▼ Inside story:珠とともにみた鳳仙花(リクエストNo.11)
深い深い森のなか。
ざわざわなってた緑の葉っぱも、あっという間に赤色に染まりかけたその森。
僕はひとり、落ち葉を踏み鳴らしながら歩いた。
――― やあやあ白狼の坊や。なにかお探しで?
……うん! そうだよー、綺麗な鳥さん。
僕の妹ちゃんを知らない? 真っ白な毛並みに、灰青色の目をした、とぉっても綺麗な白狼なんだー。
――― うーん、悪いね、白狼の坊や。あたしゃ見てないよ
そっかー。ううん、気にしないでヨ、綺麗な鳥さん。
妹ちゃんのことは僕がいけないんだし。だいじょーぶ、ちゃんと見つけるよ。
――― そうかい。気を付けるんだよ? ここいらには狂暴な生物がいーっぱい、いるんだからね
うん、御忠告ありがとー、綺麗な鳥さん。
綺麗な鳥さんも気を付けてネ。それじゃあまたっ!
綺麗な鳥さんはバッと翼を開いて、止まっていた木から飛び立った。
鳥さんの綺麗な羽根がひらひらと落ちてきた。綺麗な、真っ白なその羽根。
何故か、妹のふわふわしたあの毛並みを思い出した。
あー、いかなきゃ。早く、妹ちゃんを見つけなきゃなぁ。
◆◆◆◆◆◆
真っ白な毛並み。人間とは違う目の色。
四肢は太く、身体つきはがっちりと、地を上手く駆けれるように。
風を全身にまとわせながら、赤い葉が降り注ぐ森の中を駆けていく。
僕は白狼。
その長である響生(ひびき)の、3番目の息子。
僕の毛並みは藍色がかかった白。目の色は紺に近い青。
とーさんに似たさらっさらの毛並みは、僕の密かな自慢。かーさんに似てるって言われてる、肉球の形もね。
きょーだいの中では3番目の僕だけど、嗅覚だったら誰にも負けないさ。ちょっと嗅いだだけで、1発で言い当てちゃうんだから。
くんくんと臭いを嗅いで、妹ちゃんのありかを探す。
まったく、お転婆な妹ちゃんはどこにいるんだろう。今回のことは僕が悪かったけど、何も失踪しなくてもいいと思うんだよね。
溜息は空中に溶けて、僕は1匹でとぼとぼと歩いた。
事の始まりは、今からちょっと前。
とーさんがおやつの果物を採ってきて、それをきょーだいたちで食べることになった。
僕たち白狼は今、生後4か月ちょいってところ。並みの白狼だったらもう1匹で狩りができる歳、なんだけど、それでも白狼の仔は生まれて1年は親の庇護下だ。
獲物は自分で狩れるけど、僕らはこの世界ではぺーぺーもイイところ。
地位はずいぶんと下で、おもうちょっと知名度とか、そこらへんあげなきゃ行動範囲が広げられない。
現に僕らが餌を狩れるのは、白狼共同の縄張りのなかでも、安全であまり狂暴なのがいないところだし。
2番目のにーちゃんは不満そうだったけど、とーさんの決定とか、しきたりからは逃れられないし、仕方ないよね。
とーさんは苦笑気味だったし、1番目のにーちゃんは鼻で笑ってたし。そんでにーちゃんたち喧嘩になったし。
まったくさー、もうちょっと頭を使えよってハナシ。そんなに暴れてるから、いつまでたっても行動範囲が狭いまんなの。
イイ子にして、大人しくしてさ、この仔ならだいじょーぶ! って思われればさぁ、簡単ジャン。
もっともっと頭を使ってヨ、って感じだよネ。
で、そんなおやつの時間、とーさんが採ってきたのは美味そうな果物でして。
ちょうど僕らに1個ずつだったんだケド、僕らきょーだいの中で1番ちっちゃい妹ちゃんにはさー、やっぱ大きすぎたわけ。
でねー、頑張ってちまちま食べてる妹ちゃんみてさー、0,1%の良心と99,9%の意地悪心が疼いたわけ。
いやほらよく言うジャン? 可愛い仔ほどいじめたくなるってサ。
それで妹ちゃんの食べかけの果物食べちゃってー、妹ちゃんがそれに鳴いて、いや、泣いてー、森の中に逃げちゃったわけだヨ。
僕が悪いっちゃー悪いんだけどさ、にーちゃん、あ、弦(ゆづる)にーちゃんも悪いよね。
思いっきし首噛まれたしさ、宙に飛ばされて思いっきり蹴られたし。
そりゃあ僕が悪いけど、普段なら弦にーちゃんのほうが妹ちゃんにイロイロやってんジャン。
僕はイイ子なので? とーさんには教えてないけどさー、このまえ妹ちゃんを勝手に水浴びさせちゃってー。
しかもそれを僕に押し付けやがってあのバカ一片チリとなれってーの!
それなら譜(つぐ)にーちゃんの方がマシだよまったくさー。白狼としての恥を知れってのー。
あ、譜にーちゃん白狼じゃねぇや。ま、いっか。白狼も異狼も、対して変わりはしねぇーし。
僕らがきょーだいだってコトに、なんの変わりもないもんネ。
下のおとーとはそうでもないらしいケド。
「わぅわーんっ」
妹ちゃーんっ!
出ておいでー。僕はキミに謝りにきたんだヨー?
にーちゃんはねーっ、妹ちゃんで遊びたかった、ごほん、妹ちゃんと遊びたかっただけなんだヨーっ!
そう意味を込めて叫ぶけど、どこからも妹ちゃんの気配はない。
おっかしーなー、ここらへんから妹ちゃんの臭いはするのになー。
うぅん、いつもの森は全部回った。僕と入れ違い、ってのも考えたケド、たぶんないなー。
だって、ちびっちゃくてまだまだ気配を隠すのが苦手な妹ちゃんじゃあ、嗅覚と気配探知に優れた僕を躱せるわけないもんね。
あー、あと妹ちゃんはマヌケだから、ところどころに形跡残しちゃうしー。
僕を躱せるって言ったら、他のきょーだいたちが協力しなきゃ無理っしょ。
とーさんは協力しないだろうねぇ。訓練の一環として、せいぜい簡単な知恵を授ける程度かなー?
だったら弦にーちゃん? それも無理かも。とーさんに押さえつけられて、助けにいけない状態だったしー。
大穴で譜にーちゃん、は、絶対にないね。だって譜にーちゃん、妹ちゃんのことそんなに好きじゃなかったしさー。
そーなると、いっちばん下のー、あのお馬鹿かなー?
”……ゎん”
ん? ううん?
僕、あんまり耳良くないんだよねー。
だけど、1か月以上いっしょに暮してる妹ちゃんのだもん。びみょーに、うん、びみょーにわかるよん。
あと、声が聴こえたほうからものすっごい妹ちゃん的な臭いがした。
嗅覚が自慢の僕だからネ。これは妹ちゃんで間違いないっしょ!
……場所が場所だけど、まーしゃーないっか!
「ワンワンワゥーンッ!」
妹ちゃぁああんッ!
僕が今からいくから、そこから動いちゃ駄目だぞーっ!
動いたら、テメェを狩るぞコラぁ!
……なーんて、譜にーちゃんのマネです! てへ。
「きゅぅんっ!?」
「わぅんっ!!」
かくほーっ! 妹ちゃんかくほーっ!
大樹に向かって突進していた妹ちゃんの、その真っ白な首を摘まむ。
そうすると、やっぱり僕の気配を感じ取れなかったのか、甲高い鳴き声を僕に聞かせてくれた。
きゃはー、妹ちゃんってば、ほんと、僕らと同じ白狼だとは思えないくらい、イヌっぽいし人間っぽいよねー。
まあ、人間に育てられてきたんだから仕方ないかー。ああ、それが譜にーちゃんは1番気に食わないみたいだケド。
妹ちゃんの首根っこを掴んだまま歩きはじめた。
僕に摘ままれて、唖然気味の妹ちゃんがバタバタと暴れだした。
ちょっ、やめて妹ちゃん! 僕の顔とか胸とかにあたってるから! 妹ちゃんの力弱いからそんなに痛くないけど、ちょっと苦しいよ!?
妹ちゃんの首根っこを摘まんだままだから、ふがふがとした鳴き方にしかならなかったケド、その鳴き声で首あたりが湿ったのか、そんでソレがヤだったのか、妹ちゃんがぴたりと止まった。
ふいー、妹ちゃんもほんとお転婆だよねー。僕こまっちゃうよ。
「きゅーん」
「わふん」
もー、そんな可愛い鳴き声してもメッ!
さっきのは僕も悪かったケドさ、何も森の中に隠れることないジャン。
ちょっと汚れてる妹ちゃんの身体を舐めてあげると、妹ちゃんが擽ったそうに身を捩った。
んもー、そんな可愛い動作してると、弦にーちゃんにぶんなげちゃうぞー。
あと譜にーちゃんに、白狼らしくないかわゆい仕草してるってバラしちゃうんだから!
譜にーちゃん絶対怒るぞー! って、あー! あー! ごめんね妹ちゃん! 譜にーちゃんにはなんも言わないから、そんな怯えたように後退らないでっ!
おかしーよねぇ。滅茶苦茶怒る譜にーちゃんには懐くのに、こーんなにも可愛がってる僕には懐かないなんてさ。
「きゅうぅ……」
声まで心なしか怯えてるしッ!
僕はただただ妹ちゃんと仲良くしたいだけなのに、こんなにも怯えられて、嫌われちゃうなんてさ。
しかも妹ちゃんとは意思の疎通ができないから、妹ちゃんがなんで僕に怯えてんのか、いまだにわかんなし。
思い返せば、初対面の時から妹ちゃんはおびえてたケド、それは僕以外のきょーだいにも言えるコトで。
他のきょーだいたちは懐かれてんのに、ほんとなんでだろ。
僕は妹ちゃんの首根っこをもう一度摘まんで、縄張りに向けて歩き出した。
ほんとは数分考えてたかったんだケド、ここに居たら大変なことになるもんネ。
2、3歩進むと、ビリリッとした視線を感じた。
もー、ほんとやだー!
妹ちゃんには怯えられるし、その理由がわかんないし、さらにはこんな場所着ちゃうし。
そんでもってなんか、ピンチだしッ!
「あふっ」
「きゅぅー?」
妹ちゃーん、理由はいつか聞くから、声出さないようにネ!
さぁ、跳ばすぜッ!
妹ちゃんを咥えたまま、大きな木の枝に大きくジャンプする。
そのまま枝に後足をひっかけて1回転、かーらーのー、ムーンサルト!
華麗に地面に着地したら、ちょっとドロっとしてる地面を蹴り上げて駆ける。
ひらひらする木葉が背中に積もるような気がするけど、しーんぱーいないさー!
僕の毛並み、妹ちゃんや譜にーちゃんみたいに内巻きじゃないもーんっ!
妹ちゃんには何枚かくっついたけど、大丈夫! 後でとってあげるから、今は我慢してネ、妹ちゃん!
風を身体にまとわせて、赤と黄に染まった木を目指す。
1歩、いっちばん力をこめその木の枝にジャンプすると、その重さで木が揺れて葉が落ちた。
ふいー、危なかった危なかった。
漸く視線が切り抜けられたことを確認すると、僕は咥えていた妹ちゃんをその場に降ろす。
だけど妹ちゃんは、高いところが苦手なのかなぁ? 下を見ないようにギュッと目を瞑っている。
そんでそんで、怖いのか僕にギュッと抱き付いてきた! な、なにこれ!
かーわゆー!
そんな妹ちゃんがほんとーに可愛くて、ついついその場で大きくジャンプ!
だってさー、妹ちゃん自ら僕に抱き付いてくるなんて、初めてなんだもん!
「わぅーんっ!?」
やっば!
妹ちゃんが木から落ちていく!
情けない叫び声をあげながら落ちていく妹ちゃんを見て、僕はさっと地面へと飛び降りた。
ぽふん、なんて柔らかそうな音を立てながら、僕の背中で妹ちゃんを受け止める。
ごめんネ! ほんとにごめんね妹ちゃん!
僕わざとじゃないんだよ! 譜にーちゃんみたいに条件反射で押さえつけるとか、そういうのとは全然違うんだよ!
必死に鳴いて妹ちゃんに意思を伝えるけど、そーいえば妹ちゃんとは意思疎通ができないことを思い出してハッとする。
もー、なんで意志疎通できないんだよー!
耳をペタンっとさせて、尻尾まで丸めちゃった妹ちゃんを舐める。
せめてもの謝罪だったんだけど、妹ちゃんわかってくれるかな? と妹ちゃんを覗き込む。
よしっ、妹ちゃんの汚れはこれで全部落ちたよ! 綺麗になったよー、妹ちゃん。
ちらりと妹ちゃんを見ると、ちょっとだけ機嫌を直したみたいに、僕に頬を摺り寄せてきた。
……妹ちゃんマジかわっ!
いつか妹ちゃんと意思の疎通ができたら、まずしてもらいたいことがあるんだよネー。
それは、僕の名前を呼んでもらうこと!
家族でいっちばん先に名前を呼ばれるのは、多分とーさんだと思うんだよね。もしくは1番したのおとーと。
とーさんはともかく、おとーとに譲るつもりはないからさー。絶対ドヤ顔してくるもん、絶対!
あーあ。妹ちゃん声いいからさぁ。
ま、鳴き声のほうしか聞いたことないんだけど、鳴き声と意志疎通の声は同じだし、イケるよね!
いつか妹ちゃんが僕の名前を呼ぶとしたら、にーちゃん付きがいいなぁ。
そう、可愛い声でさ、僕の名前を呼ぶんだよ!
[律(りつ)にーちゃん]って!!
「わぅっ、わぅんんっ!!」
「わふっ!?」
あ、ごめん!
妹ちゃんの鳴き声に、動作を止めて妹ちゃんを見たら、妹ちゃんが唾液まみれになってた。
うわーん、ほんとにごめんよ妹ちゃん! 興奮すぎてさー。
でもいーじゃん。そう思わない、妹ちゃん!
僕のパートナーってのがつけてくれた、僕だけの名前。僕ってゆー白狼の、その個体の名前!
なんでも旋律の律からとったって言ってたっけなぁ。僕のパートナーくん、ちょっと変わった子でさ。
パートナーっていうよりは、トモダチのほうがしっくりくるんだけどね。
その子がつけてくれた律って名前は、僕の譲れない宝物さ! 妹ちゃんに、そんな僕の宝物の名前で呼んでくれたら、とぉっても嬉しいんだよね。
妹ちゃんにも、僕と同じく個体名はあるよ? うたっていう、どんな意味でつけられたかもわからない、そんな響きの名前が。
だけど僕たちきょーだいはみんな何かしら「妹」ってつけて呼んでる。
おとーとはいろいろい混ざったような呼び方だったけどネ。
もしも妹ちゃんが僕を名前で呼んでくれたら、たぶん僕はとーさんにも勝てちゃうかもしれない。
だって嬉しいジャン? かわゆーい妹ちゃんが、鈴の音を転がしたような声で僕を呼ぶだなんて。
ぷぷ、弦にーちゃんのそん時の顔が見たいね! でもとーさんに後から抹殺されそうで怖いから、やっぱやめとこーかな。
落ち着いてきたのか、通常時に戻った妹ちゃんを見た。
……ほんと、いつか呼んでくれたらいいなぁ。
妹ちゃんを連れていざ湖!
通常時に戻った妹ちゃんに、人間スタイルのいわゆるドゲザってのをやってみた。
妹ちゃんはわけがわかんない、とでも言いたげな顔で首を傾げてたケド、しばらくそれをやってると、コクンと頷いた。
妹ちゃんに許された! やったネ!
ありがとうの意味を込めて妹ちゃんの腹を小突くと、妹ちゃんが擽ったそうな鳴き声を漏らした。
ふふふ、この調子で行けば、妹ちゃんとの仲がちょっとは縮まるかな?
そう思い始めた俺は、妹ちゃんをあるところに連れていこうと思った。
妹ちゃんは自然のものが好きだ。空とか、草とか、木とか、あと花とか、そういったのが。
だからあそこに連れてったら、妹ちゃんも絶対に喜ぶだろうなぁ、と妹ちゃんを誘導する。
首根っこを掴んで歩いたら、また妹ちゃんが吃驚して暴れちゃうかもだし。
尻尾を揺らして妹ちゃんを誘導しながら、別の意味でも尻尾を揺らす。
まったくもー、ちょー嬉しい。
目的の場所へとたどりつくと、妹ちゃんが大きな鳴き声を上げた。
理由は言わずもがなで、後ろを振り返って後悔した。だって妹ちゃん、ちょー目がキラキラしてんだもん。
眩しいくらいキラキラしてんだもん。あんなキラキラオーラ見てたら、僕まで浄化されちゃうよ!
そう思いながら、妹ちゃんの1歩先へと進む。
一面に敷き詰められたかのような、息をのむ景色。
薄紫が爛々と輝き、太陽の光を浴びて淡く輝いている。
1輪1輪が生命を持っているのが一目でわかるくらい、キラキラと、キラキラと。
それは鳳仙花(ホウセンカ)。
僕のだーいすきな、薄紫色の花なんだ。妹ちゃんにも知ってほしくて、好きになってほしくて、僕以外の白狼には教えたことのない、鳳仙花の穴場スポットなんだ。
妹ちゃんは花が大好きで、前に弦にーちゃんから杜若の花もらってた時は、とっても嬉しそうだったんだもん。
僕も何か花をあげたかったけど、あの時は妹ちゃんに怯えられっぱなしで近づけなかったんだー。
今は何とか大丈夫みたいだから、こうして妹ちゃんを連れてここにきてるわけだけど。
それに妹ちゃん、生命は大事にする派だからさー。お花をいっぱい摘み取ったら、妹ちゃん嫌かなーって思って。
摘み取ったのが嫌だったから、こうしてじかに生えてる状態で見せればいいと思ってネ。
僕の予想通り、妹ちゃんは一面に広がる花の絨毯に大喜び!
僕が1番大喜びだよ妹ちゃん!
妹ちゃんには、前から花が似合うと思ってたんだー。それも、紫の花がいっちばん!
そんなにきついような紫じゃなくて、鳳仙花みたいな薄紫の花がネ。
鳳仙花の花畑につっこんだ妹ちゃんは、いっぱいの花弁を毛に巻き付けて、僕に向かって精一杯鳴いてる。
ふははっ! 妹ちゃんすっごい花弁つきまくってるよ!
そう鳴き声で伝えるけど、意志疎通のできない妹ちゃんには伝わらない。
だけど僕は叫ぶんだー。だって、何時か妹ちゃんに届くでしょ?
意志疎通ができないのは、妹ちゃんが白狼として劣ってるんじゃなくて、何か原因があると思うんだよネ。そう、何かがネ?
それを僕は知りえないだろーし、知る機会なんて永久にないって思ってる。ううん、知ってる。
だから僕は何も聞かないし、何も知らない振りをする。妹ちゃんにとってはそれが最善なのかなって、そうわかっているから。
今までずっと秘密にしてた。
妹ちゃんは僕たちとはちょっと違う。うん、それはきっと誰もが知ってる。
でも僕の言う違いと、みんなが思ってるだろう違いは全然違うんだー。
妹ちゃんはね、妹ちゃんだけどちょっと違う。なんかねー、魂の鼓動? 何かが、さー、違う気がする。
人間っぽすぎる、ってのもあるけど、きっと妹ちゃんは馬鹿じゃないんだ。考えなしじゃないんだ。
ちゃんと僕らと同じだけど能力と、思考と、速度を持ってる。だけど妹ちゃんはそれが出せない。
何故かって、制御されてるから。妹ちゃんの本能に、ネ。
だから妹ちゃんはいつまでたっても白狼らしい才能、主に駆けることとか知能とかが足りないって言わるんだよー。
ほんとはそんなの事ないのにネ。
「わんっ」
妹ちゃーん、帰るよー!
妹ちゃんにそう声を掛けると、妹ちゃんが一目差に僕の方に走りだした。
全身にいっぱいの鳳仙花の花弁を纏わせて。くぅー、かわいすぎるよ妹ちゃん!
よたよた、すたすた。
まだまだ不器用な妹ちゃん。もうちょっと僕に慣れてくれたら、僕は嬉しいと思うんだー。
弦にーちゃんも、譜にーちゃんも、きっと僕のことなんてどうとも思ってないんだろーケド。
でもね、妹ちゃん。僕はそれでもいーとも思うんだー。
妹ちゃんが自由奔放に暮らしてるみたいに、僕だって、ジブンらしくしてもいーよネぇ?
縄張りに帰れば、すぐに弦にーちゃんに絡まれた妹ちゃん。
妹ちゃんを甘やかす弦にーちゃんに切れた譜にーちゃんに、それを面白可笑しく眺めるおとーと。
そんなおとーとをさらに微笑まし気に見るとーさん。
肝心の妹ちゃんは、譜にーちゃんの腹の下でお座りだよん。
……もー、僕の方が絶対に譜にーちゃんより優しいはずなのにさ、どーしてこうも、僕に懐いてくれないんだろー。
僕の家族はみんな変わり者。
とーさんは白狼の首領(トップ)で美狼(イケメン)。弦にーちゃんは将来有望でもちろん美狼。
譜にーちゃんは異狼だけどめちゃくちゃ優秀で、弦にーちゃんとは違った美狼。おとーとも優秀だし美狼だし。
妹ちゃんはものっそい美雌狼(びしょうじょ)だし。なんか弱いけど。
僕もそれなりだと思うよー? 嗅覚じゃ、きょーだいの中ではナンバーワンですぅ!
白狼の中でも変わり者一家だけど、僕はこの家族、大好きなんだー。
ねぇねぇ妹ちゃん。
鳳仙花の花は気に入ってくれた? 僕はね、あの花が本当に好きなんだ。
ねぇねぇ妹ちゃん。
いつか仲良く、なろうね。
僕はいつでも、待ってるから。
きみと2匹、薄紫の花を見たあの日がいつか、2匹の大事な思い出になったらイイなって、僕は思うんだ。
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