華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


▼ vengeance:target quartet 03




 震える四肢を叱咤して、太陽に焦がれたアスファルトを歩く。
 木々の隙間はやけに冷たく、影は私の毛並みを黒く見せている。私の足音すら聞こえない場所で、私は耳を澄ました。

「――― この、屑野郎どもが」

 それは怒りだった。低く、アスファルトの上を這うように響く声は、確かに金城(かなしろ)委員長のもので。
 彼らを切り離し、仲間という枠組みから完全に省いた声色には侮辱と、軽蔑と、隠しもしない憎悪が込められているような気がした。
 金城委員長の言葉に誰かが反応する。それはわざとらしく、陽気に、のんきに。なんでこの場面でそんな声が出せるのか不思議なくらいの、ありえなさ。

「そんなっ、調(しらべ)くん、ひどいよっ! そんなこと言うなんて……!! みんなに謝ってっ」
「はっ、酷い? 何処が。謝れ? 何に。……むしろ俺に謝れ。貴様らの所為でどんな被害が出たと思ってる。貴様らの所為で壊された備品がいくつあると思ってる。貴様らの所為で傷ついた生徒が幾人いると思ってる。貴様らの、―――貴様の所為で二度と戻ってこなかった生徒が、どんな思いだったと思ってる。……巫山戯るのも、大概にしろ」
「金城ぉ、ちょっと言い過ぎじゃなぃ? っていうか、ナニ熱くなってんの。備品とか、買い直せばいい話じゃん? それに傷ついた生徒とか、ナニソレぇ? 全然身に覚えないんですけど」
「その通りだよ。愛美に相手にしてもらえないからって、ちょっとそれはないんじゃないかな。見苦しいよ?」

 何人もの声が聞こえる。
 全員が全員、金城委員長に対抗するようなことばかりを口にして、金城委員長に対する謝罪も、何もない。反省も、なにも。
 むしろ必要ないと、何故しなくてはいけないのかと、さも言いたげに、いや、言うように。彼らの頭のなかには、彼女に尽くすことしか考えていない。
 木々の隙間から、金城委員長の俯く姿が見えた。さっきよりは近いこの場所から見える金城委員長は、怒りなのか、また別のものなのかはわからないけど、肩を震わせ、拳を強く握っていた。
 その金の髪が、風に揺れてさざめく。俯くその顔には、黒い二つの炎が強く燃えていた。

「……技能授業含めた一般授業への欠席、体育祭練習への不参加、仕事の放棄してまでその女子生徒を囲む理由は」
「そんなの愛美を守るために決まってるだろう? 愛美は苛められていてね、僕たちが守っていてあげてたんだ」
「そーそー。愛美ちゃんってば、クラスの子らに嫌がらせ受けててさ、俺たちが守って上げなきゃ、嫌な目にあっちゃうでしょ? だから俺たち、愛美ちゃんが嫌がらせ受けないように、傷つかないように傍にいたんだ。あと、癒されるためかなぁ? 愛美ちゃんは他の子と違って、まっすぐ俺たちを見てくれるし」
「そうだね。愛美の傍は癒されるよ。ずっと、一緒にいたいくらいさ」
「みんな……。あたし、うれしいっ!! あたしも、みんなといてすごく楽しいし、大好きだよっ!」

 へぇー、苛められてたんだ。初耳だなぁ。
 ははっ、あー。凄く嫌な気持ち。
 クラスの子らに嫌がらせって、ナニ? クラスの子、A組の子が、彼女になんか嫌がらせしてたって? それはそっちのほうでしょーが。
 嫌がらせを受けてるのは優子さんだよ。傷ついていたのは優子さんだよ。
 癒されてる、ねぇ。貴方たちが癒されてるその裏側で、いつだって誰かが苦しいんだよ。いつだって誰かが悲しくて、悔しい思いをしてるんだ。
 さっきもさ、備品なら買い換えればいいって、そう言う話じゃないんだよ。あんたらが壊した備品ってのはさ、そのまんまだよ。備品っていうのは、調べればすぐだけど、つまり「官庁・会社・学校などで、業務に必要なものとして備えつけてある物品」のことなの。
 学校に備え付けてあるってことは、それは学校のものなんだよ。あんたらが金出して買い換えたって意味ない。壊し事に対する謝罪もないやつから受け取ったって、学校は好い顔しない。当たり前でしょ、そんな奴、社会に出たって最悪な奴だから。
 学校の貴重なお金でやってんだよ。確かに、ここは私立ってだけあってお金も高いから、特待生じゃない人の大半は富裕層の子供たちだ。それでも学校に集められたお金は、全て学校のために使われてる。この学校にある整えられた施設、寮、備品は、そのお金で賄われているんだ。
 そしてこの学園に集まるそのお金は、子供の親が仕事をして集めたもので、貰う給料の一部。そのお金は、会社の上に立つ親ならその下にいる従業員が支えて、一社員として働く親なら努力で得たもの。そんな、血と汗で得たって言ってもいいくらい貴重なお金で賄われた備品を、そんなあっさり。
 彼らはこの学園の教育理念を忘れてるんじゃないだろうか。
 「国際社会に通用する常識ある生徒の育成と労働する重要さを知る生徒の育成」なんて、ちょっと長いこの理念を、そのすっかすかの頭にもう一度たたき込んだ方がいい。絶対にいい。
 今の彼らは、いや前の彼らもちょっとアレだったけど、今以上に非常識でバカな集団ではなかったはず、だ。今の彼らはただの馬鹿。阿保。馬鹿。
 眉を顰める金城委員長の顔には、呆れに混じった軽蔑が混じっていた。もう駄目だ、金城委員長完全に見限ってる。

「そうか、わかった。それじゃあ今後一切仕事をしなくていい」
「はぃ? ナニソレ、どーゆーことぉ?」
「そのままの意味だ」
「そのままって、僕たちが仕事しなければ、困るだろう」
「――― ほう。ちゃんと理解してるじゃないか。そうだな、確かに困っていた。が、だからこそもう来なくていい」

 ほんと、わかってたんだね。
 彼らが仕事をしないことで、多くの人が困るって。知ってたのに、しなかったんだ。
 金城委員長の背後から現れた、少し神経質なその声。ざわりと空気が揺れて、アスファルトの上に転がった小石が軽くはじかれる。
 その声の正体は、不機嫌そうに顔を上げた。

「ッ、あっれー、演之助(えんのすけ)先輩だー。どったの、今レース中じゃないの?」
「ああ。今ちょうど会計と代わったところでな。……金城、この馬鹿共がすまないな。そしてありがとう」

 金城委員長を労うその声の持ち主は、宇緑(うろく)書記だった。
 以前よりも少し長くなった髪を揺れしながら、へらっとした顔を浮かべる相手にその目に怒りをにじませた。
 その反面、金城委員長には、申し訳なさげに眉を下げて謝っている。そこには、宇緑書記の堅実で誠実な姿勢が見えた。

「いえ、宇緑(うろく)先輩。こいつ等と同じ学年でありながら止めることさえできなかった、俺の落ち度もあります。本当にすみません」
「金城に非は無いだろう。お前はよくやった」

 少し苛ついたように目を細めながら、宇緑書記を首を振る。
 小さく頭を下げた金城委員長も、もうどうしようもねぇな、と言わんばかりに眉を顰めた。
 話をする二人の後ろ側で、落ち着きなく動く男子生徒に苛立ちが隠せないらしい。
 今になって現状がわかってきたのか、さっきから落ち着きがない。
 ちくしょう、私も苛ついてきた。

「ねーぇ、教えてよ。なんでもう来なくていいわけ? 困るんでしょ?」
「……チッ、ああそうだ困る。だから、そんなお前らは要らない」
「ッいらない、って……」
「なんだ。ああ、まさかお前ら、仕事もしてない奴を役員のままにしておくとでも思ったのか? 完全実力主義の奏宮で、役立たずはいらん。必要なのは、仕事を確実にこなすことのできる実力者だけだ。仕事をこなすこともできない不真面目な奴らを置いておくほど、この学園は甘くないんだ」

 サァー、っと彼ら、と言っても一部の顔が青くなる。
 本当の本当に、今になってこの現状に気付いたらしい。
 そんな、って、当たり前じゃないか。仕事をしない奴に、特別地区への立ち入りや物事の補助をするほどの余裕なんてないし、してやる義理もない。
 この学園には権力も、圧力もかけることはできない。いや、普通学校に権力や圧力なんてかけちゃいけないものだし、健全な生徒の育成のため、この学園は完全な実力主義を掲げている。
 実力こそがすべてのこの学園で、何の実力もないものに補助や特権を与えるなんてことほど、不必要なものはない。
 それをいまさらになって思い出すなんて、なんて馬鹿なんだろうって思うのは、きっと悪くない。あとザマァって思うのも悪くないはず。
 正直、私は彼らがどうなろうとどうだっていいのだ。いや、彼らは復讐対象の取り巻きだから、それをぶんどるという作業があるわけだけど、それを抜かすなら本当にどうだっていいんだ。
 彼らが路頭に迷おうが、学園に迷惑をかけようが、嫌われようが、どうだって。ただ、優子さんを、私の友達を傷つけることは許さない。
 ガリ、と木の根元に足をかける。誰かの焦ったような声が聞こえた。

「ちょ、ちょっとちょっと、俺ら以上に優秀な奴、いるわけないじゃん? 俺らがいなくなったら誰が仕事を……」
「ハッ、いても仕事をしない奴になんの価値があるんだ」
「金城、君ちょっと調子に乗りすぎてるんじゃないかな」
「お前がな。……ああそうだ。役員のことなら心配するなよ。生徒会含め仕事を放棄した幹部委員の後釜はすべて用意してあるし、もう動いてる。ほら、さっき宇緑先輩が言ってただろ? 会計も副会長も、他の委員だって、全部決まってんだ。だから―――」

 くしゃりと髪をあげた金城委員長が、まっすぐと前を向いた。
 そして小さく息を吐いて、告げる。

「お前らは心残りなく、消えろ」

 ざわりと揺れる空気に、その鋭い声は振り落された。
 後ろに並ぶ宇緑書記も、冷ややかな眼差しを彼らへと向けた。
 両者の視線が交わり、二人に消される。もはや彼らに、対抗するなにかもなかった。
 そんなさなか、本当に彼女は高校生なのかと疑いたくなるほど、最悪の演技で茶番が始まる。

「あのっ! みんなを許してあげてください!」
「――― 何故?」
「えっ? あ、あたしの傍にいてくれてたから、あたしのためだったんです! あたしを守るためだったんです! だからっ」
「だから許せと?」
「はいっ!!」

 うわー、と思ったのは、きっと私だけじゃない。
 彼女はどこまで、自分本位で、どこまで、自分中心なんだろう。
 宇緑書記が、深く息を吐いた。それは、自身を恨むような、そんな溜息。

「何様なんだ、君は」
「え」
「どうして、君の傍にいたから許さなければならないんだ? まるで、自分のためにしたことなんだから許せと、言っているようだ」
「え、だって、あたし―――」
「ああ、少し前の自分を絞め殺したい」

 まるで黒歴史を目の前で暴露された30代のように項垂れる宇緑書記は、忌々し気に舌打ちを打つ。
 わー、宇緑書記って舌打ちできたんだ。そんな雰囲気なかったから油断してたよ。あ、そう言えば金城委員長もさっきしてたね! そこまで苛ついていたって証拠かな。
 しっかし、思い出せば宇緑書記も1か月くらい前までは彼女側だったんだもんね。あの後、ナニがきっかけだったのか、いや多分アレがきっかけだったのか、目が覚めたらしい宇緑書記が優子さんの味方になってそんなに日は立っていない。
 まだ宇緑書記の中ではもやもやが残ってるんだろうか。いや多分残ってるなぁ。
 そこらへんの事情を知らない金城委員長はちょっと首を傾げてるけど、知ったら知ったで何かありそう。というか驚きそう。

「ッ演之助先輩だって、同じくせにぃ」
「ああ、否定しない。けど、俺はお前たちと違ってあの最中も仕事をしていたし、俺はすぐに気が付けた。そこで俺たちに向けられている、生徒たちの目を知った。……いつまでも現実を見ないお前たちと一緒にするな」

 自分の非を認め、そして受け入れ、克服した。
 今、宇緑書記がみんなに受け入れられているのは、こうした面が大きいんだと思う。
 彼の、生徒に対する誠実な姿勢が認められた。彼は生徒たちが彼らに向けている冷たい眼差しや、呆れた表情を知って、もう一度認めてもらおうと努力した。
 今回の体育祭で、彼のさっきの司会でブーイングが起こることは無かった。それはやっぱり、彼が認められた証なんだって、私を思ってる。
 いつまでも自分たちの「恋」に夢中で、周りを見もしない彼らとは違う面だ。
 彼らは苦虫を噛み潰したような顔で、宇緑書記と金城委員長を睨み付けた。
 二人はどこ吹く風とでも言わんばかりに睨み返す。そんな両者に挟まれた彼女は、思い通りにならないのがよっぽど気に食わないのか、さっきから酷い顔をしてる。
 ああでも眉が下がってるから、彼女的には困った様な弱弱しい表情をしてるつもりなのかもしれない。ただただ内面の感情が前に出ちゃっただけかも。……その醜い感情が。
 って、さっきから毒しか出てこないなぁ。よっぽど彼女が忌々しいのか、私は。いやまあ忌々しいんだけどね。

「……いいよ。僕らがいなくてもいいだよね。なら、いいじゃないか。これでやっと自由になれる。やっと、大嫌いな仕事をしなくて済むし、愛美とずっと一緒に居られる。ふふ、嬉しいなぁ」

 ピクリ、と宇緑書記が反応する。
 うわー、この人前々から思ってたけど本当に仕事嫌だったんだなぁ。学年集会のたびに嫌そうだったもんね。じゃあやめろ、っていつも思ってたことは副委員長にしか言ってないよ。
 うん。かなりオブラートに包んでたから大丈夫。ほんと、やりたくないなら他の幹部委員になりたい子に譲ればいいのにね、とか思ってないから。嘘です思ってましたー。
 なんてやってるうちに、金城委員長がもう駄目だこいつ等って顔をしながら話し始めた。

「そうか。いいたいことが済んだならさっさと消えろ。学園職員会及び理事会で3分の2以上の賛成のもと、お前たちに1週間の停学処分が下された」
「はぁっ!? 停学ぅ!?」
「義務教育でもない高校で、授業を欠席しまくった挙句なんの反省もなかったのが痛かったな。単位も絶対に足りてないだろうし、お前たち、留年じゃないのか? ま、どうでもいいが」
「金城。お前の怒りは俺にもわかるが、少し落ち着いた方が良いだろう。……文句ならば理事会に言うといい。決定を下したのはそちらなのだからな。ああ、そうそう。今から10分以内にグラウンドを出なければ不法侵入として警備員が来るから、早く出ていくといい」

 二人はあくまで淡々としながら告げた。
 彼らの顔はもう真っ青。某ホラーのブルーベリーも真っ青なくらい真っ青。
 ……あれ、ブルーベリーだっけ。高橋さんに見せてもらったけど、私ホラー苦手で目をずっとつぶってたんだよね。ただ会話からブルーベリーって、ああ、うん。今はいっか。
 何かを言いたげな彼らを睨みつつ、二人は静かに出ていくことを進める。
 そこで、何を思ったのか急にハッとした彼女は、これまた急ににやけ出したかと思うと、ぶるぶると震えはじめた。
 そしてか細い声、っていうか裏声を出しながら、行こうよと彼らに促している。
 どうやらひ弱で健気な自分を演出しようとしているらしい。うわ諦め悪い。そしてごめん、笑ってしまったよ。わふぅ、なんて声でちゃった。
 だってさ、顔ニヤついてんだもん。隠し切れないニヤつきがあるんだもん。
 彼らは眉を下げながら、彼女を励ますように甘い言葉をかけていく。そして出ていく前に宇緑書記と金城委員長を睨み付けた。

「覚えてなよ」

 って、どこの悪役捨て台詞かっこ笑いかっこ閉じとか思いましたすみません。
 だってそれ、次の回で倒されちゃう雑魚キャラの台詞じゃないか。もう、なに。ゲームなのかここは。
 ゲームとか漫画とか、ドラマみたいなことが起こりまくりだね。前にクラスメイトの城戸(きど)さんが見せてくれた、二次創作でこんなのがあった気がするけど、まさかね。
 現実にあったら怖いよ、こんなこと。それに、アレは二次系、あれ、二次系だっけ、いや二次元だったっけ、どっちだか忘れたけど、その世界だけでいいよ。
 というか、何を覚えてればいいのかな。彼らの無様な姿を? 反省もしない態度を? あまりの馬鹿っぷりを? どれだろう。ありすぎてわかんない。
 ピンク色の髪の毛を揺らしながら走り去る彼女の後姿を眺めながら、どこからで転べ! と強く念じる。そんで崖から落ちろ!!

「っはー。ああもう、むしゃくしゃする」
「同感だ。あの中に自分がいたことなど、忘れ去りたいな」
「……さっきから思っていたのですが、宇緑先輩っていつまであそこに加わっていたんですか?」
「ん? ああ。忌々しいことについ1か月前でな。俺は奴らほど溺れていなかったが、1回か2回くらいはサボタージュしたな。本当に恥ずかしい」
「サボタージュ、って。サボった、とか軽いのでなく?」
「フランス語の方の意味だ。あの時は風紀にも多大なる迷惑をかけてしまったな。本当にすまない」

 彼女を心中で呪い殺していると、金城委員長と宇緑書記はなにやら話を始めているようだった。
 ああ、宇緑先輩。あれって宇緑先輩の黒歴史的なアレになってるんですね。声色がすごく悔し気で、すごく恥ずかしいって気持ちであふれてる。
 なんか優子さんを邪険に扱ってたからねー。弦(ゆづる)兄さんに怒られて、一度は認識を改めて。で、優子さんと話をしてからはずいぶんと変わったみたいだけど。
 えーと、君のことを守る! 的な発言しなかったっけ。なんか記憶あやふやだけど、確かそんな感じだったよーな。
 サボタージュ云々で死んだ目をする宇緑書記にドン引きしている金城委員長は、全然気にしてませんよ、と引き攣った声で答えた。超気にしてるじゃないですかー! ですよねー!
 しかも、サボった、てへ、なんて軽いものじゃなくて、フランス語の方の意味なわけだから、木靴はいて機械壊しちゃう的なアレなわけで。ちょ、宇緑書記ナニ壊したんですか。

「俺は備品に関しては関与していないはずだが、未然に防げなかったのも責任に問われるはず。校則で定められた罰則は勿論、特例の罰則も受ける所存だ。遠慮なく、罰してくれ」
「いやー、宇緑先輩の処罰に関しては、仕事の遅れも不備もないし態度も良好、授業への欠席は2回のみで、その分の補習もちゃんと受けていますので、風紀はもちろん学園側からも何もありません。あるとしても、先週渡された課題だけだと思います。それにその後の態度にも問題はないし、むしろ他の委員会にも謝罪に行ったりしてましたよね? あれもあって、他の幹部委員は貴方の事を恨んでるとか、そういうの無いんです。だから、宇緑先輩が気にすることなんて何もないと思うんですよね。それと、日向(ひゅうが)さんとも和解済みだったと思うのですが……」
「……ああ。日向からは許しを得ている。が、彼女を傷つけたことに変わりはないから、これからも贖罪は続けていくつもりだ」

 軽く息を吐きながら、宇緑書記が答える。
 少し困り顔で笑う金城委員長の言葉には、私も何度も頷いた。
 そりゃあ、確かに欠席したり備品以外のナニカを壊しちゃったらしいけど、金城委員長が言うように謝りに行ったり、態度もしっかりしてたりして、宇緑書記はちゃんと償ってるわけだ。
 改心する、っていうとなんか変な気がするけど、そうなるまでにしたことは確かに悪いことだと思う。やっぱり無断欠席するのはちょっとアレだとも思うし、ナニカを壊してしまうこともいけないことだとも思う。都合よすぎじゃない? って誰かに思われるかもしれないけど、それでもいい。
 宇緑書記は誠心誠意謝ったし、起こしたことを恥じて後悔してるし、それによって学んだことをいかして贖罪もしてる。私は彼がしたことのすべてを知っているわけではないけど、さっきの馬鹿共よりははるかにマシだと思ってる。
 どこか覚悟を決めたような雰囲気を醸し出している宇緑書記に、金城委員長は感心したようなまなざしを向けていた。……そう言えば金城委員長も【優子さんに贖罪し隊】のメンバーだっけ。いや今作ったけど。
 たぶん優子さんに流れた取り巻きのひとたちはみんなこの隊に入ってると思うんだよねー。絶対に何かしら贖罪してるよね。代表的なのは宇緑書記だけど。
 最近新たに加わった金城委員長はまだないけど、これから何かしてくれるんだろうか。
 できれば彼女の前で堂々と優子さん派宣言をして欲しいものだ。絶対に彼女傷つくから。
 あ、やっぱり私のスーパーウルトラキックによって地面に倒れ伏した彼女をあざ笑ってほしい。もしくは転んだ彼女をほっぽいて優子さんをちやほやしてほしい。結構な精神的ダメージになるね!!
 どんなことをして欲しいのか、考えながらわふわふ、と息を吐いていると、ザク、と誰かが近づく音がした。
 あれ、譜(つぐ)兄さん戻ってきた? と私にさした大きな影を見上げると―――

「なんだかさっきからわふわふ聞こえると思ったら、お前だったのか、うた」

 宇緑書記だった。
 実際に会うのは久し振りだったけど、前より長くなった髪を両サイドに垂らしながら私に微笑みかける。
 今日はどうした、と薄く笑いながら、他の生徒に見えないように私を抱えた。ちょいちょい、重くなったとか言わないでください。これでも【れでぃ】なんですよ。
 あと、なんで私が居るってわかったんですか! と聞きたかったけど、パートナー以外とは会話ができないことを思い出した。くそう残念だ。
 顔を顰めていると、まあ傍から見れば変わってないけど、いやー、体育祭見に来たんですよー、と目で訴える。すると、ん? と宇緑書記が首を傾げた。
 ……うわー、イケメンって何をしてもイケメン。さっさと優子さんちやほやして彼女に制裁を!

「宇緑先輩、どうしたんですか?」
「ああ、いや。この仔がな」
「え? って、白狼の仔じゃないですか! この仔は、確か日向の……」

 はい! うたですー、と顔を出す。
 宇緑書記の行動につられてこっちに来たらしい金城委員長を見るのは、たぶん今月の冒頭振りだ。
 優子さんに披露した華麗なる土下座が頭を離れないけど、とりあえず、こんにちわ! 金城委員長。
 さっきは凄く良いこと言いましたね! もっと言えって思いましたよ! ああそうだ唱(しょう)さんは元気ですか! まあ聞こえてないですよね!!
 なんて遊びながら、片手をあげた。音をつけるなら、サッ、って感じで。よくやる、よう! 元気だったか、みたいなノリだ。

「なんだ金城、知っていたのか」
「あ、ああ、その、日向は俺の担当なので……」

 そうだねー。暫くほったらかしにしてたけど。

「そうか、お前だったのか。ならしばらくは安心だな」

 俺はこれから忙しくなるからな、と言いながら私の肉を摘まむのやめてください。
 毛並を撫でるゴッドハンドに身を任せ、ごほん、激しく抵抗しながら、何かあったんですか? と聞く金城委員長に全力で同意する。
 これから忙しくなる、とはどういうことだろう。まあ3年生だから、受験とかそういう諸々のことかもしれない。宇緑書記の家がどんな感じだったかは覚えていないが、たしか外資系だったような気がするような違うような、よくわからない。
 でも一般家庭よりは裕福であることは確かだ。と言ってもまあ、学力特待生を抜かして主席を張るだけあって宇緑書記の頭は良い。家が裕福かどうかなんて関係なく、どこぞの大手企業に就職したりするのも難しくはないだろう。というか引っ張りだこだろう。
 金城委員長が今主席を張る第2学年も、1位2位を一般生である金城委員長と生徒会長が独占していることもあって学力特待生は3人のみで、通常の特別区域を与えられる上位2名というのを上位4名まで広げなければ学力特待生に対する褒賞が足りない、らしい。
 噂によると、金城委員長たちが中等部の1年と高等部の1年の時は通常の褒賞だったらしいけど、中等部時の学力特待生5人のうち4人がついて行けず退学、または転校してるし、高等部で買いってきた3人の特待生のうち1人が2人に振り落されて泣く泣くの留学、とか聞いたなぁ。まあ、あくまで噂だろうけど。
 私立の競争率怖い、って思ったね。私は毎日の3時間勉強のおかげでキープできたけど、それをしてなかったら今頃この学園にもいなかったかもしれない。そこまで行くと死んでなかったかもしれない、ってとこまでいくけど、まあそれはいい。
 さっきから私の頬を突く宇緑書記を蹴りながら、もちろん足は届いていないけど、さっさと降ろせと念じる。

「これから新生徒会が始動するからな。俺も新しい初期にバトンを渡すためにつきっきりで面倒を見ることにしたんだ。……まあ、生徒会長はアイツのままだから、その分の負担は減るが」
「ッ生徒会長は、奴のままなんですか!?」
「ああ。アイツは仕事を怠っていたわけではなかったし、備品を壊したこともない。授業への出席は体調不良で欠席がちだったが、それもすべて医師の診断が出ているから無断というわけでもないし」
「だから、そのまま、と?」
「アイツも内心では嫌がっているようなところもあった。ただ―――」

 宇緑書記は言葉を止めると、怪訝そうに眉を顰めながら前を向く。
 生徒会長はそのままなんだなー、とか思いながら、そういえば生徒会長は、と考えて頭を振る。
 金城委員長も首を傾げる中、宇緑書記は口を開ける。


【――― これより、第3学年男子紅白リレーを始めます! リレー選手は東門に集合してください】

 響くアナウンス。
 その次の瞬間、私はいとも簡単に地面に降りることができた。顔面から。

 まだ続く、不思議なほど熱い秋の日。


 

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