「おいルーピン、何をしている」
「なにって、チョコレートを食べているんだよ」

 見て分からないのかい?と、嫌味ったらしく言ってくるのはリーマス・J・ルーピンその人だ。校内で噂のあの悪戯仕掛人の一人であり、そのルックスでかわいこちゃん達を虜にしている。わたしはこの男が嫌いだった。否、今でも嫌いだ。大っ嫌いだ。大抵の馬鹿共はルーピンは病弱で儚げで性格は優しくて繊細で笑顔はキュートで頭も良くて、でも甘党だなんてギャップがかわいー!とか、なんとか言っている(のを聞いた)。実際はヤのつく自由業さん達も顔負けのとんでもない人間なのだ。わたしはこんなに性格が悪い男を見たことがない。そしてこんなに裏表がある人間も見たことがなかった。

「今は授業中だ」
「バレてないからいいんじゃないかな」
「わたしがバラすぞ」
「僕がそんなことさせると思ってるの?」

 ニヤリ、とわたしを見て妖笑するルーピン。誰だコイツは!本当にあのリーマス・J・ルーピンなのか!と、この微笑みを見れば誰もがそう思うであろう。わたしにすればこれが当たり前のルーピンなのだが。

 魔法史の授業、毎回わたしは左端の一番後ろの席に座っていた。誰も聞いちゃいないこの授業はホグワーツ生なら誰でも知っている通り居眠りには最適で。わたしは毎回この時間、読書に勤しむことにしている。それも閲覧禁止の棚から勝手に拝借した、あまり生徒が読むには好ましくない書物の類だ。それがルーピンにバレてからわたしはことあるごとにそれをネタに脅迫されている。そう、あのルーピンに脅されているのだ。
 こんなことがあっていいのだろうか!?あの優等生という名の皮を被った悪魔め!

「あ、食べ終わっちゃった」
「……」
「ねえ、チョコレート持ってない?」
「……」
「閲覧禁止の―」
「ああ、持っている。勿論持っているともさ、ルーピンくん!」

 チクショウが。なぜ甘味を好まないわたしが常にチョコレートなどという砂糖の塊のような物を所持していなければならない!それもこれも全てこの男、リーマス・J・ルーピンのせいだ。ああ、なんとまあ忌わしきことか。

「うんうん、よく持ってたね」
「毎回脅されれば嫌でも持ち歩くようになるさ」
「あはは、それもそうだね」

 にこにこと笑いながらわたしが渡したチョコレートをバリボリと貪るルーピン。どんだけ甘党なのだろうか。見ているこっちが気持ち悪くなってくる。出費(お菓子代)は嵩むしパシリにされるし本当に最低最悪だ。

「そうそう、もう一つお願いがあったんだよね」
「…………なんだ?」

 “お願い”などと、奴の口から初めて聞いた単語だ。普段のは果たしてお願いだったのだろうか?わたしには脅迫にしか聞こえなかったのだが。いや、お願いと形容されていなかっただけであれらは脅しだったのだろうか。

「僕と付き合ってくれないかな」
「ああ良いぞ、何処にだ?」
「………君って、」

 実は馬鹿なの?と、呆れた顔して聞き返してくるルーピン。馬鹿とは失礼な。これでも学年三位はキープしている。因みに一位と二位が毎回ポッターとブラックなのが限り無くムカつくが。

「どういう意味だ?」

 ルーピンの言っている意味が分からず、わたしは怪訝になりながらも一応聞き返してみた(わたしってなんて優しいのだろう)。それに対し、ルーピンは呆れ顔のまま溜息を吐き(失礼だ)、ニヤリと含み笑いをしたかと思うとわたしの本を掴む手を上から握り締めた。

「こうゆう意味」

 そのままグイッと勢いよく引き寄せられ、唇に触れる柔らかな温もり。

 これは、つまり、ええと、キスというやつで…?

 状況を整理すると、わたしは今あの憎きルーピンにキスをされている。それも授業中に。あれおかしいな状況は整理できたのにまったく理解ができないぞ。

「意味、分かった?」

 三時間はあったのではないかというくらい長く感じられたキス(実際は三秒)。わたしの唇からルーピンのそれが離れると、満足気な表情でからかうようにルーピンが聞いてきた。意味も何もわたしのファーストキスを奪っておいて、何を言うのかこの男は。

「……ファーストキス」
「へぇ、それは調度良かった。君の最初で最後はこの僕ということになる」


 ――最初はともかく、


「…最後?」

 これから一生よろしくねーと、ルーピンは満面の笑顔を浮かべ至上最低最悪のプロポーズをわたしに言い渡したのだった。


チョコレート味のプロポーズ

(人はそれを脅しという)(あはは、一生僕の奴隷だね)


080424/101213再録

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