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▼ ペットの役割

わたしはペット。
 わたしは愛玩動物。
 わたしはおもちゃ。
 そう、十河さまがおっしゃったから、だから、そうなの。

「十河様に恋人ができるなんて……」
「親衛隊がよく許したわね」
「それが、あの子、親衛隊に土下座したり、苛められたりしてもめげなかったんだって。すごいよねぇ」
「ほんと!? あの親衛隊のいじめによく耐えたわー」
「十河さまも、他の役員たちに負けず彼女を口説き続けてたらしいし、本物ね」

 十河さまの隣に並ぶ、笑顔の可愛い女の子。
 何人ものおとこに言い寄られても、頑なに頷かなかった女の子は、十河さまの拙い告白に大きく頷いた。
 柔らかに微笑む彼女は、十河さまの凍てついたこころをとかしてくれた。
 いつも不機嫌そうでつまらなさそうな十河さまの姿は、もうどこにもない。
 わたしは、嬉しい。
 すごく嬉しい。
 十河さまが幸せそうに笑ってる。自分でつかんだ愛するひとの隣で、柔らかく。
 今まで得られなかった幸せを、今いっぱいいっぱい受けている。それが、たまらなく嬉しい。
 大勢に阻まれて見えない向こう側には、幸せそうに笑っている十河さまがいるんだろうな。
 高い壁でよく見えないけど、きっと、きっと、幸せそうに違いない。
 いっぽ、いっぽ、後ろに下がる。
 十河さまが詰まらなさそうだったから、だからわたしは十河さまに捧げられた。
 十河さまが暇にならないように、話し相手でいるように、世話係でいるように、それがわたしの役目。
 そんなわたしを十河さまはペットと言った。それに、たぶん間違いはない。
 ただ傍にいて、ただ息を吸って吐いて、そこにいるだけのわたしだもの。

「十河さま、あの子と婚約したんだって!」
「うっそ、ちょーお似合いじゃん!!」

 きっと、ぜったい、十河さまの幸せは続く。
 ううん、続かなきゃ。続かなきゃいけないんだ。

 いっぽ、いっぽ、後ろに下がる。
 もう十河さまは詰まらなさそうじゃないから。
 もう十河さまは暇じゃないから。
 もう十河さまは幸せだから。
 だからきっと、ぜったい、わたしはいらない。

 いまのわたしはなに?
 ペット? ―――ううん。違う。
 愛玩動物? ―――ううん。可愛がる理由がない。
 おもちゃ? ―――ううん。だってもう、一人遊びは終わった。

 じゃあわたしはなに?

「キャーっ!!」
「き、きす、キスしたぁ! なにあれ、ちょーカッコいい!!」

 いっぽ、いっぽ、後ろに下がる。
 高い壁がどんどん高くなる。
 床の色はくすんだ自分が映る灰色。
 温かい空気は室内暖房。
 いっぽ、いっぽ、いっぽ。後ろに下がる。
 ちょっと、ふわっとした変な感じ。
 小さな悲鳴とその声は、同時に聞こえた。

「っとぉ!! 危ねぇなァ!」
「――― ぅえ?」

 厚いなにか。
 背中から伝わるじんわりとした熱。
 二本の長い腕がわたしのおなかにまわってぎゅっと、包まれる。
 おなかの中がまわるような、へんな感じが収まった。

「お前なぁ、ちゃんと後ろも見ろってーの。って、お前、神田のペットじゃね?」
「……ちが、も、ぉ、ペットじゃ、ない、です」
「はン? なに、お前、捨てられちゃった?」

 『捨てられちゃった?』

 その一言は、大正解とはなまるを書きたいくらい、合っていた。
 じわ、とへんな熱が目から出てくる。へんな感じ。
 まわりにいた大きな壁が、短い悲鳴と戸惑いと、明らかな心配の眼差しをわたしに向ける。
 まだ後ろに感じるあったかさが、なんだかすごくわたわたしてるきがした。

「ま、まてまてッ! 泣くな泣くな、悪かった。冗談のつもりだったんだよ。な、泣き止めって! え、なに、本当に、えーと、そうなのか?」
「ぅ、あい……」

 へんなの。
 背中でもわかる。わたしよりきっとおっきい、のに、すごく、あたふたしてる。
 おかしいな。ぎゅ、と強くなる腕が、ちょっと困ってるような気がした。

「あー、うー、ん。えぇっと、さ、俺が拾ってやろうか」

 その声は戸惑いと、焦りと、小さなナニカがないまぜになっていて。
 おなかにまわった腕がまた、強くなった。

「お前、俺のペットになれ」

 びっくりして顔を上げる。
 静かな紺色の目に、まんまると目を見開いているわたしが映った。
 おかしいな。まわりがすっごく静かだ。
 さっきまで歓喜の悲鳴とか、短い悲鳴とか、いろいろ聞こえたのに、すっごく静か。
 高い壁が割れて、奥に居た十河さまが見える。以外にも視力いいわたしには、十河さまが目を大きく開けているように見えた。

 そして、わたしじゃない誰かが小さく、喉を鳴らした。






「おいコラ。どこいくつもりだ」
「……ごはん」
「あ? ……そんなん、俺が注文しといてやるから、ここに居な」
「で、も……、ぁッ」
「ん」

 小さな吐息。軽いリップ音。
 お砂糖と、はちみつと、甘いものいっぱい詰め込んだような柔らかさ。
 わたしの頭を撫でる、おっきな手。
 次は喉を撫でられて、ごろごろ、なんて甘えた声。

「お前はペットなんだから、ずっと俺の傍にいなきゃ」

 それがペットの役割だ、なんて耳に唇を寄せて言うから。
 うん、って小さく頷くの。

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