華麗なる獣の復讐も兼ねた傍観生活 | ナノ


▼ vengeance:target brown 02



 わ、私だれと喋ってるんですかね?

『はぁ? 俺だろ』

 ははー、ですよね!

 わお、こりゃ驚いた。
 初めてのお喋りは誘拐犯相手なんて、はは、え、うん、ははは……
 いきなりすぎじゃないですか、神様。


******


 最後の一口を口に含んで、ごくん、と飲み込む。
 意外と世話焼きだったふつさんは、私の口の周りについた食べかす丁寧に舐め上げると、もう腹いっぱいか、と聞いくる。
 あ、はい。お腹いっぱいです!
 慌てて返せば、そうか、とひとことだけ呟いて、再び伏せの体勢になったふつさん。
 さっきと違うのは、私と離れた位置にいるんじゃなくて、ちょっと近いところに居ること。傍にゴロンと寝っ転がったふつさんは、ふんふんと鼻歌を歌いながら微睡んでいた。
 ごめん、ついていけない。

 よし、まずは整理しよう。私に今、一体何が起きているのか。そう、私はいま、名前しか知らない灰赤目の白狼・ふつさんと会話をしている。つまり意志疎通だ。
 あれ、この時点でわけがわからなくなってきたぞ? つまりどういうことだ。会話してるってか。そうですか。うん、わからない。
 ちょっと前までできなかったじゃん。できるようになりたいなー、って思って終わってたじゃないですか。
 どうしたらできるかなー、って悩んでたり、景色について一人感傷というかシリアスかっこ笑いかっことじな雰囲気に浸っていたのに、腹ペコが頂点に達した瞬間に意思疎通ができるようになるとか、それどういうキセキ?
 自分の覚悟がどーたらこーたらやってる間にあっという間に意志疎通ができるようになっちゃったよ。なんなの、ちょっと恥ずかしくなってきたじゃないか。
 実はこれ神様の気まぐれなんじゃないか、全て。いや本当にそんな気がしてきた。だって、今までいろんなことがそうだった。
 私が死ぬことはともかく、獣に転生したり、意思疎通ができなかったり、それら全部が気まぐれなんじゃないかな、ってそう思ってしまう。こうやって私が驚いていることとかも、神様にはすべてお見通しで、計算上で、その手のひらで転がされているのかもしれない。
 そしてもしかしたら、神様はチャンスをくれたのかもしれない。ちょっと変わった、やり直しのチャンスを。

「お、なんだぁ? 仲良くなってるじゃねぇか」
「わぅ!」

 自分の事とか、神様の事とか、一体どいうことなのかとか、そういうのを考えているうちに、彼が帰ってきた。
 その手には林檎が握られていて、犬用の水入れプレートもある。どうやらご飯と一緒に水も持ってきてくれたようだ。だがしかし、今の私は満腹でして。
 ああ、だけどおいしそう。ハッ、いやいや、今はダイエット中だ。これ以上食べたらまたお腹がたぷんたぷんに……。考えるだけで恐ろしい!
 もう食べれないです! もうお腹いっぱいです!
 必死に訴える。が、どうやら彼には届かないらしい。ぐるん、とふつさんの方を向いて訴えかける。もうこれ以上は無理です、と。

『お前もっと食った方がいいぜ。いやマジで。……っはぁ。風吹(ふぶき)、小娘は腹いっぱいらしい』
「なに? さっきまで腹ペコって感じだったろ」
『あまりにも腹減った腹減ったっつーんでな、木の実を1個採ってやったんだ。そしたらそれで腹いっぱいになったらしくて、これ以上は入らないみたいだぜ』
「そうか。けどよ、木の実1個で腹いっぱいって、大丈夫なのかこの仔」
『だよな。まあちっせぇし、そんなに入んないんじゃねぇの? で、その林檎どうする』
「そうだな。―――ちび、林檎どうする?」

 聞こえる。二人、いや1人と1匹の声が聞こえる。
 やばい、感動で涙が出そうだ。目の前で誰かが会話して、それに自分が加わることができる。感動以外の何があるんですか教えてください。
 前足で顔を押さえながらゴロゴロしていると、不意に問いかけられる。
 林檎どうする、って言われてもなぁ。貰えるんだったらいただくんですけどね。
 貰えますか? とふつさんに聞くと、ふつさんが伝えてくれた。うむ、どうやらパートナー以外の人とは会話できないみたいだね。

『貰えるか、だってよ』
「ああ! いいぜ。1個しかねぇし、俺は林檎あんま食えねぇからな」
『じゃあなんで林檎買ったんだよ。……小娘、いいってよ』

 あ、いいんですか? じゃあ頂きます!
 ぽん、と芝生に置かれた林檎を手繰り寄せる。真っ赤な林檎を腹の下に置いて大人しく座った。
 おっと、油断してると涙腺が……。出そうになる涙を必死にこらえながら、ふつさんたちの話に耳を傾けた。時間はどれくらいたっただろうか。もう授業の時間かな。
 そんなことを考えながら、いや授業の時間だったら彼はいないか、と笑う。だったどれくらいの時間かな? 早く行かなきゃ、優子さんもきっと待ってる。
 この際意思の疎通ができたことは喜ぼう。そうだよ、やっと家族や優子さんと話せるじゃない。いっぱい話したいことがあるんだ。喜ばなきゃ。
 まずは、自己紹介かな。はじめましてうたです、うーん。初めましてじゃないし、名前は知ってる、かな? えーと、これからよろしくね! って、馴れ馴れしいか。
 うたと申します。皆様これからよろしくお願い致します、って堅すぎだね。ああ、緊張してきた。あれ、話すってこんなに緊張することだったっけ。
 もっと簡単で、むしろ楽しいものだった気がする。暫く会話してなかったからかなぁ、すごく、ドキドキする。

『おい、小娘。お前ん家に帰るぞ』

 え、あ、あい! じゃなくてはい!
 気付けばふつさんたちの話はおわっていたらしく、何やら私を返す方向で話が進んだようだ。
 ぐっと身体を起こしたふつさんのすぐ近くで、彼が私の目線に合わせて屈んだ。

「ちび、お前の名前はなんだ?」

 柔らかくつつむような声が聞く。それはいつかの、唄(わたし)に向けられた声に似ていた。
 ん? と首を傾げながら、私を覗き込む彼。私は、小さく頷いて答えた。
 はじめまして、うたです。

『はじまして、うたです、だってよ』

 ふつさんの声で伝わる、私の初めての自己紹介。
 彼は目を極限まで見開くと、くしゃりと表情を歪ませた。それはまるで―――

「そうか、うたか。良い名前だ」

 震える声が私の耳に届いた。だけどそれは、慈愛を含んでいた。

「うし。じゃあ頼んだぜ、符(ふつ)。ちゃんと届けろよ」
『ああ。小娘、行くぞ』

 立ち上がった彼につられて、私もバッと立ち上がった。
 私の前に立って頷くふつさんを見ながら、自己紹介したのにな、と苦笑する。どうやらふつさんは、私を小娘呼びで通すつもりらしい。
 ま、それでもいっか、と頷く。最初から態度を崩さない、ふつさんの姿勢は安定している。きっとふつさんはこれからも変わらないだろう。でもそれでいいと、思った。
 これから仕事があるらしい彼を見送って、私とふつさんも家路につく。みんな、心配してるかなぁ。

『さっさと帰るぞ、小娘。……あーあ、響生(ひびき)がいるんだろーけど、会うのめんどくせー』

 え、白狼父(おとうさん)と知り合いなんですか?
 ふつさんの口から飛び出した言葉に、思わず声をあげた。響生って、きっと白狼父(おとうさん)のことだ。前に学園長がそう呼んでいたのを覚えてる。
 呼び捨てで呼んでるから、友達なのかな? いやでも友達らしき白狼が遊びに来たの見たことないし、そもそもいるのかなぁ。それが一番気になる。

『響生とは同時期に生まれた、人間で言う幼馴染ってやつだ。俺はまあ、いろいろ理由があってパートナーができなくてな。ちょっと借りがあんだよなー』

 ふんふん、と聞きながら、借りってどんな借りだろー、と考える。ふつさんはあまり借りを作るようなひと、じゃなくて白狼じゃなさそうだし、気になるなー。でもま、聞いたりしないけども。
 言葉を濁すところから、あまり言いたそうな感じじゃあないし、聞くような深い中でもない。
 ちらりとふつさんを見ると、堂々としたような足取りで歩いている。まったく弱みも隙も見せない、自身を持った歩き方だ。
 白狼父(おとうさん)とほぼ変わらない大きさのふつさんは、遠くから見ても迫力がありそうだけど、近くでみるともっと迫力があってすごい。
 なんか隣で並んでると私の存在感がかき消されそうだ。

『あ、やっべ。時間ねぇから走るぞ、小娘』

 え、ちょ、待ってください! 走るって無理ですよ! 私駆けるの苦手なんですー!?

 びゅん、と効果音がつきそうな速さでふつさんが駆ける。言い終える前に姿が見えなくなったふつさんに、私は何も言えなくなった。
 え、ここどこですか?



******

 白狼は駆けるとものすごいスピードがでるとは聞いてたけど、ふつさん速すぎだよ……
 1匹で置いてけぼりにされた私は、そこらへんをとぼとぼ。とにかくなんだか目立つところで座って、帰りを待つしかないな。
 いやでも、教員寮の庭から歩いて行ったから、もしかしたら白狼父(おとうさん)の縄張りじゃなくて別の白狼か黒狼の縄張りかも。あ、そもそも縄張りでもないかもしれない。
 あたりを見渡せば、なんだか見たことあるような無いような、微妙な記憶のなかでそれっぽい光景があったきがする。というか、高等部にいたのは1か月ちょいだったから、全部の場所を把握してるわけでもないからなー。
 ……白狼が生徒たちのところにいるのって、かなりまずいよなあ。
 っていうか今何時? もう授業始まってるのかな? 今日は優子さんにあってないから、全然時間の感覚がつかめない。
 どうしよ。

「きゃぅう」

 がっと口をあけて鳴き声を上げる。だけど思ったよりか細い声になったのは、1匹でいることが珍しくなってきたせいなのか、どうなのかは私でもわからない。
 びゅうびゅう吹く風に身を任せつつ、座ったと同時に腹の下に隠した林檎を転がした。食べよう。食べて落ち着こう。
 はぐはぐと林檎を食べて、とりあえずその甘さや爽やかさを堪能する。くそう、林檎って美味しい。
 どうしようかな、帰れるかな、なんて思いながら、どうやったら帰れるかを考える。犬が持ってるっていう帰巣本能って白狼は無いんだろうか。あってほしかった。
 いやあるかもしれない。私がそれを的確に使えないだけかもしれないし。
 おそらくふつさんは、白狼の基準的な走りで駆けたのかもしれない。流石のふつさんも成犬の全力で走ったりしないだろうし、だとしたら大人げない、なさすぎる。
 ふつさんは私が他の兄弟たちのように走れないって知らなかったんだ。たぶん。そう思いたい。
 知っててあの走りだったら私は泣く。折角の意志疎通1番目なのに、私は彼を白狼父(おとうさん)にチクらなきゃいけなくなる。
 それだけはしたくないなー。いや本当に。
 だってたぶん、いや9割の確率で家族にコテンパンにされるよ、うん。いやだなぁ、先生になんて顔して会えばいいの? お宅のパートナーがボロボロなのは私が原因です、なんて言えないよ。
 どうしようもないくらい申し訳ない。土下座? いやこの身体じゃせいぜい土下寝が精一杯だよ。頭まるまんないもん。……もんって、なんか、うん。すみません。

「わぅん」

 どうしよう。チクろうか。いやいやそれを考えてる場合じゃなくて! まずはどうにかして縄張りにかえんなきゃ。
 帰ったらごろ寝、いや運動してから優子さんにあって話聞いて、それから見送って、また運動してーっと、いろいろある。予定は作っとかなきゃやらなくなっちゃうしなぁ。
 目指せ、ちょっと前のスリムな身体!
 人間だったころみたいに毎回決まった時間もないからなまけちゃうんだよなあ、たぶん。とりあえずたくさん運動して、ちょこっと食べて、たくさん寝よう。
 今日は鳴(めい)ひまかなぁ。あ、まずあいさつ! そうださっきまで考えてた挨拶どうしよ。
 本当にどうしよ。ほら対人、じゃなくて対犬(たいけん)関係は会話から始まるっていうじゃない? だからまずは会話。そう会話。
 ぱぱー、わたし話せるようになったよぉ! ……駄目だ生理的にムリ。
 父上、わたくし話せるようになったでござる。……いつの時代? 堅すぎる却下。
 ヘイダッド! ミーもトークできるようになったYO! ……ばか? バカなの私。
 駄目だ。全然思いつかない。
 あれなのか、獣転生してから頭が豆腐になってしまったの? それでも前世学年主席か!
 とくに得意でもなかった勉強を頑張って、頭のなかはリアル図書館だったじゃないかーい!!
 くそう、スライディング土下寝するから誰かいい案をください。

「……そこにいるのは、うた、か?」

 到底届かない前足で頭を抱える私に、ひとこと、声がかけられる。
 それは風に包まれて低く、掠れて私に届いた。

「こんなところでどうした。迷子か?」

 ―――宇緑(うろく)書記

 角度によって黒色にも変わる深緑色の目。光りで淡く輪がかかった緑色の髪は黒味を帯びていて、サラサラと揺れるたびにいい香りがしそうだ。
 相変わらずちょっぴり神経質そうな声質は、今は優しさを帯びた滑らかな声で。
 私を持ち上げると小さく首を傾げた。
 ……イケメンはなにをしてもイケメンですね! ちょっとかわいい。
 高い高いもどきをしながら、ちょっと重くなったか? などと呟く宇緑書記。前言撤回。仮にも雌に体重関係の話を振ってくるとは、なんてひとだ。いや別に気にしてないけども。
 宇緑書記は私の毛並みをやわやわと触りながら、こんなところでどうした、と再び訪ねた。言っておきますが迷子じゃないですよ! 嘘です迷子です。

「きゅぅう」
「……もしかして、本当に迷子か?」
「わんっ」
「そうか迷子か。……それでは、白狼とパートナー関係にある幹部委員に集合がかかったのは、こういうことか」

 え? 幹部委員に集合?
 あの、滅多なことじゃ集まらない、集めることができない幹部委員に? どういうことなの。

「わからないって顔だな。実はさっき、白狼について重要な話があるから会議室に来るように、と集合の通達があったんだ。詳しくは知らされなかったが、森がざわついていたから白狼になにかあったのではないか、と考えてな。他の幹部委員も同じだと思うぞ? 現に、ついさっき俺以外の全員が集まっていると連絡がきたからな」

 まさか迷子になっているとは思わなかったがな、とニヤリと笑う眼前の人。
 くしゃくしゃと私の頭を撫でて、少しだけ目を細める。その姿には気安さがあって、初めてあったときよりも柔らかく、優しく感じられた。
 なんでだろ。その目線に含まれた感情にはほんのすこし、その、ずいぶんと久し振りに見かけるものがあった。
 そう。”ばかわいい”という感情が。

「白狼の縄張りで迷子になる白狼など、後にも先にも君くらいだろう」

 ああ、そうですか。それはすみませんでした。いや本当に、なんていうか、申し訳ない気持ちでいっぱいなんで、どうか、どうかその”ばかわいい”目線やめてくれません!?
 ちびっちゃい我が子が転んだような、馬鹿なことをしたのを見てる、親みたいな顔! すみませんね、迷子で。
 いや仕方ないじゃないですか! 初めてなんですよー、ここ来るの。高等部に上がったのなんて1か月くらいだし、その間に学園の全部を把握することなんて無理ですよ!
 なんかどっかで聞いた、えーと、無理ゲー? じゃないですかー。やだー。
 それに幹部委員でもないのに、白狼の縄張りになんて入れませんよ。いやなっても、その前になるつもりもなかったんですけどね。
 いやー、職員室の先生方には結構残念がられましたよ。どうして断っちゃうの、っていう目線すごかったよ。
 私はほどほどの評価でよかったんですよ。万年学級委員長でよかったし、必要以上の評価はいらなかったんです。
 だって、身の丈以上の仕事なんてやったって、自分の身を亡ぼすだけじゃないですか。そんなのやですよ、私。自分に合った仕事について、定年まで精一杯働いて、あとは年金と貯金で悠悠自適に暮らす予定だったんです。
 まあそれも、いきなり閉ざされて、こうして獣転生して野性的に暮らしてるんですけど。いや、不満はないですよ? むしろ、感謝してるくらいです。
 前の人生よりも、今のほうが気楽で、楽しいのだから。

「……うん? すまない、電話だ。―――宇緑だが。ああ、お前か。どうした? もう始まった? ああ、それだが、件(くだん)の白狼なら見つけたぞ。今から縄張りに届けるから解散しても構わない。え? 詳しく話を聞きたい? ……わかった。届けたらそちらに行く。ああ、ああ、わかった」

 四角い機械越しに聞こえる小さな声。
 それは少しノイズ交じりで、ボソボソとしか聞こえないから内容まではわからない。
 かろうじてわかるのは、通話相手が男で、それも宇緑書記に敬語を使ってなかったから同輩、もしくは上の役職ってだけ。
 通話をし終えた宇緑書記が、ふぅと息を吐いて携帯をしまう。そして再び私を抱き上げると、帰ろう、とひとこと告げた。

「急ごうか。きっと弦も、ほかの家族たちも、君のことを心配しているだろう」

 私の体に負担をかけないように、正しい抱き方で私を持ち上げる。
 長い足はそれに見合った大きな一歩でぐんぐんと前に進み、景色はさらさらと流れていく。
 あまり大きくもない私の1歩より、宇緑書記の1歩の方が大きいのは、そりゃあ彼の足が長いからだろうか。くそう、こちとら短足じゃちくせう。
 流れる景色を眺めそして長足の宇緑書記を妬みつつ、森から香る甘い匂いに鼻をぴくぴく。
 な、なんすかこの匂い。ちょ、さっき食べたばっかりだっていうのに、どんどんお腹が……

 きゅぅー

「……わぅ」
「っふ、ぅ、すまん。もう少し、もう少しだけ待ってくれ。あと少しで着くからな。……ああ、ほら。見えてきたぞ」

 さっきより早くなった宇緑書記の足は、着実に白狼父(おとうさん)の縄張りに近づいていたようで。
 最近見慣れてきた大きな樹が目の前に見えてきたころには、私はやっと帰ってきた、という気持ちだった。
 ちょこっと前まで【行ってる】って感覚だったけど、今じゃちゃんと自分の家だって認識できる。……すごいなぁ、たった2日でこう思えるんだな。
 すぅっと息を吐いた。といっても鼻からだけど、それがくすぐったかったのか、ちょっとだけ身を捩る宇緑書記をちらりと見て、私は視線を前へと移した。
 きらきらの緑、揺れる葉、光る空、その先にある、白い毛玉。

「ガゥッ!!」

 短く、鋭く、低く、そして酷く焦ったような鳴き声。
 気づくと私は宇緑書記の腕のなから飛び出して、この淡く灰色の混じった芝生を駆けていた。
 前足にも後ろ足にも、芝生を踏む確かな感覚がある。肉球をくすぐる草の感触も、私の内巻きの毛並を撫でる風の手も、神経の先まで伝わる。
 駆けてる。駆けてる。あの、私が。
 この身体になってから上手く駆けることもできなかった、到底白狼らしくなかった私が、駆けてる。
 強く芝生を蹴り、風を纏い、空を飛ぶように、舞うように。
 目の前に広がる真っ白な毛並みに飛び込んだ。
 もふっとした感覚が全身に広がって、暖かさが私を包む。

『白狼父(おとうさん)』

 静かに風がざわめいて、私は一粒だけ、目から汗が出た。


 

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