華麗なる獣と復讐も兼ねた日常生活 | ナノ


▼ Recollections:向日葵への誓い(リクエストNo.2)

 

「高橋さん、おはよう」

 そういって優しく笑う。
 規則通りのスカートを揺らして、規則通りのリボンを結んで、彼女は優しく笑う。
 窓からさした光が彼女を包んで、まるで春の陽だまりのようだった。




 私はしがない学園生徒。
 体育特待性として、この学園の中等部から在籍している。
 陸上部所属の私の朝は早くて、部活終了後の私の時間は遅い。
 朝練が終わると毎回遅刻ギリギリになってしまう私は、時間の確認もろくにとれていなかった。
 そんな私のために、時間確認をしてくれてる子がいる。その子の名前は唄(うた)。
 珠城(たまき)唄(うた)。
 さらさらの髪に少しだけ垂れた眼は優しくて、しっかり手入れをしているのかつやつやの唇。
 規則通りのスカートの長さにリボン、ブレザーの着こなしは凄く清楚。
 彼女は学園の模範生だ。真面目な性格の子で、クラスの委員長もやってる。
 私みたいな運動部に所属してる子のために、毎朝きっちり時間割確認をしてくれて、そのおかげで私たちは時間に遅刻することはない。
 そんな彼女は私の隣の席。今日も時間割通りの教科資料を出しながら、私や他の子のあいさつに応えている。

「いんやー、今日はあっついねー」
「そうですね。4月にしては暑いかもしれません。高橋さん、他の運動部のみなさんも、水分補給には気を付けてくださいね」
「おうよー! ここで倒れちゃ、夏大会いけないっての」
「ちょっと高橋、あたしたちまだ1年だからね。今年の大会に出れるかわかんないって!」
「ばーろー、年齢なんか関係ないやい。実力主義だよ」

 彼女も交えて他の子とも話す。
 さり気なく気にかけてくれる彼女は、時々私たち運動部の調子を気にかけて蜂蜜レモンだとか、スポーツ飲料だとかを持ってきてくれる。
 同じ運動部の子はいつも通り混ざって話し始める。私が彼女と話していると、こうして当然のごとく混ざるんだ。
 高橋、そう苗字で呼ばれることには慣れ始めた私は、そう呼んできたクラスメイトを小突く。
 この学園で高橋という苗字は私だけだ。何故だろう、全国でも上位であるはずの苗字なのに、なのに私一人って。変わった苗字多すぎだと思います。
 高橋ため息つくと幸せ逃げるよー、なんて言ってきたクラスメイトをもう一回小突いた。
 まだ4月だっていうのに、こんがり日焼けているのはなんでだろう。そんな疑問を毎年持ってるけど、きかないのが暗黙のルールだ。
 日焼けたクラスメイト ――― 千鳥(ちどり) ――― はカラカラ笑いながら答えた。私たちは確かに1年生だけど、特待生としてのプライドがある。
 体育で特待取ったんだ。年齢なんか関係ない。
 それに結果出さなきゃこの学園に居られないしね。そう私も返すと、千鳥は青褪めた表情をした。
 高校大会は幅が広がり、中学校大会とは違って規模も大きくなる。今まで隠れていた実力者たちが、ここで出てくるんだ。
 私は気が抜けない、と自分の頬を叩いた。思ったほど強くたたいてしまって、それはそれはイイ音が出た。
 すごく痛い。
 頬を抑えると、千鳥や他のクラスメイトは同様に痛そうな顔をしながら、でも自業自得だと口ぐちに言う。
 ちょっとくらい心配してもいいんじゃないかな。

「た、高橋さん、大丈夫? 頬、真っ赤だよ」
「おー、だいじょーぶだいじょーぶ! 自分でもやっちゃった、って思ってるから」
「大丈夫じゃないってことですよね!? 保健室で冷ますもの、持って来ましょうか?」

 薄情もののクラスメイトたちとは違って、彼女は心配そうに私を見た。
 鋭いツッコミにクラス中が沸く。ノリのいいクラスメイトたちは囃し立てるけど、いやお前ら薄情すぎるでしょ、と叫ぶと笑い出した。
 彼女も可笑しそうに笑って、時計をちらりと見ると慌てたように手をたたく。
 どうやらHRの時間になったようだ。彼女の合図でクラスメイトも急いで席に着いた。
 入学してからまだ4日。クラスの顔ぶれは中等部と変わらないけど、最優等クラスと言われる私らA組には高校からの特待生も入ってきていた。
 今年の特待生は学力・運動含めて5人。A組に入ったのは学力特待の子2人と運動特待の子1人だ。残りの3人はB組。
 最初は緊張してた3人だけど、彼女が話しかけて1日、すっかりクラスに馴染んだ。
 私も、他のクラスメイトも早すぎでしょ、と思ったけど、それには特待の子たちの努力もあるんだろう。
 まるで前からいたみたいに、名前で呼び合うほど仲良くなった。特待生が多く来る中等部選抜と違って、高等部選抜は特待生がかなり少ない。
 今年の5人っていうのは、例年に比べて多いくらいなんだ。少ない人数でやってくる彼らに対して、私たちはいつも心広くもってなければいけないね、とは彼女の言葉。
 中等部のとき、学力特待生として入ってきた彼女は、いつも二番手だった。いや、学力的な二番手じゃなくて、いつも控えめだって意味で。
 学力主席は彼女だ。中等部の頃からずっと、彼女は1位をキープしてきた。
 学力特待生には基準がいくつかあって、私たち体育特待性とか違って結果が露骨だ。
 学力順に学園から出される援助にも違いが出てくる。
 まずは、学力特待生1位保持者、っていう長ったらしい、通称主席保持(トップ)の特待生は、学費免除・食費免除・学園内での娯楽施設費免除・お小遣い多・文具支給・特別区域への訪問許可などかなりの優遇だ。
 そこから順に上位3位以内保持者、つまり3位以内には入る特待生は特別区域への訪問許可以外は与えられるし、上位10位以内の特待生は文具支給と特別区域訪問許可以外が与えられる。
 中等部からの学力特待生といえば、彼女以外には4人いたっけな。その他は私を含めた運動特待生が半数以上を占めている。
 千鳥だって運動特待生だ。私は陸上競技、千鳥はバレーボールをやってて、団体競技だったらチームへの貢献、個人競技だったら結果を求められる。
 私たちに与えられるものも学力特待生とはそうかわらないけど、文具支給とか特別区域への訪問許可とかはない。
 主席保持である彼女は、規約が確かなら支給とか訪問許可はされているはずだけど、それをしているようなところは見かけない。
 支給された文具なんて、普通の文具と見た目が変わらないから、まったくわかんないし、訪問に至っては彼女は毎回まっすぐ寮へと帰るからたぶんない。
 サボるような子じゃないし、むしろサボってる子が居たら注意する真面目さんだ。
 私はがり勉って、正直言って苦手。というか、頭がいい子が苦手。
 偏見かもしれないけど、頭がいい子はどこか自分が特別なんだって態度でいることが多いから。
 でも彼女はそんなそぶりはないし、本当に真面目だ。彼女の頭のよさは、彼女の努力の上で成り立っている。
 前に偶然だけど図書館で見かけたとき、ああ私らと同じように努力して今の地位を勝ち取ったんだな、って思った。
 だから私は彼女が嫌いじゃない。むしろ好きだ。これはたぶん、私だけじゃない。

「〜……、だ。――― おい、高橋。聞いてんのか。聞いてんのか高橋っ!」
「おうっ!? 彼女は素敵だと思いますっ!」
「全然聞いてねぇだろお前! 誰だよ彼女。そんな話してねぇよ俺は。それともあれか、あれか? お前ソッチの趣味があって……」
「ないないない! ないよソッチの趣味! いや、うん、気にしないでくだサイ! センセー、さ、続けてっ」
「続けられるかボケ! 高橋ー、オメーさんは放課後職員室な」
「そんなバカなっ!」

 眼鏡をくいっと上げた先生に絶望した。
 普段はまったく眼鏡なんてかけない社会科の先生は、何故かHRの時だけ眼鏡をかけている。
 イケメンなんて滅びろ、っていうのはクラスメイトの誰が言ったんだっけ。その気持ちよくわかるよ。イケメンなんて滅びろっ!
 ロリコンになってまえ! いやお前はもうロリコンだ! ってクラスメイトの誰かが言ってたね。ロリコン、ああ、ロリコンかぁ。
 確か先生には思い人が居て、その人が卒業したら告白するっていう噂が、クラス内でひっそりと流行ったことがあったな。
 さすがにこんな噂が流れたら先生が危ない、という彼女のひとことで流すのは止めになったけどね。私らも危ないなぁ、とは思ってたけど、彼女が言わなきゃみんな止まらなかったかも。

「……をするからな。だからちゃんと資料持って来いよ」
「え、資料ってなに」
「おっまえなぁ、ちゃんと話聞けっつったろが!!」
「ぼ、暴力反対!」

 隣の彼女がくすくす笑っている声が聴こえた。
 頻繁に笑わない彼女だけど、こうして笑っているのを見ると少しほっとする。
 窓から入ってきた風が彼女の髪を遊ばせる。まだ少しだけ笑いながら、片方の手で押さえる彼女。
 やがて教室中を見渡して、嬉しそうに目を細めた。
 そんな微かな変化にも気付けるようになったのには時間はかかったけど、そんな彼女の変化をみることが私は楽しいんだ。
 起こるセンセー。囃し立てるクラスメイト。怒鳴り返す私。さらに笑うクラスメイト。小さく微笑む彼女。
 それが当たり前の日々だった。


 嵐がやってきたのは、それから間も無くしてのことだった。
 私たちが高等部に進学して丁度一週間たった時、それは突然やってきた。
 始まりのはいつもの朝だった。
 いつも通り彼女とあいさつを交わして席に着く。そして近くにいる偽善者モドキたちの話が耳に入り、ボソッと本音を呟いてしまう。
 その時にたまたま彼女と目が合って、違うんです私は信じてますよ彼女たちの事! と思って引き攣った笑顔を浮かべる。
 なんだか黒い子っていうか、嫌味屋だって思われなかったかな。それが一番の心配だ。
 モドキどもにはなんと思われてもいいけど、何故か彼女に嫌われるのは怖いのだ。ちょっと考えるような仕草をした彼女は、次の瞬間柔らかな笑みを浮かべた。
 よかった。なんとか誤解されずに済んだらしい。本当に違うからね。心はピュアっこです。
 その後は千鳥や他の子とあいさつを交わして、HRを知らせるチャイムがなった。
 いつものように乱雑にドアを開けた先生。それにそれぞれ挨拶をかけた。いつもならそれで終わりだけど、今回は違うことが起きた。
 先生の後ろからゆっくりと、でも自信に満ちた足取りである女生徒がいた。
 転入生だというその女生徒は、見た目は凄く華やかで綺麗だった。
 突然の転入生で、クラス中は沸く。特に男子だ。美人がキター、と騒いでいる。おいこら、それは私たちじゃぶちゃいくだって言いたいのかい。
 そう目線で問い詰めると、青褪めた表情で首を横に振った。うむ、よろしい。
 クラス中がざわつくなか、私は彼女の方へと視線をうつした。彼女は知っていたのだろうか、そういう思いだった。
 だけどちらりと見た彼女の表情(かお)は、何も知らなかったというのが前面に押し出されていた。つまりは吃驚した! みたいな顔。
 彼女も知らないなんて、うちの馬鹿教師はいったい何をしているんだろう。顔だけか。顔だけなのかアンタは。
 そう文句を言ってやりたかったけど、そういえば先生はこの学園の出身でしかも主席卒業だったらしいから、人間って本当にわからないよね。

「タカティンふざけんなよ」
「タカティン呼ぶのやめろっつったろ!!」

 タカティン ――― うちの担任の密やかな渾名を言う。
 社会科だからとかそういう関係は一切ないけど、何時の間にかついたこの渾名はまだ気に入らないらしい。
 先生の横で不自然な笑顔を浮かべる女生徒を暫く眺める。
 カールした毛先、ぱっさぱさのまつ毛、人工的なつや、というよりは油ものを食べたみたいにテカってる口、顔はまあ美人で、スタイルもいい。
 こりゃ男どもは喜ぶな、とクラス中の男どもを眺める。一部はぼーっと転入生を見ているけど、他の男子は興味がないのかそっぽを向いている。
 好みがはっきり分かれたのかなー、とも思ったけど、興味なさげな男子の共通点を見つけて頭をふった。
 次に女どもの姿を見る。モドキのグループは、嫌いです! という気持ちを全面に押し出した目をしていた。
 なにゆえ、と転入生を見る。その瞬間、ほんの少しの、ナノレベルの友好的な気持ちが吹っ飛んだ。
 不自然で慣れきっていない笑み。その目の奥を覗き込んで、思わず眉を潜めてしまった。
 アレは私たちと仲良くする気はない、って目だ。最初見た時は、なんて自信だこいつ、って思ったけど、これは自信の範囲超えてるね。
 私のなかのなにかがスーッと冷めていく気がした。
 しばらくして挨拶がおわったのか、先生は彼女を見ながら、なんと彼女を転入生の世話係に任命した。
 彼女は嫌な顔一つしないで、その場に素早くたつと転入生に挨拶しようと口を開いた。
 それはそれは友好的に、特待生の子と同じく早くなじませてあげよう、という好意のこもった挨拶、だというのに。
 転入生はことごとく彼女の言葉を遮った。
 それでも彼女はめげずに転入生への挨拶を続ける。でもそれさえも転入生は遮り続けた。
 その様子をみて、今まで傍観を貫いていた生徒たちも注目していく。そしてその目が険しくなっていく。
 興味なし、といった風の男子生徒も、彼女の方を注目し、転入生に対して眉を顰めていた。
 そのあと、転入生がクラスメイトの中で要注意人物として認定されたのは、言うまでもない。

 散々遮った転入生。
 先生が言った『山田』という名前にはすごく興味があった。
 転入生は『姫島(ひめじま)愛美(あみ)』と名乗ったけど、アレが先生の間違いじゃなくて、本当は山田の方なんだとしたら、それはそれは大変なスクープになるだろう。
 本当の名を伏せて、偽名で、か。諸事情があってなら仕方ないだろうけど、先生の様子じゃ『山田』のほうが正式登録されている可能性がある。
 これはこれで、私の中にある追求心を掻き立てた。

 それからの私たちは、いや、彼女は大変だった。
 転入生の世話係に任命された彼女は、いつどこへ行くにも連れまわされた。
 最悪なことに寮室も隣という残酷な運命が待ち受けていて、彼女は四六時中に近い感覚で転入生に付き纏われた。
 食堂へ行くのにもつき合わされ、授業の休憩時間も、登校時間も、授業以外の時間以外を転入生に奪われた。
 傍から見ても彼女は疲れていた。
 目の下の隈は薄いけどはっきりと見えていて、まとも食べれてないのかふらふらしていることが多い。
 登校時間は安定しなくなって、ギリギリのことが増えてきた。
 時間割が確認できなくてごめんね、って謝られた時は首を思いっきり横に振ることしかできなかった。
 彼女の方が大変だろうに、こうして私たちのことも気にしてくれてる。どう返事すればいいかわからなかった。

 転入生が来てから暫く、そう、1か月がたつかたたないかの時だった。
 度々授業をサボる転入生を探しに、今回も授業を公的休みになった彼女。
 世話係の名目で転入生を探しに行かなきゃいけない彼女を、さすがに哀れに思った学園側からは公的休み扱いをする、という労いが用意された。
 最初の1週間はそれが適応されず、彼女の学園生活に大きく支障が出ていると判断されてのことだった。
 寮室にいても勉学に集中できない彼女が、これ以上試験や学力検査で悪点を取らないためだ。彼女は安心したような顔をしていた。
 学力特待生で、しかも主席保持である彼女にとって、試験以上に大事なものはなかった。
 その日は、校内試験の前日だったのだ。
 先生は探さなくてもいい、と彼女に遠回しに伝えたけど、彼女は頑なに探しに行くことを選んだ。
 以前転入生を探しに行かなかったときに、転入生が上級生に迷惑をかけたからだった。彼女は先生に頭を下げて、教室を後にした。
 きっとあとで、彼女は転入生と一緒に戻ってくるだろう。ちょっと疲れた、困った笑顔を浮かべて。
 その時はそう思って、彼女の分のノートをとることだけに集中していた。

 その後、彼女が帰ってこないことを疑問に思った私たちは、学園内を探し回っていた。
 転入生を探しにいくため、いつも帰りが遅くなっていた彼女だったけれど、遅くなるときはいつだって誰かに伝言を頼んでいた。
 それに、転入生が帰ってきているのに彼女が帰ってきていないなんて、ありえないんだ。
 どこか興奮したような転入生に話を聞こうと近づいたけど、転入生は見向きもせずに走り去った。
 私はそのことに疑問をもちながらも、彼女が転入生が帰ってきたことに気付いていないのかもしれないと思って、彼女の携帯に電話をした。
 だけど、出てきたのは彼女ではなくて『この携帯は使われていません』という無機質な声だった。
 そのことで不安を感じた私は、他のクラスメイト数名と共に学園内を探し回っていたのだ。
 空の向こう側から夕暮れの赤が迫ってきた時だった。
 たまたま学園長に会った私たちは、彼女と学園長とのつながりを思い出した。
 彼女は何の縁なのか、学園長と親しかった。おそらく学業に関してなんだろうけど、それはどうでもいい。
 大事なのは、学園長「と」親しいことだ。
 私たちは学園長に事情を説明し、彼女を探す手伝いを申し込んだ。
 彼女が見つからないと聞いた学園長は、とたんに青褪めた。そして素早く私たちに指示を出すと、学園長自身も駆けていった。
 学園長が私たちに出した指示は、とにかく探すことだけだった。

 彼女には深い恩がある。
 時間割をしてくれてた、ということだけじゃなくて、彼女には多く救われた。
 テスト前に勉強を見てくれたり、わけがあって遅刻したときは先生に説明をしてくれた。
 部活の時にスポドリをくれたり、体調面を気にかけてくれたり、怪我をしたときは手当てをしてくれたり。
 結果を残せなくて、自分はもう限界なんじゃないかって思ったとき、彼女の言葉が励みになった。

 ”変わらず思うことが、大好きでいることが、勝利を手にする鍵なんじゃないかな”

 あの言葉がなかったら、私は学園側から退学を言い渡される前に、自分から学園を去っていただろう。
 でも彼女のあの言葉があったおかげで、もう一度頑張ろうと思えた。
 結果を残す前に、忘れていたことを思い出した。もう一度、陸上競技を好きになれた。
 私はまだ、彼女に何一つ返せていない。
 だから私は彼女を探す。
 きっと彼女はどこかで、疲れて休んでるんだ。
 早く行って、呼びにいかなきゃ。今日は彼女の好きな、メニューの日なんだから。

 でも現実はいつだって私たちに辛くて、見上げたそらは闇に飲まれかけた夕暮れだった。



 彼女の死を、その終わりを聞かされた私たちは、それをどうしても理解できなかった。
 もしかしたら彼女は、どこかで待っているんじゃないか、そう思えてならなかった。
 どこかで休んでいて、そして今もまだ転入生を探しているんじゃないか。どこかで、どこかで、私たちを、待ってる。
 そう思う心とは裏腹に、頭は彼女の死を認識しようとしている。
 ばか、ばか、ばか。いつもポンコツのくせに、こういうときだけ頭を働かせるなよ。
 働かせるならテストの時にしてよ。そしたら彼女にも迷惑かけなかったのに。
 ぐるぐる回る頭のなかは、彼女がこの世にはいないということを、私たちに突き付けていた。
 閉じた瞼の裏が熱い。
 開いてないのに、目じりから流れていく水が頬を伝った。
 そのまま私の制服を濡らしていく。
 うまく結べなくて、結局彼女に結んでもらったリボンが、どんどん濡れていく。
 小さなシミが広がっていって、明るい赤のリボンが赤黒くなった。
 私たちの間に言葉はなかった。
 ただ啜り泣く誰かの言葉にならない声が、哀しみを含んでいた。


 彼女の死は、はじめは事故死として学園側は発表した。
 だけどそれを私たちが認めることはなく、私たちの度重なる抗議に折れた学園側が警察に依頼を申し出ることになった。
 私たちが彼女の死を、単なる事故死として認めないのは、ひとえに彼女が探し回っていた時間帯と理由、そして彼女の性格だった。
 彼女が落ちたのは学園の中庭。特別区域となっている場所だった。
 彼女は訪問許可をもらっていたけど、その場所には1度だって言ったことは無かったんだ。そんな彼女が、普段はいかない特別区域へと訪問する理由は、転入生だけだ。
 この学園のことを再三説明したはずなのに、懲りずに特別区域へと侵入を試みる転入生の捜索に、特別区域への訪問は必要不可欠だった。
 その訪問の際に、誤って崖に落ちたのではないか、という学園側の主張もあったけど、それはない。
 学園側の説明や、警察が撮った現場写真を見せてもらったとき、中庭の崖にはしっかりと立ち入り禁止の線が引かれ、その前にも看板が掲げられている。
 そんな場所を彼女がわざわざ近づいていく意味もないし、それに中庭には広大な芝生とベンチがある以外は何もない。
 人が隠れられるような場所は、ほとんどないのだ。
 なのに彼女が中庭の崖まで行く必要はあったのか。いいや、まったくない。
 なら彼女が中庭の崖付近まで行く理由はなんなのか。私たちが考えられる理由は、1つしかなかった。
 転入生だ。転入生以外に理由はないだろう。
 もしも、だ。もしもあの中庭に、彼女以外の特別区域への訪問を許可された人物がいたとしよう。
 この学園のあの中庭に頻繁に訪れているのは、1人しかいない。そしてその1人は、転入生が気に入りそうな美形だ。
 その美形はいつも、崖の5メートル手前にあるベンチで勉強していた。その人物に会いにいったんだとしたら、転入生を探している彼女はそこまで行くしかないだろう。
 あくまで仮説だ。全部全部、私たちが無い知恵をふりしぼって考えたものだ。
 それでも、これである可能性が捨てきれない以上、私は、私たちは、転入生を疑うことをせずにはいられない。
 のうのうと、彼女がいないというのに、のうのうと笑っている転入生を、どうして疑わずにいられるのか。
 彼女を振り回しておいて、彼女の時間を奪っておいて、なんで、そう、笑える。
 『親友が亡くなった可哀想な子』?
 いいネタだ。本当、心の底から笑えてくる。
 親友? 誰が、誰の? 本当にふざけてるよ。
 彼女を親友だっていうのなら、親友が亡くなった夜に笑うなよ。
 なにが、心配してくれてありがとう、だよ。なにが、亡くなって本当に悲しい、だよ。悲しいならこんなとこにいるなよ。
 苦しいなら彼女のいる場所にいけよ。悲しいなら、満面の笑みなんて浮かべてんなよ。
 その翌日、何事もなかったような顔であいさつをするあの女を、本気で許せなくなった。


 私はある会を立ち上げた。
 『事件を解明しようの会』
 私は彼女の死を、その真相を、どうしても解明したい。
 解明できないまま、この学園の生徒に彼女の死をたんなる事故死として認識してほしくなかった。
 本当にあったことを明らかにして、彼女の死の原因を突き止めたい。
 それが、私が彼女にできる恩返しだと思った。
 それは私の思い込みなのかもしれない。何もできなかった無力な自分からの、逃避だったのかもしれない。
 そうだとしても、私は解き明かしたい。解き明かせるその日まで、私は絶対に屈しない。
 なにものからも、決して。
 あの女のいない時間に、クラスメイトを前にそう宣言した。
 もちろん、あの女側についてサボっている野郎どもはしらない。そのほかのクラスメイトの前で、私がしたいことを言った。
 最初は誰も話さなかった。
 何一つ言葉を発することは無かった。
 だけど1人、また1人、手をあげていく。参加すると、協力すると宣言していくクラスメイト。
 私の胸に、何か熱いものがこみ上げてくるような気がした。

「あたしは唄ちゃんに世話になった。だから、唄ちゃんのためにやるよ」
「……千鳥」
「俺は、怪我とかしやすくて、そのたびに珠城に世話になってたんだ。俺、なんにも返せてねぇんだよ。だからせめて、何か珠城のためにしたかった」
「アンタらも……」
「恩返しがなんだよ。何もできなかったがなんだよ。そうだよ俺たちは無力だよ! だからせめて、俺たちだけは認めない。絶対に、認めないし諦めない。……やろうぜ」

 千鳥や残った男子たちが、そう叫んでいく。
 クラス全員が拳を突き上げた。
 私たちは、ひとつになった。

 私たちの会は、学園長をスポンサーとして警察と連携して事件解明へと突き進んでいくことになった。
 1人ひとり、彼女のために持てる力のすべてを注ぐ。
 そんな私たちの腕には、彼女の好きな向日葵が描かれた、おそろいのリストバンドがあった。


”高橋さん”

 彼女がまだ、どこかで呼んでいる気がして。
 図書館、資料室、噴水前、ひまわり畑、おおきなアーチの休憩所、彼女の好きだった場所をめぐる。
 太陽の光が射しこめるその場所に、彼女のぬくもりがある気がしたから。

”高橋さん”

 時折聞こえる彼女の声に耳を澄ませた。
 だいじょーぶ、だいじょーぶ。
 腕を高く突き上げる。
 太陽はつかめなかったけど、彼女の好きな向日葵は私の手にあった。

 君への恩返しができないまま、でも、私はきっと、暴くよ。
 君のぬくもりを胸に抱いて、私の誓いは、向日葵のなか。

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