しがりやで、分別を知らない多感な性格をしている。
 けれど子供は、愛情にとても敏感だ。愛されたいと本能的に思いながら、それを実感するためにわざと逆の行動を取ってしまう。大人はそれに振り回され、時には叱り、時には優しく包み込む。思春期で反抗期である彼女の扱いは大層難しいが、キャプテンは投げ出したりなどしなかった。それくらい、彼もなまえを愛しているからだ。

 追い付いたトニーは、2人のやり取りを眺めながら心底呆れ返る。毎度、同じようなことでこの父と娘はケンカをして愛情を深めているのだ。なんて面倒くさく、回りくどいのだろうか。しかし、愛とは面倒なものだとよく知っていた彼は何も言わなかった。仲直りしたなら早く帰ってほしい。時刻はそろそろ深夜1時を回る。愛しい恋人といちゃいちゃする時間がなくなってしまうじゃないか。トニーは溜め息をついて、血の繋がらない親子に声を掛けた。

「それじゃあ丸く収まったところで、そろそろ君たちは帰ったらどうだ?」
「ああ、トニー。騒がせたね」
「そうだなキャプテン。夜遅くに大切な娘を外へ出すのは二度とやめてほしいね」
「わかってる。それじゃあ、ペッパーも、また会おう」
「ええ、キャプテン。なまえもまたね」
「ペッパー、ココアをご馳走さま。2人ともまたね」

 キャプテンと手を繋いでいるなまえは、トニーとペッパーに向かって繋いでいない方の手でバイバイをする。はよ帰れ、と思いながらトニーも手を上げた。
 帰って行くバカ親子を見送り、彼はふぁ、と欠伸をする。それからペッパーの肩を抱き寄せ、呆れながら言葉を吐いた。

「人騒がせめ」
「まぁまぁ、いいじゃない。あれが2人の愛の確かめ方なのよ」
「激しすぎないか? あれじゃ碌な大人にならない。いっそなまえを引き取るのはどうだ」
「キャプテンが黙っていないわ」
「フン。もう君との時間を邪魔されるのはごめんだね」
「夜は長いわよトニー。たまにはこういう日があっても私はいいけど」
「たまには? 賭けよう。半年以内にまた家出してくるね」
「ふふ、そうかも」

 微笑む彼女は聖母か何かだろうか。トニーは愛しい恋人にキスをして、君は最高だな、と呟いた。



 短い家出が終わり、家に帰ってきたなまえはお腹がペコペコだったのでピザにかぶりついた。スティーブに「温め直しなさい」と注意されたが、無視してそのまま食べ進める。呆れながら残りのピザをオーブンに入れる父親は、そういえば、と彼女へ振り返った。

「結局、あの少年に何を言われたんだ?」
「え?」

 食べていたピザを皿の上に落とす。首を傾げるキャプテンから目を逸らしつつ、なまえは「えーーーっと」と言い淀んだ。絶対に言いたくない。言いたくないけど、スティーブは気になったら諦めない性格だ。口を割らせようとしてくるに決まってる。せっかく忘れていたと思ったのに! 彼女はなんとか言い訳をしようと考えるが、それよりも早く男が動いた。

「なまえ、正直に言いなさい。もう一方的に怒ったりしないから」
「う、あの、それは……」
「なまえ」
「……」

 しばらくの間、沈黙が辺りを支配した。そして有無を言わせない男の視線に、彼女は諦めたように口を開く。とっても嫌そうな表情を浮かべるなまえの話を聞きながら、キャプテンの顔はみるみると険しくなっていった。話し終えた瞬間、彼は怒りに震えつつ、それでも笑顔を浮かべて(かなり引き攣っているけど)低い声を出した。

「その少年を紹介してくれるかい?」
「絶対にイヤ!」

 やっぱり! こうなると思ったんだ! となまえは叫んだ。前時代的なスティーブが、デートに誘ってきた男の子を気にするのは彼の性格から分かりきっていたことだった。けれど、実際のところ彼女の思いとキャプテンの思いは多少異なる。
 少年がデートに誘ってきたことよりも、我儘で生意気ばかりを言う娘が自分のために怒ったんだという事実に、キャプテンは非常に感動していた。それでも手を出したのは決して許される行為ではないが。そして少年を紹介してくれと言ったのは、彼女に見合うかどうかを見極めたいからではなく、ウチの娘に二度と近付くなと警告≠したいが為であった。

 キャプテン・アメリカを正義感の強い完璧な人間であると思い込んでいたなまえは、彼にも後ろ暗い感情があることを知らなかった。そうして2人は勘違いをしたまま、今度は少年を紹介するしないで揉めることになるのである。


190608
果たしてこれは夢であるのか。将来的にくっ付けばいいのではないだろうか…。

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