華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


▼ vengeance:target quartet 01



「おはよう、うた」
『おはよう! 優子さん』

 誘拐されてかーらーの、話せるようになってかーらーの、お説教かーらーの、1週間後。
 あの日あの後、怒りに燃え上がる兄さんたちからこっぴどく叱られ、さらには窒息死寸前まで潰されてから今日でぴったり7日目になるけれど、挨拶を返した私に優子さんはまだ困惑気味だ。
 どうやら喋る子白狼に慣れないらしい。そりゃそうだろう。いきなり喋りはじめた動物にすぐさま応じることができる人間がいたとしたら、その子は天性のコミュニストだ。ギタリストとかそう言うニュアンスの、ひととコミュニケーションをとるために生まれた、そんな感じの人間だろう。
 才能ある人がそのために生まれたといわれるように、人と話すことが楽しく、言葉を交わすことに喜びを感じ、どんなことでも対話することが自体が大好きな人だ。悪い言い方をするなら、コミュニケーション狂い。
 とにかく生まれ持ったコミュニケーションスペックがハンパないのだ。
 もうその場の空間に本当の空気のように自然に同化できちゃうすごい人だよ。たぶん一生人間関係には困らないね。
 ちなみに優子さんはというと、コミュニケーション能力に不足しているわけじゃないけど長けてるってわけでもない、つまり程よい普通である。今だから言うけれど、優子さんがとんでもないコミュ力を持っていたらおそらく今の現状はありえない。
 持ち前のコミュ力を駆使して気づけばクラスに馴染んでいた月見里(やまなし)くんを思い出す。副委員長には「空気そのもの」なんて言われて涙目だったけど、そんなことないよ月見里くん! 凄い能力だと思ってたよ!
 そんな月見里くん並のコミュ力と順応力を持っていれば起こることはほぼないだろう、彼女と優子さんの意味不明な衝突。まああったとしても彼女相手だから結局はぶつかっちゃうのかもしれないけど、無いよりましだったに違いない。
 優子さんを貶しているわけではないけど、むしろ優子さんは平均より良いほうだけど、相手が悪すぎたのだ。途中で話をさえぎったり、なんか話を作っちゃったり、自分の中で自己完結しちゃったりしてる彼女が相手でさえなければ、大丈夫だったろうに。
 もう彼女を恨むほかない。いやまあ恨んでるんだけど。
 私のように曲がらず、まっすぐ将来を見据えてる優子さんは天使だ。いや、私はもとから可笑しかったから当然っちゃあ当然なのかな? ……それでも解せぬ。
 たぶんだけど、あの時死ななかったらここまで復讐に走ることは、こと、は、なかっ、た、と思います、ん。
 ま、まあ私の話はいいとして、優子さんにはこのまままっすぐ育ってほしいものだ。復讐とかは、私が優子さんの分もやればいい話なのだ。
 ここで優子さんを巻き込んでも良いことが無いって、いうか、たぶん優子さんにできることはない。学生時代っていうのは、どの人にとっても大事な時期なんだ。そんな時期に優子さんが復讐に割ける時間なんて微々たるものだし、それに私は優子さんを復讐に走らせるつもりはない。
 というか、優子さんが復讐をしたとして、それはきっと大きくて大々的なものになるだろう。そんなことをすれば、誰が復讐をしたかなんてはっきりわかってしまう。
 それじゃあ駄目なんだ。誰が犯人かわからない、けどずっと続く変なこと、嫌だ、怖い、って気分にならなきゃ、意味がないんだ。
 まあ他のひとはそれじゃあすっきりできないかもしれないけど、私がうけてきた1か月分の嫌がらせを一瞬で終わらせるつもりはない。どうせなら最後まで怯えていてほしい。そう思うのは、私が可笑しいからなんだろうか。

「うた、いよいよだね」
『いよいよ?』
「体育祭だよー。昨日は宝探し、楽しかったなぁ」

 ニコニコとしている優子さん。部屋だと小さな声なのに、何故か白狼の縄張りでは大きくなるのは、安心するからかな? ほら、傍から見ると動物に話しかけてる不思議ちゃんだからね!
 部屋でもやっぱり気になるのかな、と考えつつ、心底楽しそうな表情をしている優子さんに相槌を打つ。昨日の宝探し、本当に楽しかったんだなぁ。

 奏宮学園では毎年体育祭前日に宝探しなるものがある。
 1年生の歓迎会的なニュアンスを併せ持つ前夜祭っぽい奴だけど、文字通り宝探しで、上級生が隠した宝という名の問題を解きながら、本当の宝を探すゲームだ。
 これは頭脳とか諸々を試される、本当に歓迎会なの? と新入生が毎年疑問に思うほどのド鬼畜ゲームで、新入生たちはもの凄く疲れた感じで体育祭の日を迎える。
 一般の学校からしたら可笑しいとしか言いようのないこの宝探しは、外部からきた優子さんも最初は首をひねってたけど、終わったら終わったで楽しそうにニコニコ笑っていた。
 優子さんスゲェ、と思ったのは言うまでもないけど、本当に一体何が楽しかったんだろう。難問? 難問が楽しかったの? 応えて優子さん!
 なんて考えているうちに、優子さんは時間になった様だ。そろそろ行くねー、と笑顔で言って手を振っていた。

『いってらっしゃーい!!』

 あ、そう言えば、今年の紅白団長って誰なんだろう。



******

 毎年毎年盛り上がるのはわかるけど、なんでここまで盛り上がっちゃうのかわからない、それが体育祭。だって言うことはわかるんだけど、ねぇ。
 うすうすわかっていたけど、見れないんですね!!

『見たい……』
『うぅむ、我が愛する娘よ、今回ばかりはその願い、叶えてやれぬのだ。許してくれ』

 申し訳なさそうに項垂れるおとうさん。ううん、わかってたから。
 そうだよね。白狼が堂々と観戦するどころか陰ながら見ることも無理だよね。
 この真っ白な身体が隠せるはずがなかった。見る気満々だった私としては少し、いやかなり残念だけど、あとで優子さんに詳しく聞こう。そうしよう。
 でもやっぱり悔しいぃいいい。
 見たかった。走ってる優子さんとか、久し振りに高橋さんとか千鳥さん、副委員長の姿も見たかった。
 あとついでに、こちら側の人間というか優子さん側にする予定のイケメンたちも見たかった。ほんとに、本当に悔しいよ。

『妹ちゃーん! 僕と狩りの練習しま、グハッ』
『おっと気づかなかった。……イモウト、これから狩りの練習に行くぞ。さっさと支度しろ』
『ちょお! 譜(つぐ)にーちゃん、妹ちゃんの練習は僕が見るヨー!』
『ハッ』
『え!? 鼻でわらった!?』

 ぐわしっ、と私を鷲掴み、いや鷲咥え? したのは譜兄さんで。
 甘噛みながらもしっかりとくわえられた私は、プラーンと揺れた状態でじっとしている。
 ギャイギャイと言い争っている2匹の後ろには、ダルそうに寝そべっている我が弟、実際は兄の鳴(めい)がいた。あれ、なんか面白がってる?
 微妙に楽しそうな表情をしている鳴は、今日一日は何もしないぞ! とでも言いたげにフンッと鼻で笑った。ニートか。いや白狼にニートっていいの? あれ、今思ったけど白狼って実はニートじゃない? 普段は動かずにジッとしてるし、え、あれ?

『親父、イモウトの教育は俺に任せるっつったよなァ?』
『ああ。うたの白狼としての教育は、兄であり狩りの巧いお前に一任する。同じ毛並み(・・・)を持つ兄として、妹の教育は完璧にせよ』
『リョーカイ。……おら、聞いたろ。親父も俺に任せるって言ってんだ。お前はすっこんでな』
『うぐぐぐぐ』

 白狼はニート、ニートは白狼、なんて考えを繰り返しているうちに、兄さんたちの話は進んでいた。
 おとうさんの言う同じ毛並みっていうのは、おかあさんから引き継いだ内巻きの毛並みっていうことなんだろうか。とりあえずそういう意味だと受け止めておく。
 気づかぬ間に私の教育方針が決まり、そして教育担当が譜兄さんだということがサラッと判明し、ものすごく悔しそうな唸り声を出しながら地に伏せる律(りつ)兄さんを見つめる。
 正直に言おう。
 律兄さんじゃなくてよかった!!
 いや本当、悪い意味とか嫌悪感があるわけじゃなくて、ただいまだに慣れないっていうか、その、律兄さんの凶悪な笑い方に慣れないっていうか!
 あの、ニヤッ、っていうか、鋭い牙が見え隠れするあの口元がいまだに怖くて! そう言う理由ですごめんなさいっ。
 とにかく、嫌いなわけではないけど律兄さんじゃなくてよかった。譜兄さんなら、たぶんスパルタだろうけど怖くない、と言ったら嘘になるけど、律兄さんよりはましだ。
 譜兄さんでよかった! という気持ちを込めて譜兄さんを見つめる。

『ンあ? ……チッ』
『譜兄さん?』
『静かにしてろ。……いいか。ちょっとだけだからな』
『うん? 何が?』
『チッ! ……ぃく……んだろ』
『え?』
『ッだから! 体育祭、見てぇんだろ? ちょっとだけ、見せに連れてってやる』

 え? 見せにって、え?
 【体育祭】って、えぇ? そんな、まさか、と思って譜兄さんを見る。
 ちょっとだけ居心地悪そうにそっぽを向く譜兄さんに、私の耳がいかれていないことを理解する。
 それじゃあ、本当に、本当に、譜兄さんは。

『連れていってくれるの!?』
『バッ、声がデケェっつーか、俺以外にも向いてんだよ!』
『うた? どうした?』
『なんでもねェよ! ……おらイモウト! さっさと行くぞ!!』

 嬉しさに舞い上がっている私を咥えなおすと、さっそうと走り抜けた譜兄さん。
 うそ、嬉しい。うれしい、うれしい、嬉しいっ!!
 私の毛並みを撫で上げる風が、私を包み込む譜兄さんのぬくもりが、いつも以上に気持ちよく感じられた。それは嬉しさゆえか、それとも今日という日が良い日だったからか。
 涼やかなモミジ色が一面に広がる。落ち葉が絨毯のように広がる森のなかで、譜兄さんの毛色はまばゆいくらいの白に見えた。それはきっと、私も。
 この一面赤の景色で、私たちの白は目立つ。普段だったらもっといろんな感想を持ったかもしれないけど、嬉しさとかで興奮状態の私には感想を述べる暇なんてなかった。
 とにかく、嬉しかった。体育祭が見れるってこともそうだけど、それ以上に嬉しかったのは、譜兄さんが私のために何かをしてくれるということ。
 私、嫌われてるんだと思ってた。そうじゃなくても、あまり好感は持たれてなかったって、そう考えてた。
 だって譜兄さん、私がいるとちょっと迷惑そうに表情を歪ませるし、私がじゃれつこうとすると投げ飛ばすんだ。でもそれが私は好きだった。……アレこれ文面だけみるとドMだね。
 私の兄弟の中で、たぶん私のことを一番にわかっているのは譜兄さんだと思う。もちろん、弦(ゆづる)にいさんや律兄さん、鳴が私のことをわかってない、とは思っていない。
 ただ、この兄弟のうちで私のことを本当に意味でわかっているのは、譜兄さんだ。譜兄さんは、私が面倒くさがりやで、そして甘えたで、諦めが早くて、白狼らしくないってことをちゃんと知ってる。知っているうえで私を叱責し、厳しく接している。
 別にやらなくてもいいと、そんなことしなくてもいいと、私を甘やかしてくれる弦兄さんたちが嫌いなわけじゃあない。当たり前だ。大好きな兄弟たちだよ。
 けど譜兄さんは、ちょっとだけ特別。きっと譜兄さんは、いろいろ知ってて、そのうえで私を立派な白狼にしようとしてくれてる。わかってるんだ。いつまでも兄弟仲良しこよしじゃいられないって。
 いつか私も、譜兄さんたちもバラバラになって、1匹で生きていかなきゃいけないんだってことを知ってる。だから譜兄さんは私に厳しいし、何事もスパルタで行う。
 なんだかんだ言いながら、譜兄さんも私には甘いんだ。だって全部、結局は私のためなんだもの。

『譜兄さん、ありがとう』
『……チッ。訓練が終わってからだぞ』
『うんっ』

 気持ち的にはにへらっと笑いながら、どんと構える譜兄さんに何度もうなずいた。
 訓練、そうだ訓練だ。
 この1週間のうちで、私は”訓練”というものを知った。それは白狼が白狼として生きる上で大事なことを知る、要する勉強で。
 狩りの仕方から縄張りの作り方、自分よりも大きな個体に出会った時の対処法に、パートナーというもののあり方についてなどなど、それはもう詳しく、耳に胼胝ができそうなくらい教え込まれる。
 それは私たちが1匹立ちして、1匹でもちゃんと生きれるようにするための、大事なものだ。本当は生後1か月から始めるらしいけど、私は意志の疎通ができなかったから今ようやくはじめられた。
 譜兄さんや他の兄弟がやけに大人びてるわけじゃなくて、私がいわゆる子供っぽいというか遅れてただけの話で、他の仔白狼たちも譜兄さんたちと同じくらいなんだそうだ。
 ……てっきり自分が雌だからこれくらいかな、とか思ってたけど、雌でももうちょっと大きいって知ったときは開いた口がふさがらなかったよ。
 アレだよアレ。身体は横に大きく成長するのに、縦には成長してくれないと嘆きたくなった。
 そういえば、前世の体型も……
 くそう、考えるのやめよ。

『おら、まずは駆けることから。こっからあの大樹まで10往復な』
『じゅうおうふくっ!?』
『ったりめーだろ。オラオラオラ、さっさとやる!』

 き、鬼畜だ!
 このぷにんぷにんボディでいきなり10往復! アレ、昨日までの訓練って最低3往復だったよね?
 譜兄さん昨日まで甘かったじゃん、と言いたいところを、ぐっと飲み込む。
 ここで食い下がれば、待っているのは上乗せされた訓練内容だけだ。これ以上の訓練は無理、本当に無理。
 白狼の長・響生の娘、うた。いっきまーすっ!!

『いきますっ』
『おう』

 四肢に力をいれ、落ち葉を強く踏みしめる。
 素早く走れるように体勢を低くし、頭を少しだけ丸めた。
 ざわっと風が吹いた瞬間、前足を力強く動かした。

―――気持ち良い

 何の迷いもなく動く四肢が不思議で、自然と空気抵抗を弱める体勢にも違和感があるはずなのに、変なのに、この毛並みを、私を撫で上げる風が気持ち良い。
 この身体が、迷いなく前へと進み、目的地へと全力で辿り着こうと必死になっているのがわかる。これはおそらく、私の意識の変化がもたらした結果だ。
 もう自分は白狼だと、本当に認めたから、この身体は本当の意味で私のものになったんだ。自由自在に動き、落ち葉を踏み鳴らし駆ける。
 景色がやけに鮮やかに過ぎ去っていく。
 ああ、最高だ。これが、これが白狼が見る景色、世界。
 こんなにも鮮やかで、こんなにも愛おしいのか。
 駆ける速度が自然と上がる。目的地まで後少し―――

『あッ、バカ! 前を見ッ』
『へあ?』

 譜兄さんの言葉が耳に届いた瞬間、私の顔面に強烈な痛みが走った。例えるなら、そう、箪笥の角に小指をぶつけた痛みの顔バージョン。
 つまり、ありえないほど痛い。前世じゃ見れなかった三途の川が見えた。
 ッ譜兄さん! と落ち葉の上でのたうち回りながら兄を呼ぶ。すみません、めっちゃ痛いです。

『こンの、バカ! 本当にバカ!』
『あぅ、痛いお言葉です……』

 ほんと、心身ともに痛いですよ、その言葉。
 さっきまで調子のって、今ならイケる! 的な雰囲気が一瞬でギャグへと変化した。くそう、痛い。
 あうあう、と自分の不甲斐なさに嘆いていると、譜兄さんに鋭い踏みつけを喰らう。こ、これ以上のダメージはッ

『バカ、究極のバカ。脳筋の黒狼並みにバカ』
『返す言葉もありません』
『っはー。もっかい』
『……はい?』
『もっかいヤレ。まさか、ぶつかって痛いからって休めるとでも思ったのか? このスットコドッコイ』
『すっとこ? ……いや、はい』

 ですよねー、と踏みつけられたまま返事をする。
 スットコドッコイってナニ、と聞く前に睨みつけられ、乱暴に立たされる。教育はスパルタ方式な譜兄さんに休憩の二文字はない。
 踏みつけられたことによって痛みがプラスされた身体を軽く動かしつつ、余所見とか考えとかしないで走ろう、と自分に固く誓う。もうこんな痛みを体験するのは嫌だ。
 1往復の半分が終わっているので、ここからさっきの出発地点まで戻る。これをあと1セット9回繰り返して終わりだ。
 もう一度低い体勢をとって構えた。なんかお腹あたりがちくちくするけど、あ、我慢ですねわかりました!
 譜兄さんの睨み付けハンパない、とか思ってません、ハイ。

******



『もう、走れないです……っ』
『はン。本来ならここで終わらす気はねぇが、まあ今日はこれで許してやる。……明日はもっとやるからな』
『うぅっ、はい』

 兄よ、妹に一体何を求めているの……
 私を軍人、いや軍用犬にでもしたいのですか、譜兄さん。
 世の中の雌白狼はこんな厳しい訓練を受けているのだろうか。なんかおとうさんの話によると、雌の白狼は珍しいから、それこそ箱入り娘状態で育てるらしいのに、私違くない?
 明らかに他の兄弟同様厳しく育てられてない? アレかな。私には一生を共にする伴侶など現れないかもしれないから、せめて鍛えて生きれるようにしてやろ、みたいな?
 悲しい!!
 いやもしかしたら本当にできないかもしれないけど、もう悟ってるなんて……。っだけど、お転婆のおかあさんもおとうさんみたいな立派な白狼のツガイになったじゃない。
 こんな私でも良い、なんて白狼が出てくるかもしれない。可能性はかなり低いけども!
 訓練の激しさに遠い目でいると、そんな私の首根っこをおもむろに加える譜兄さん。
 え、なになに、どこいくんですか?

『譜兄さん、どこいくんですか?』
『どこってお前、見に行くんだろうが』
『え?』
『お前なァ。……体育祭。見に行くんだろ? まだ昼過ぎだし、午後の種目が始まってるだろーケド、ちゃんとやってるだろ』

 たいいくさい。ああ、体育祭か!!
 そうだ。訓練のことで頭がいっぱいだったから忘れてたけど、そうだった。体育祭見に行くんだった。
 ぶらぶら揺れてる状態で、嬉しさを噛みしめた。ちゃんと約束を守る譜兄さん、大好きだ!!

 タッタッタッと軽いステップで譜兄さんが駆ける。
 私を咥えた状態だからか、落とさないように気を付けているのか、あまり揺らさないで駆ける譜兄さんは、目的地が見えてきたのか小さい声で「もうすぐだ」と囁いた。
 確かに、小さいながらも声が聞こえる。でも耳を澄まさなきゃよく聞こえないのに、さすが譜兄さん。こんな小さな声も聞こえるんだなぁ、と感心した。
 訓練による成果なのか、生まれ持ったものなのか、譜兄さんだけじゃなくて他の兄さんたちや鳴にも一つ一つ特筆するものがあった。
 律兄さんだったら嗅覚。どんな薄い匂いでも嗅ぎ分ける能力は本当にすごい。前に私が迷子になった時は匂いをもとに頑張って探したと言っていた。
 弦兄さんは高い身体能力。どんな岩場も、足場の悪いところでも、高い場所からも、素早く駆けて動ける。黒狼とは違う、しなやかな動きは白狼特有だ。
 譜兄さんは聴覚。小さな声すら細部まで聞き分けて判断できる。さらには、一気に10人くらいが話しても聞き分けて記憶する、どこの聖徳太子、と言いたくなることもできるんだ。
 弟の鳴は視覚。目があまりよくない白狼の中では珍しい、人間よりも視覚が発達した鳴は遠くの様子がくっきり見えるらしい。縄張りから校舎の硝子が見える程だから、相当だ。
 そんな兄弟を持つ私はどうなんだ、というと、実際のところよくわからない。というか、無いかもしれない。
 もしかしたらまだ表れてないだけで、実はあったりするのかもしれないけど、私が考えうる白狼というか犬が持つ力ってのは兄弟たちで全部出てるわけで。
 これ以上何があるの? というかこれ以上にあるってすごくない? ファンタジー? 的な気持ちも持ち合わせている。
 なんていうか、うまく表現できないけど、つまるところ複雑な気持ちだ。
 実際にあったらあったで、たぶん微妙な気持ちになるんだろう。いや、本当にそうなるかはわからないけど。

『あ、やっべ』
『はい?』

 自分についてうじうじ考えていると、身体が強く揺れる。
 あれ、コレって前にもあったような……

『わりぃ』

 アレ、世界が真逆になってる。ハハハ、おっかしいなぁ。
 なんて、つまり譜兄さんが私を放り投げたんですよねわかります。わかりたくないけども!
 ぐるんぐるんと回る景色は美しいとかそんなものじゃなくて。目の前に迫るなんか茶色いものに、私は嫌な予感が的中したことに冷や汗が垂れた。
 これはまさか、フラグっ

『あぅあっ』
『……アー、マジでわりぃ』

 本日2度目の顔面直撃。
 ザラザラした感触に、私の柔らかい腹を圧迫する痛み。
 箪笥の角に顔をぶつけただけじゃすまない痛みに、一瞬だけ意識が跳びそうになった。
 頭がくらくらする。体育祭の盛り上がる声や譜兄さんの声も聞こえるけど、今は痛みに支配された脳内に、それは無意味なわけで。
 アレェ、なんかお花畑が見えるなぁ。
 あっ、あの内巻きの毛並みに真っ白な毛並みの白狼、ま、まさか、おかあさん!?
 おかあさーん!!


「おお! 御子紫(みこしば)の奴、日向を姫抱っこしてるー!!」

 なんだって!?

 あっちの世界へといざなう心地いいナニカは、その一言で吹っ飛んだ。な、なんだってー!!


 

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