「坂田さん、どうぞー」
「はいはーい、っと……どーすか先生、今回もギリギリっしょ」
「アンタも懲りないねー。ちょっと気をつければ安全圏なのに」
「もーいいっていいって、決めてるから俺は。地表ギリッギリのところを華麗に飛び続けるから」
「イヤでもね、アンタ今回ばかりは本気でまずいよ」
「先生も諦め悪いねー。その手にはもう慣れたって言ったじゃん。効かねーよ俺には」
「……坂田さん」
「あ?」
「もう一度言うけど、今回は本当にまずいよ。ほっといたら洒落にならない事態になるけど、アンタそれでいいのかい?」
「な……なんだよ真面目な顔しちゃって。またいつもの」
「脅しじゃないからね、言っとくけど」
「……何ですか、洒落にならない事態って」
「このままいくと」
「いくと……?」
「……土方さん、前前」
「あ?……って!」
振り向いた瞬間、土方は足先を立て看板にぶつけて呻いた。
「あ〜あ、ちゃんと前見て歩かないから」
「お前がよそ見させたんだろーが!」
「アンタさっきからボーッとしてたじゃないですか、人が『前』って忠告してやってんのにとんだ言い掛かりでさァ。死ね土方」
「っ!」
土方は言葉に詰まったようだった。
彼がボンヤリしていたのは――少なくともそのように見えたのは本当の話だ。その理由を沖田に知られたら俺は腹を切る、というかこんな理由で頭を悩ませている時点でもう死にたい。などと内心屈辱のあまり悶えているのだろうが、往々にしてこのような考えは既に洩れていると相場が決まっている。此度も例外ではない。
面白いから揺さぶってみることにした。
「そういえば土方さん」
「……なんだ」
「今日から11月ですねェ」
「ああ」
「昨日で10月、終わりだったのかぁ〜〜」
「……当たり前だろ、それがどうしたってんだ」
「別にどうもしねェですけど?」
「…………」
今のは確実に動揺した。予想的中だ。土方は今、「なぜ昨日万事屋が菓子をねだりに現れなかったのか」について悶々としているに違いない。笑える。二つの意味で。
と、もっと面白い状況の要因を発見した。飛んで火に入る夏の虫、というか火自ら虫に向かって飛んできた感じだ。
火、もとい坂田銀時は通りの向こうから疾走してきた。虫はそれに気付いてあからさまにマズイという顔をしたが、巡察中故逃げられるわけもなく、体当たりの勢いで両肩を掴まれてよろめいた。
「テメッ、いきなり何――」
怒鳴りかけ、銀時の青い顔に異常を感じたのか中途半端に口をつぐんだ。
「どうしたんですかィ、旦那」
「土方君……どうしよう」
華麗にスルーされた。土方しか見えていないようだ。これは傍観するに限る。
「な、なんだよ」
「俺……俺もう、勃たねーかも」
「………………ハァ!?」
「ヤベーよどうすんだよ俺まだ20代なんだけど現役真っ盛りなんだけど、ねえ俺の息子役立たずになっちゃうのかな役立たずっていうか立たなくなっちゃうのかな」
「知らねーよ!そもそも何のことだか分かんねーよ、順を追って説明しろ!つか往来でなんつー話してんだ!」
「昨日医者行ったら血糖値ヤバいって言われて」
「いつものことだろうが」
「このまま行ったら勃たなくなるって」
「それ血糖値と関係あんのか!?」
「知らねーけど、なんか糖と尿が超反応起こして不能になるって医者が」
「聞いたことねーよそんな話!嘘に決まってるだろ!」
「でも!帰ってから試してみたらマジで反応鈍かったし!」
「試したんかいィィ!」
「ヤベーよ冗談じゃねーよ、ねえどうしよう土方君俺このまま勃たなくなっちゃうのかな、『あいつ不能』って後ろ指指され続ける人生送んのかな」
「ああああウルセェェェェ!まず黙れそして落ち着け!……いいか冷静に考えろ、お前それ騙されてるから」
「なんでそんなこと言えんだよ!」
「糖と尿は別に超反応とか起こさねーだろ!」
「じゃあ昨日ウチの息子がグレてたのはどう説明する気だコノヤロー」
「そんな不能になるかもなんてビビってたんじゃ勃つモンも勃たなくなるわボケ。いいから落ち着け、つーかそろそろ公然猥褻罪でしょっぴくぞ」
「そう……なのか?大丈夫なのか俺?」
「ああそうだよ!ったくくだらねーことでギャーギャー喚きやがって……心配してたのが馬鹿みてぇだろうが」
「え?」
「あ?……!」
「エ何、心配してたんかお前?何で何で?」
「……す、るわけねーだろそんなもん!誰がお前の心配なんっ――」
「あっ、昨日10月31日か。ハロウィンじゃん。ナニお前、俺が糖分せびりに行かなかったの心配してたわけ?わ〜お」
「ちっげーよ!」
「いや〜悪いね〜俺もうホント人生の危機だったから昨日は。すっかり忘れてたわハロウィン」
「だからちげーって――」
「よしじゃあ今から仕切り直そう。トリック・オア・トリック」
「一択か!」
「だってホラ、糖分摂ったら勃たなくなっちゃうかもしれねーからよ。土方君悦ばせてやれなくなんのはちょっと」
「なッ!テメェそこに直れ、斬る!」
「まあまあそう言わず。つーわけでトリックな、よーしホテル行くか」
「行かねェェェェ!大体おまっ、昨日は勃たなかったんじゃねーのかよ!」
「あー平気平気、今なら頑張れる気がする。つか既に若干キてる」
「離れろ変態ィィィ!大体俺ァ今仕事中……」
「さーてどこ行こうかなー」
「話を聞けェ!!」
「大丈夫ですぜ土方さん、後はしっかり俺が引き継いどくんで」
「総悟テメェ!喋らねぇと思ったら何食ってんだ!」
「団子」
「見りゃ分かる!そうじゃなくてコイツ止めろ!」
「無理無理、もう止まんないからねコレ」
「永久に止まってろ!つーか死ね!」
「ハァ〜〜疲れた。ホモのイチャコラ見守んのも楽じゃねェや」
「じゃあ止めろっつってんだろ!」
「面白いからヤダ」
「あっあそこでいいや。さー行くぞー」
「ああああああああ!!」
傍観すると決めたのは自分だが、あの2人周りが見えないにも程がある。口を挟むまで完全無視とは。
「おえー」
胸やけしそうだ。苦いお茶が丁度良い。土方のツケだと思うとなお美味かった。
fin.
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