「いやー!まさか水嶋が本当に引き受けてくれるなんてなあ!!」
「別に…、暇潰しだよ。暇潰し」
今は一城の家に行く途中。
あの後、何となく家庭教師の件を引き受けてみた僕。それなりに退屈な人生をエンジョイしていたから、何かを得ようとしていたのかもしれない。
……今となってはどうでもいいけど。
「お前、彼女さん達は?この件を引き受けたらデートとかあまり行けないだろ」
「あんまり最近いい相手がいなかったんだよね。家庭教師やるって行ったら文句言われたけどさ、遊びだしね。どうでもいい」
どうでもいいって。お前、冷たい性格してるなあー。なんて苦笑をしながら言う一城を横目に足を進める。
すると、アパートが見えてきた。
「あ、ここだよ。俺ん家」
「へえ…」
外見は少し古い感じのするアパート。
2階の右端から三番目。一城はそこに鍵を差し、捻った。カチリ、という音がした後、古い扉はキィと音を発てて開いた。
どうやら僕がこれから勉強を教える生徒の彼の妹は今、学校らしく、もう少しすれば帰って来るらしい。それまでじっとしてよう、と居間の床に腰掛けた僕に一城は口を開いた。
「最近、バイトとかが忙しくてなかなか妹の勉強が見てやれてなくてさ」
「バイトやりながら勉強見てあげるとか、どれだけ優しいの」
「……シスコンとか言うなよ?」
「少し思ったけど」
そんなやり取りをしていると、ふいに、玄関のほうからガチャッと音がした。
一城が「妹だ」と呟き、玄関のほうに駆けていく姿を見ながら、やっぱりシスコンじゃないのか?と疑問が浮かんだが彼の為にもこれ以上は言わないでおこうか。
「……あ、」
「水嶋!コイツが妹だ」
「どうも」
「……」
一城は妹に「大学の友達が家庭教師になってくれて、今日家に来る」ということを説明してあると言っていた。
……しかし。これはどうだ。
見開いた彼女の丸々とした瞳は完全に怯えたような色をしており、体なんて分かりやすい程に震えている。一体、僕が何をしたっていうんだ。
そんな僕に気付いた一城が僕に近づいて来て小さい声で言った。
「こいつ、男苦手なんだ」
「……早く言ってほしいし、何で男の僕を家庭教師にしたの」
「んー、まあ、人間慣れが必要だと思ってな!!」
ニッコリとした笑顔に若干の苛立ちがふつふつと出てくる。
おい、シスコン要素は何処にいった。この兄は完全に今、男嫌いの実の妹に何とも鬼畜な試練を与えていた。
……勿論、僕にも。
まあ、何だかんだで仲がいいし、タダで家庭教師ぐらいしてやろうとか考えた自分に後悔。
今日は挨拶だけだけど、勉強を教えに来た最初の日だけの金は貰うことにしよう。絶対そうしよう。
「……一城、…晴香です……宜しくお願いします…」
怯えながらそう言った彼女に心の中で溜め息を吐いたのは仕方ないことだろう。