ロマンティックが始まらない 後


 ブリオッシュに挟んだジェラートなんて初めて見た。観光客がもの珍しそうに口へ運ぶのを見かけて欲しくなるなんて、自分が観光気分である。あるいは子供である。シナモンとリコッタチーズのフレーバー。気に入った。
 ザンザスは黙ってついてきている。それをいいことに綱吉は足の向くままに歩いて行く。やがて広場に人だかりを見つけて寄っていくと、次第に大きくなる陽気な音楽に路上ミュージシャンだと知れた。バイオリンとアコーディオンとハーモニカ、老人と壮年の男、それから小柄な少年の3人組だ。親子3代の共演、かもしれない。少年の渦巻く黒髪を見て、綱吉の記憶の引き出しがぱかっと開いた。
「思い出した。もうすぐランボの誕生日だ。プレゼント買いに行こう」
「勝手にしろ」
「何あげようかな。14歳って何欲しいかな?」
「知るか」
「適当に見て回るか……ね、なんかそういう、いい感じの店集まってるとこない?」
「……」
「知ってるだろ?ずっとこの辺住んでるんだから」
 ザンザスは本格的に「面倒くさいです」という顔をしている。が、舌打ちをひとつしてくるりと踵を返した。どうやら連れて行ってくれるらしい。
「あ、ほんと?言ってみるもんだな……つか早いから!待ってよ」
 慌てて追いかけ、横に並ぶ。心なしかいつもよりゆったりとしているように見える相手の歩幅に、思いついたことをぽろっと口にしてしまった。
「なんかさ……これってさ、ちょっとデートっぽいよね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………すいません、失言でした」
「死ね」
 何も言い返せない。今のは確かに綱吉が悪かった。



 高級ブティックや宝石店等々が立ち並ぶ小奇麗な通りを長いこと行ったり来たりし、悩んだ末にシルバーのバングルを手に取った。中心線にぽつぽつと埋め込まれた小さなターコイズが、ランボの瞳の色によく似ていた。そこそこいい値段だったが、そのショップに並んだものの中では安価な部類に入るのを選んだつもりだ。なんたってまだ10代なのだから。俺が10代半ばの時はこんな額のもの貰ったためしがないぞ、としみったれたことを考えながらカードで支払う。当然綱吉個人の「表」用である。持ち歩けないので配送の手続きも取った。
「……随分静かだったね?」
 流石にキレられそうだ、と思いつつザンザスの顔色を窺う。逆の立場だったら、綱吉は半分くらいで音を上げていた自信がある、情けないことに。
「テメーは随分はしゃぎやがるな」
「いやもう開き直った。どうせ連絡くるまで帰れないし」
「俺も開き直った」
「え、そうなの?」
「気付いてるだろ?」
 実にさりげなく発せられたそれは問いかけではなく確認だった。ほんの僅か間を置いて顎を引く。
「まあね。ちなみにいつから?」
「テメーがジェラート食い終わった辺りか」
「負けた……俺、買い物始めて少しくらい」
「だから、そういうことだ」
「……ゴメンどういうこと?」
 続く言葉の睦言でも囁くような低さに、綱吉はザンザスの方に身を寄せなければならなかった。
「――アルコバレーノは最後になんて言った?」
「……連絡があるまで大人しくしてろ」
 ザンザスの顔が実に楽しそうに――それは大体において好戦的にということだが――歪む。事情を察してしまった綱吉は反対に、力いっぱい嫌な顔をした。
「……もう勘弁してよこんな生活」
 ああ何事も起こりませんように。内心の祈りを読み取ったかのようにザンザスが釘を刺した。
「何もなかったらテメーが責任取って相手しろ」
「は!?なんで俺!?」
「腹減ったな。メシ行くぞ」
「絶対イヤだからな!おい!」
 ザンザスが大人しくするのを止めるような事態は出来れば起こって欲しくない。しかし起こらなくても綱吉が害を被ることには変わりないとなれば、一体どちらがマシだろうか。どっちも嫌に決まっている。



 そしてついにそれは来てしまった。
 綱吉がドルチェを、ザンザスが食後酒を各々味わっている時だった。フォークを口に運ぶ手がピタリと止まる。
「……うわ」
 スーツの内ポケットで携帯が震えた。獄寺のお節介を除けば2度目の連絡、それは帰って来てよろしいという待ち望んでいた合図だ。しかし。
「……いよいよか」
 綱吉の異変に気付いたザンザスが口の端を持ち上げ、グラスの底に残っていたリキュールを干した。
「飲み足りねえが……行くぞ」
「はあー……あー、どっちだろ……なんでどう転んでも俺が苦労する羽目になるのかな……」
 タルトの最後の一口を飲み下し、デミタスカップを一気に傾ける。ああ、苦い。まるで今の自分の心のように。テーブルで会計を済ませ、大股に店を出ていくザンザスの後を足取りも重く追いかける。バールの時と逆だ。
「待て、見なくていい」
 メールを確かめようとした綱吉は制止を受ける。怪訝に思って視線で尋ねると、ザンザスは獰猛に笑い、先に立って歩き出した。
「じきに分かる」
 本当だった。リストランテのあった広い通りからしばらく歩き、いくらか寂れた横道に入り、雑然とした裏路地を進むうちに、行く手に立ち塞がった複数の人影がある。
「ほらな」
「……ああ、ハイ、そうですね」
 こちらに向いたいくつもの銃口をうんざりした気持ちで見やる。背中にも2、3といったところか。幸か不幸か、獄寺の読みも綱吉とザンザスのそれも当たってしまった。リボーンは綱吉個人には何やかや言ってもボンゴレのことには口を出さないから、多分ただの便乗だ。
 刺客たちは一言も喋らずじっと隙を窺っている。暗いせいで顔もよく分からない。しかしもう獄寺が把握していることだろうから問い質す必要もない。
「さて、腹ごなしと行くか。オイ、もう勝手にするからな」
「いやちょっと、殺すのはナシだからな」
「ああ?ふざけてんのか。生かす意味が分からねえ」
「後が面倒だろ!お前はもうちょっと気を使ってくれ、色々と」
「それは今日充分以上に使ってやった。もう持ち合わせがねえな」
 そう、結局ここで暴れるために我慢していたというだけなのだ。綱吉はややわざとらしく嘆息し、肩を竦めて「外国人がよくやるあのポーズ」を取った。その手には毛糸のグローブが嵌められている。
 最初の銃声が響いた。



「ああーもう……俺が言うのもなんだけど相手は選べよ……」
「……つまらねえ」
「あんなに楽しそうだったじゃないかよ!」
「クソ忌々しいカスどもが……」
「もう好きなだけ言ってろよ……あ、もしもし!?」
 ザンザスの愚痴を背後に聞きながら、携帯に向かって怒鳴る。
「もういいよね!?もう俺帰る!今日は何もしないで寝る!」
『ええ、そうして下さい。本当に申し訳ありませんでした。全て滞りなく……報告は明日でよろしいですか?』
「……あー、ふたつだけ。リボーン何してんの?」
『証拠を持ってた奴のところへ……その、単独で』
「マジで?」
『ハイ、最近退屈だとかで……もうひとつは?』
「うん。――リボーンが向かったのは、今日俺が会った誰かのところで合ってる?」
 獄寺は息を飲んだようだった。そして溜息交じりに言う。
『……流石です。ええ、ご推察の通り。正確には、そいつの部下の1人ですが』
 綱吉は天を仰いだ。

 帰りの足が使えなくなったのは、何かしら危険が見つかったからだ。車に爆弾が仕掛けられたか、あるいは待ち伏せでもされていたか、とにかく綱吉は狙われていたのだろう。しかし今日の最高幹部会は、日程も場所も参加者にしか知られていないはずで、つまり暗殺を企んだのはその内の誰か、それなりに有力なファミリーのボスということになる。実行犯がしくじって依頼者の名を吐いたとしても、速やかに証拠を消す段取りくらい出来上がっていたに違いない。
 獄寺はそこまで察した上で、黒幕を突き止め証拠を掴むための時間稼ぎに、よりによって綱吉本人を使った。綱吉もザンザスも最初の連絡の時点で暗殺の危険は察知したから、その意向を酌んで、尾行に気付いてもわざと無視していた
 2人の任務は、黒幕を押さえる準備が整うまで、実行犯に手を出させないことだったのだ。そのために男同士で目抜き通りを歩き、ショッピングやディナーまでこなすことを強いられた。もうこんなことは絶対やりたくない。
「ほんと疲れたよ……隼人、明日になったらちょっと色々言いたいことがあるから」
『……覚悟はできてます。あの、もう5分ほどでお迎えに上がりますので、そのまま』
「うん、わかっ……」
 言い切る前に携帯を奪われた。
「おい、ドカス。俺を時間稼ぎなんぞに使いやがって、後悔するぞ。あと、コイツは今日帰らねえ」
「は!?……え!?」
 唐突な宣告に綱吉は目を剥いた。獄寺の返事は聞こえなかったが、何やら電話口で喚いていることだけは分かった。それ以上何も言わずにザンザスは通話を切り、ついでに電源も落として自分のポケットに入れてしまった。
「ちょ、どうする気だよ!」
「飲み直す。来い」
「はあ!?一人で行け!俺はかえ……!」

 襟を掴まれ、ぐいと引き寄せられて思わず言葉に詰まる。間近に来た顔は厭味ったらしい笑みを浮かべていた。
「デートだなんだとほざいたのはどこの誰だったか?最後まで付き合ってやるって言ってんだよ」
「な……謝っただろあのことは!死ねとまで言っておいて蒸し返すな!それに今はお前が」
 付き合せようとしてんだろ、という言葉は出てこなかった。襟を引っ張っていた手が首筋に回ったせいだ。驚きにますます目を丸くする綱吉の視界がザンザスで埋まる。アレこれもしかしてキスされるんじゃ、と疑いを抱いた次の瞬間には現実だった。
 あ、意外と普通。今日どこかで思ったことが最初に出てきた。ていうか男の唇も柔らかいもんだな。しかし妙に冷静だったのは一瞬のことで、半開きの口に湿ったものが侵入しかけているのを認識した途端身体が反射的に動いた。
「…………な、に、し、てんだよ……!」
 ザンザスの胸を突き飛ばした反動で自分がよろめきながら、ふつふつと湧き上がる怒りを全部視線に託して睨みつける。しかし相手は怯むどころか楽しんでさえいるようだ。
「ほら、これで口実になったか?ガキじゃあるめえし夕飯食ってサヨウナラでもねえだろう」
「意味が!分からない!おま……お前いっぺん死んでこい!」
「満更でもなかったんだろうが?」

 目を細め、唇を舐めながら言われて、綱吉は不覚にも黙り込んだ。何の話だ、本当に。そりゃ少し前までの、比較的大人しいザンザスというのはなかなか気楽で快適だった……気に入った、と言えなくもない……だがもちろん大人しかったとき限定だ。もちろん。そうだ。こんな、わけの分からないことをぬかして突然……唇を……
「…………くっそー……!」
「ハッ。――行くぞ」
 踵を返し、迷いなく歩いて行くその背中は、綱吉が追いかけてくることを微塵も疑っていないようだった。
「――あああああもう!なんで!こうなるんだよ!クソッ!」
 盛大に悪態をついて、綱吉は走り出す。吹っ切れた。もう知るか、何もかも。こうなりゃヤケだ。なるようになれ。


fin.


2012/8/17初出(pixiv)
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