華麗なる獣と復讐も兼ねた日常生活 | ナノ


▼ if future:おれのとなりのあいするひとへ(リクエストNo.7)

 


 白いベッド。白い天井。
 ピッピッと小刻みに音がする点滴。
 チカチカと点滅する赤いランプに、風に揺れるカーテン。
 ほのかに匂う消毒液が独特な雰囲気を盛り立てていた。
 そこは、ただただ白い世界だった。



 その知らせを受けたのは、何気ない時間のそんな時だった。
 いつも通り彼女を探しに学内を歩きながら、今日は何を話そうかと頭を悩ませる。
 彼女の好きな向日葵の画集を手に入れたから、その話題にしようか。
 渡り廊下を目前にしたとき、後ろから大きな声が聴こえた。

「学園長っ! 待ってください!!」

 ぴたりと足を止めて、何事かと後ろを向いた。
 その時の空はもう夕暮れ間近で、水で伸ばしたような水色に混じる、燃え立つような赤とも橙ともつかないそんな色合い。
 雲もうっすらと赤みを帯びていて、緩やかに流れていた。
 息を切らしながらこちらに駆け寄る生徒たちに、落ち着くようにと声を掛けた。
 彼女らは乱れた服も気にすることなく、荒れた息のまま言葉を紡いだ。

「唄ちゃんが、珠城さんが帰ってこないんです!」
「あたしたちさっきから探してんですけど、っどこにも……!」

 詰まるように息をのんだ。
 どういうことだ? 誰が、帰ってこない?
 誰が、どこにもいない?
 じわりじわりと全身が固まっていって、血が逆流していくのを感じる。
 理解したくない。いや、理解しろ。混乱する頭を動かして、言い募る彼女らに落ち着くようにもう一度声を掛けた。
 本当は自分が一番落ち着いていないのに、よくそんなことが言えたものだと思う。
 きつく結んでいたネクタイを緩めながら、どうすればいいのか頭を悩ませた。
 唄が何も言わずにどこかに行くなんてありえない。それは2年近く一緒にいる俺だから知っているし、俺より長い時間を共にいた彼女らもわかっているだろう。
 だからこそ、心配なんだ。
 唄に何かあったんじゃないかって、何かに巻き込まれたんじゃないかって、そう考えてしまうんだ。
 何よりも規則を重んじて、真面目な唄が校則を破ることは無いだろう。あったとしても、誰かの為である可能性が高い。
 やはり、何かに巻き込まれたのか。彼女たちに指示を飛ばして俺も駆けた。
 敷地内放送を使えばもっと早いかもしれない。だけどそれは、学園内の混乱を招くだけで、もしも本当に何かに巻き込まれたのだとしたら、その首謀者にもバレてしまうだろう。
 それを防がなくてはいけない。その為には、こうして地道に走るしかないのだ。
 校舎外に出て見えた、空は赤に染まりかけていた。



 何週も回った。
 唄が行きそうな場所すべてを巡って、巡って、でもどこにもいない。
 唄の好きな図書館にも、噴水前の広場にも、つぼみのままの向日葵前にも、どこにも。
 女子生徒には寮室を見てもらったが、そこにもいなくて、男子生徒には再び校舎内を見てもらったが、やはりそこにもいなかった。
 一体どこにいるのか、無事なのか、やはり事件に巻き込まれたのではないか、そんな不安ばかりが募っていった。
 ああクソっ! どうしてこう、上手くいかない!
 好きな女一人探せない、自分の無力さに腹が立つ!
 唄と居たいがために、唄にふさわしい男になるために、憂鬱で苛立つような仕事も頑張った。
 本当はスーツなんて着たくないんだ。堅苦しくて、苦しくて、こんなもの捨ててやると、思ったこともあった。
 だけど唄が「格好いい」というから、だから着たくもないスーツを着こなして、真面目な大人を演じた。
 言葉遣いだってもっと悪いんだ。昔ヤンチャしてた名残なのか、語尾が荒くなることもあった。
 でも唄のため、唄のためと思って、改まって畏まって! いつか唄に伝えたい言葉を、あたためてきた。
 こんなとこで、諦めるかよ。
 絶対に見つけ出す。
 眺めた空は茜色で、ジャケットは脱いだままだった。

「ワオォーンッ!!」

 地を揺らすような雄叫び。
 汗を拭って捜索を再開しようとしたとき、その声は聞こえた。
 夕日の赤に照らされて、白色の毛並みがほのかに赤くなっていた。
 それは、白狼だった。

「グォンッ! ウォンッ!」

 大きな図体で、俺の前に止まる。
 その白狼の名前は響生(ひびき)。俺のパートナーだった。
 響生はどこか興奮したように鳴きながら、俺の袖口を摘まんで引っ張る。
 鋭い牙が浅く突き刺さっていて、小さな痛みを感じた。

「痛いぞ、響生。今はお前に構っている暇は、」
「グォンッ!」

 言葉の合間に大きく鳴かれた。
 響生から伝わる、いいからついて来い! というどこか怒鳴ったような思い。
 響生に導かれるまま、その背中を追った。
 砂利道、森林、その先を抜けて、辿り着いたのは中庭だった。
 特別に許可された生徒だけが来ることを認められた、白狼たちの住処。それぞれここでパートナーと呼ばれる白狼を見つけて過ごす。
 俺にとっての響生がそうであるように、だ。
 今は白狼の、響生のツガイの出産があるとかで、暫く立ち入り禁止となっていた。そういえば、ここには見回りには来ていなかったな。
 唄も確か許可をされた生徒だった。では、ここにきている可能性も? いや、それはほとんどない。
 だって彼女は、この許可をもらった後も、特別なことが無い限りここには来ていないのだから。来たことがあるとしたら、あの女が不法侵入したときに止めに来ただけだろうな。
 ズンズンと前を歩く響生の後を追いながら、辿り着いた場所は絶壁だった。

「おい、響生っ!」

 勢いをつけて響生が飛び降りた。
 この場所は、中庭の先に崖があることから立ち入りが禁止となっている。いつもなら立ち入り禁止のプレートがぶら下げられているはずだ。
 本来はフェンスをつけるところではあるが、白狼たちの住居にして縄張りであるため付けることはできなかったのだ。
 せめても、と許可された生徒以外の立ち入りを禁止して、禁止プレートもつけているんだ。
 その肝心のプレートがなくなっている。どういうことだろう。
 落ちないように、ゆっくりと崖を滑り降りた。
 そして崖の下に降り立った瞬間、突き抜けるような錆びた鉄の臭いが漂った。

「なんだこれは、ッ」

 アカ。
 それ以外に表現しようがないほどの、アカだった。
 水たまりのように広がっているそれはたぶん、血なのだろう。
 そしてその血だまりに使っているのは、学園の生徒だ。
 俺は呆けている場合ではないと、倒れている生徒に駆け寄った。
 生徒は女子生徒だった。学園指定のスカートをはいて、ブレザーもつけている。
 髪は無造作に広がって、その顔を隠していた。
 恐る恐るその髪をかき分けて顔を覗いた。
 その顔を見て、息をのんだ。

「ッ、うたっ!」

 その血だまりに浸かっていたのは、探していた唄だった。
 頭から出ているんだろう、赤い血に触れてチャプン、と水音がした。
 全身の血が引いていくような気がした。すぅーっと、何かが抜け落ちていく。
 なぜ。どうして。なにがあって。どうなっているんだ。
 くそ。クソが。怒りしかわいてこない。
 誰にって? 俺自身にだ。
 ああ、本当に、どうしていつもいつも! 血の中に浸かる唄を抱き上げた、その時の空は血だまりと同じ、燃える程の赤。
 ぽっかりと、ああ、もう何もないんだなと心が訴えてくる。
 ぎゅ、と唄を抱きしめた時、小さな呻き声が聞こえた。

「ぅ、」
「ッ唄!?」

 小さな動きとともに聞こえたその呻き声は、ああ、確かに唄のものだった。
 たぶん意識はないんだろう。でも小さなそれは、俺に大きな歓喜をもたらした。
 唄の左手を掴んで、その脈を測った。心臓の音も、息も、確かにちゃんと聞こえていた。
 ――― いきてる。
 赤く染まった唄はそれでも、ちゃんと生きているんだ。
 それを理解した途端、このままではいられなくなった。早く、早く、連れていかなければ!
 今は微かでも息をしているけど、だからと言って無事であるなんて保障はどこにもない。
 唄を抱えて走る。崖は登れない。
 だったら遠回りでも走らなければ。走れ、走れ、それしかないから、だから走れ。
 身体は軽かった。あれほど走って走って疲れていたはずなのに、腕の中にいる存在のために、どこまでも走れるような気がした。

 敷地内に設置された治療所についたのは、空が完全に暗くなり、月が顔を出した頃だった。




 広い病室にたった一つのベッド。
 白の世界の中にぽつり、切り取られたように唄は寝ていた。
 治療所に連れて行ったあと、唄は最寄りの病院へと移されていった。
 大きな病院のなかに、俺が保護者として登録したそこは、唄一人の世界だった。
 機械的な音がリズムを刻みながら、「生」を示すパラメーターが見えた。
 正常値を見せながらも、だけどこの部屋の主はまだ目覚める気配を感じなくて。その傍らで座ることしかできなかった。
 ピッピッ。そんな音に耳を澄まして、唄の手を握った。
 うた。早く起きろ。
 うた。朝だぞ。
 うた。うた。うた。起きなきゃ、なぁ、起きなきゃいけないだろう?
 眠る唄の頬を軽く撫でた。
 ぴくり。唄の瞼が動いて、ふるふると睫毛が動いていく。
 バッと顔を上げた。また小さな呻き声をあげて、唄の目が開いた。
 まだぼーっとしたような目がキョロキョロとあたりを見渡す。やがてその視線が俺に定まると、大きく目を開けた。

「がきゅ、えんちょ……っ?」

 呂律の回らない、舌足らずな声が甘く響いた。
 ――― ああ、唄だ。唄が、生きてる
 たまらず抱きしめた。ぎゅっと、強く強く、ここにちゃんといるって、生きてるって感じたかった。
 そんな俺に唄が問いかける。私は生きてるのって、小さな声で。
 ああ、生きてる。生きてるに決まってんだろ。
 ここにちゃんと、俺の腕の中で息をしてる。喋ってる。命の鼓動が、心臓が刻むリズムが届く。
 唄の手が背中に回った。弱弱しい力で抱き返される。
 肩口からじわじわと湿っていく感覚で、唄がどうなっているのかわかってしまった。くつり、笑いがもれた。
 だけど俺も唄のことはいえねぇなぁ。視界が霞んで、カラ笑いが響いた。
 きっと唄も、俺と同じだ。


 やっと泣き止んだ唄の背を撫でながら、まだ抱きしめたままの体勢で話し始めた。
 唄はちょっとぐったりとしていて、ちらりと覗いた顔は赤くなっていた。
 ……無防備だな。期待しろっていってんのか、と思いたくなる。
 唄の頭をひと撫でして、その耳元まで口を近づけた。

「なぁ、唄。俺な、今すごく後悔してることがあるんだ」

 耳が弱いのか、びくりと肩が揺れた。

「今回のことで改めて思い知ったぜ。人間いつまでも先延ばしにしてたら、駄目だよな」

 びく。びくびく。
 やっぱり耳が弱いのか。
 俺から離れようともがくけど、力が弱いからそれもできない。
 ぐっと抑え込んで逃げれないように抱きしめた。

「逃げるなよ。逃げたら、どこまでも追うからな」

 逃がすか。
 弱ってたから仕方ないかもしれねぇけど、ちょっとでも隙を見せたんだ。
 ちょろい? なんとでも言え。
 期待させたんだ。最後まで逃がさねぇよ。
 俺に落ちてしまえ。

「すきだ」

 三文字。
 この言葉を言うのに、2年以上もかけた。
 本当はもうちょっと、先の予定だったんだからな。
 だけどそれももう、やめだ。
 いついなくなるかわからないこの状況で、先延ばしなんてもうしない。
 言いたいときに言うし、伝えたいときに伝える。
 後悔も何もしたくない。

「言っておくが、ロリコンだなんだって訴えてもかまわねぇからな。俺はもう気にしねぇよ。そりゃそうだよ、世間様からみればロリコン野郎に違いはねぇ。学園の生徒に手を出した色魔だ。それでももう、なにも言えずに何時かお前がいなくなる恐怖を背負って生きてくくらいなら、今言った方が何倍もいい」

 本音だ。
 何も隠してなんかいない。
 ロリコンだって罵るなら、罵るがいい。
 セクハラでも、なんでも、言いたいことがあるならいえ。
 そんで、振るならとっとと振れ。
 繰り返し繰り返し囁いた三文字。
 ちらりとのぞいた唄の顔は、真っ赤に染まっていた。
 暫くそれを続けていると、彼女がそろそろとまた腕を伸ばして俺の背までいく。
 そしてまた、弱弱しく俺を抱き返した。

「……お前、これ、いい方に勘違いするぞ? 解かなきゃ、了承ってとるからな」

 そう聞くと、背中を抱きしめる手が強まった。
 ……くそ。可愛い。

 その後勢いに任せてベッドの方に倒れた。
 その勢いでナースコールのスイッチを押してしまって、大勢の医者に邪魔されたのは、もう怒っていない。





 検査の結果、3か月の安静が必要だと言われた唄は、その3か月の間この病室で過ごすことになった。
 何か痕が残っていないか、記憶に欠けているところがないか、その検査も3か月の間でやるらしい。
 唄の病室には、見舞いのフルーツや他の品々が並べられ、唄の希望によって学習プリントや勉強セットもある。
 入院中くらい、勉強しなくてもいいといったが、成績を下げたくないので、と申し訳なさそうに言った唄を前に、強気には出られなかった。
 その後も、何か願い事はないか聞いてみれば答えはこうだ。

「では、遅れている分の授業内容を教えてほしいです。……あと、その、話し相手に、なってください」

 だからもう、なんだかもう、くそ、可愛い。



 唄が入院している最中、例の女は多くの生徒から嫌われる羽目となった。
 一番は唄の一件だろう。唄は成績優秀者のトップ、学年1位の特待生にして、人望も厚い。
 中等部からの持ち上がり組が中心のこの学園において、中学時代の関係図は結構重要だ。
 入学時から特待の主席保持として入ってきた唄の存在は、どの学園でも有名で注目の的。
 加えて人望も良ければ容姿もいい。まあ、容姿うんぬんよりは人望のほうが有名だったが。
 平等に、対等に、相手を見る唄の評判はよく、上級生にも下級生にも、もちろん同級生にも、唄は信頼されていた。
 そんな唄をこんな目に合わせた疑いがあるのだから、あの女が嫌われるのはある意味当然にも近いがな。
 俺は教育者という立場のもと、表だって参戦することはできないし、したらしたで保護者からの苦情が面倒だ。
 それにこれは、俺だけじゃなくて唄の評判にも大きくかかわる。あくまで大人として、見なければいけない。
 といっても、支援はするがな。陰ながら、だけど。
 あと問題はあの女だけじゃない。正確には、あの女も大きくかかわっているが。
 8月の冒頭に、転入生が来た。
 あの女とは違って、性格のよさそうな真面目な生徒だ。どこか唄に似た、いわゆる優等生タイプの女子生徒。
 問題を起こしそうにない、そんな生徒で安心した。だがそれもつかの間、この女子生徒は転入早々あの女に目をつけられた。
 詳しくは知らないが、あの女が一方的に因縁をつけてきただとか。
 そのせいで色々と嫌がらせを受けているようで、困っているのだと相談された。女子生徒は唄の友人である生徒たちからも気に入られていて、話しはその生徒たちから聞いた。
 彼女らの願いもあって、どう対応すればいいか唄に相談したことがある。
 唄のクラスメイトでもあるから、唄の復帰後を考えて聞いてみたのだ。
 唄の返答といえば、

「今の私ではどうしようもないです。ですから学園長、助けてあげてください」

 お願いには勝てなかった。
 俺は本来優しい人間ではない。どちらかといえば、他人に興味なんてほとんどなく生きてきた。
 いわゆる自分主義というヤツで、優しくしたなんて過去に何回あったか。唄は別だが。
 教育者としての対応をするつもりだったが、それとやさしさとは別だ。
 あくまでも教育者としてであって、というもので。だけど、俺も悪魔じゃない。
 別に、唄のポイントを稼ごうと思ってやっているわけではないんだ。
 汚い大人でもなんとでも言いやがれ。
 きょとん、と首を傾げる唄の頭を撫でる。
 くそ、可愛い。



 9月に入って、唄はやっと退院した。
 本当は8月の中旬に退院予定だったが、怪我の様子を見て医師が伸ばしたのだ。
 唄はいま、頭を包帯で巻かれて、左手首も同様に巻かれている状態だ。
 本人は元気そうだが、正直心配で仕方がない。
 唄の調子を気にしていると、後ろから声が聴こえた。

「学園長!」
「……日向(ひゅうが)?」

 その声の主は、転入生である日向だった。
 移動の途中だったのか、教材を手に持ったまま、笑顔で駆け寄ってきた。
 少し息を切らしながら、大きな声であいさつをされた。

「先日は、本当にありがとうございました! おかげで、すごく元気です」
「そうか、よかったな。嫌がらせ、されてないか」
「はい! 本当に、学園長のおかげです! ありがとうございました!!」

 それだけを言いに来たのか、予鈴のチャイムを聴いて慌てて走っていった。
 最後に小さくお辞儀をして、笑顔で手を振ってきた。
 俺も小さく手を振り返したが、しかし最後まで唄に気が付かなかったな、と思う。
 唄はちょうど俺の背に隠れていて、見えなかったのかもしれない。
 日向を見送って、後ろを向くと、少しだけ目を丸くした。

「唄?」

 見た目は普通に見えるだろう。
 まったく変わっていないように、そう見えもするが、どこか違うような気がした。
 少しだけ頬が膨れて、眉も少しだけ寄せられている。
 なんだか、不満そうな顔で ―――
 あ。

「やきもち、か?」
「ッ! ぅえっ? ち、ちがっ、」

 ボンっと真っ赤になって、両手を胸の前で何度か振ってる。すごい動揺だ。
 耳まで真っ赤にしてるのに、違うって言われても信じられない。
 くつくつと笑うと、慌てたように首を振った。
 ああ、本当に可愛い。抱きしめたい。
 だけど学園の前だってことで、抱きしめたい衝動を我慢する。
 その代りに頭を撫でた。

「なぁ、俺が好きなのはお前だけだ、唄」

 そう耳元まで近寄って、囁いた。
 また顔を真っ赤にした唄に、自身でも満足げな表情を浮かべてみる。
 違うのだとそう繰り返しているけど、恥ずかしくどうしようもないって表情までは隠せないのだ。
 くすり、笑みが浮かぶ。強く握りしめられている唄の手に触れて、その手が俺の頬に来るように持ち上げた。
 自然と唄の顔が上がって、まだ赤みを差した表情を覗かせた。
 俺は片方の手を唄の頬に寄せて、ゆっくりとさする。

「うた」

 たった二文字。その文字に音をのせて、舌の上で軽やかに紡ぐ。
 がくえんちょう、と舌足らず言葉で相変わらずの呼び方をした唄。
 そんな唄に苦笑いを浮かべて、その耳元で小さく囁いた。

「好きだ。お前に、永遠の愛を」

 驚きに目を見開いた唄の、柔らかな風に踊る髪の隙間から大輪の花が見えた。
 どこまでも広がる青い空に包まれながら、まばゆいほどの光を放つ花。
 触れた唇から広がる暖かい感情につつまれながら、湧き出る甘く暖かい感情を隠しもしないで唄に注ぐ。
 強く握られた手と、小さな声。
 大輪の向日葵が、彼女の後ろに見えた。

 二人一緒に見上げた空は、笑って泣いてまた笑う、澄み渡った青だった。

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