Invitare


 クリスマスの予定は?なんて文句がさらりと出てくるようになったとは感慨深いが、緊張する理由もなければときめく余地もない。何故なら相手が相手である。
「クリスマスですか?」
 確認のためというより、適切な間を取る意味で獄寺隼人は言った。
「暇っスね。誰かをバラす計画でもありますか?なら喜んで引き受けますけど」
「ホリデーだよ、獄寺くん。裏稼業にもホリデーがあってしかるべきだと思わない?ちなみに俺は一生ホリデーでも構わないけど」
 反射で返すとどうしても昔の呼び方が出る。綱吉はツッコミに引き続いて軽口を叩きながら、何枚もの地図を纏めている獄寺の手元へさらに一枚放った。狙ったほどは飛ばなかった。
「俺、今年日本帰らないし、父さん母さんは来ないっていうし、九代目は年明けまでミラノだし、なんもすることないんだよね。だから暇なやつ集めてうちで飲んだり食べたりしようかと思って。来る?」
 正直なところ、最後まで言ってしまう前に答えは分かっていたが。





 そしてこちらの答えも、話を切り出す前から予測できていた。
「勝手にやってろ」
「ああ、はい」
「オレ、行く。スシ出る?スシ」
「ああ、うん、用意するよじゃあ」
「やりィ」
 初めのうちこそ、ボスに右倣えする印象を抱いていたヴァリアーの連中だが、実際は隊員としての仕事が絡まなければ各々好き勝手にしている。べったりなのはレヴィくらいだ。その彼でさえ近日中に帰郷するという。何年か前に彼が既婚者だと聞いた時は開いた口が塞がらなかった。イタリアに来る以前は、マフィアとは世間から隔絶された存在で、殊に暗殺なんて請け負っているヴァリアーなんか普通の生活とはかけ離れたところにいると思っていた。その先入観はまるきり間違っていたのだけれども。
 ともかくレヴィ、それとスクアーロにルッスーリアは、今年のホリデーは故郷に帰るのだそうだ。ベルフェゴールは、帰るべき場所がない。本人曰く「オレとジルのせい」らしい。
「マーモンも呼んどいて」
「はいはい。会費出せって言われたらぜってー来ねーだろうけどな」
「会費なんか期待するだけ無駄だよ。フランはどこ?」
「知らね。また六道骸のとこじゃねーの」
 部屋を出る前にザンザスの方を振り返って、もう一度声をかけた。
「別に人数制限ないし、まあ、なんつーか、気が向いたら来なよ」
 彼の不機嫌そうな表情はぴくりとも動かなかった。精悍だが険しい横顔をほんの少しの間眺めて、それから立ち去った。





「クリスマスは平日です」
「はあ」
 唐突に宣言された綱吉は大いに戸惑った。骸は話し相手の困惑には一切頓着せず、作り物めいた薄い微笑みを浮かべたまま室内を歩き回る。
「僕が日本で過ごした年月は僅かですが、かの国の文化や生活様式にはすっかり馴染んでいる。第二の祖国のようなものです。平和ボケしているぶんイタリアにいるより都合が良かった、いえ暮らしやすかったとさえ言えるでしょう。そんな親日家の僕が断言します」
 骸は言葉を切って足を止め、綱吉をまっすぐに見つめた。
「クリスマスは平日です」
「なんの話だよ!」
「カレンダーを見なさい。数字は黒い……平日です」
「赤いし」
「誰がそんなカレンダーを見ろと言いましたか?僕は日本の話をしてるんです」
「俺がいつ日本の話をしましたか!」
「しませんでしたっけ」
「してねーよ」
「そうですか」
 本題に入る前にかなり消耗した綱吉は、面倒になったので結論だけ言って帰ることにした。
「平日でも休日でもなんでもいいけど、二十四日の夜俺んちで浮かれ騒ぐことにしたから、暇だったら来て」
「喧嘩売ってるんですか、君は」
「売ってねーよなんなんだよさっきから」
「だいたい君、帰国しないんですか?笹川京子と過ごさなくていいんですか?」
「喧嘩売ってるんですかお前は!ともかく言ったからな、クロームとか、その辺ちゃんと連絡しとけよ」
「僕らは行きません」
 トーンが変わったのに気付いて、綱吉は苛立ちをいったん収めることにした。目線で続きを促す。
「確かに僕はボンゴレの一員になった。しかし協力はしても馴れ合うつもりはない。仕事には付き合っても遊びには付き合えないという意味ですよ、分かりますね?」
 子どもに言い聞かせるような口調は大変気に食わない。しかしその程度のことでいちいち怒ってはいられない。なにせ相手は骸だ。そして骸ではなくても、周囲には腹立たしい連中がわんさかいる。いい加減慣れた。綱吉はしっかりとオッドアイを見返して言った。
「俺は別に遊びに誘ってるつもりはないよ。もちろん仕事でもない。だってどっちでもないじゃんか?親戚付き合いって」
 それこそ正月みたいなものだ。縁戚関係にあるというだけの人間が集まって、ただ楽しかったで済む方が珍しい。会えるのを心待ちにしている人たちもいるだろう。顔を見るのも嫌なやつだっているだろう。大半はどちらでもなくて、ただ惰性で付き合っているだけかもしれない。
 やや虚を突かれたような骸の表情に、若干の満足を覚える。
「俺たちは血の繋がりで集まってるんじゃない。もうちょっとあるだろ、何か……シマを増やしたいとかなんとか……いやそれは置いといて、ともかく俺は、一人で虚しくケーキ食ってるよりは、家じゅうしっちゃかめっちゃかにされて頭抱えてる方がマシ。だから、同意見なら来ればいい」
 あまり認めたくないけど、寂しがり屋だから、誰かにいて欲しい。それにどこかの誰かさんが、寂しい思いをしているよりは、していない方がいい。
「いいからちゃんと黒曜のみんなに伝えとけよ。タダ飯食える機会逃したって城島あたりが怒っても俺、知らないから」
 骸は小さく、「それは有り得ますね」と呟いた。





「で、誰を誘ったって?」
「隼人に、骸と黒曜のみんなに、ヴァリアーからはベルとたぶんマーモンが来るし、ザンザスは……来ないかも。それと武が急にこっち来るって言い出したから、まあ確定。他にもぽつぽつ反応あったから暇人は集まるよ」
 構成員の中でも、帰る場所のない天涯孤独の者にばかり、綱吉は声をかけていた。単純に、一人で過ごすより大勢で飲んで騒いだ方がいいと思った。他意はない。強制もない。
「あとはお前だな」
「は?」
「いや、は?じゃなくて」
「なんで俺を誘うって発想になるんだ」
「逆になんで誘われないって発想になるわけ?」
 リボーンはものすごく嫌そうな顔をした。
「俺が親兄弟もないかわいそうな独り者だからか?有難くて涙が出るな」
「違う。いや確かにそうだけど、そうじゃなくて。お前は一人の方が好きだって言うだろうけどさ」
「ああ、そうだな」
「同じくらい、みんなで集まって騒ぐのも好きだって、俺は知ってる」
 二人は見つめ合った。一秒か二秒あと、リボーンは顰め面をそのままあらぬ方を向いた。
「つーかお前さ……」
「うるせー」
 耳の先が赤い。ほんの少し。
「自分でバカ騒ぎ企画するのは好きなくせに、俺が何かしようとすると絶対嫌がるよね」
「俺はバカ騒ぎがしたいんじゃない。自分の手のひらの上でバカが右往左往してるのを見てーだけだ」
「主に俺だろ、どうせ」
「その通り、主におめーだ」
「じゃ、右往左往してやるから、とにかく参加ね。ちなみに俺はなんだかんだ言って断るつもりはないお前が好きなだけだから」
 痛烈な舌打ちが聞こえる。これ以上ぐだぐだ言ってお互い臍を曲げる前にと、綱吉はさっさと退散した。去り際、振り返った肩越しに、帽子を深く被り直すリボーンの横顔が見えた。



fin.

2015/01/03
[ back ]

top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -