今日もまた狩りは上手くいかず、俺は空きっ腹を抱えて夕暮れのかぶき町を歩いていた。
小鳥やネズミの類はどうにも食べる気になれないし、かと言って誰かに餌を強請るのもイマイチ身が入らない。思い切ってアピールしてみても、あまりやる気がないのに人間の方も勘付くらしく、大概不発に終わってしまう。
つーか「人間」ってなんだ。俺も人間だっつの!
ただ、町内会の奴らを撒くのは慣れた。持ち前の逃げ足と今の小さな身体をもってすれば、運動不足の中年オヤジや足腰衰えた爺婆から逃れるのは簡単だ。連中の活動サイクルも大体分かってきて、今のような飯時や深夜に出歩けば、ほとんど危険はなかった。
しかし常に半飢餓状態なのは変わっていない。あー、肉食いてぇな。結局ヅラが捕ったスズメの塩焼きは口にしたが、所詮スズメだ。食える部分なんてタカが知れている。それに、なんだか気落ちして味なんか分からなかった。
どっかにいねえのか、良いカモは。
いやカモっつっても生きてる方のカモじゃないからね、人間だから。いや生きてるけどさ人間も。ネギしょってやって来る方のカモじゃないからね。いや待てよ、カモの語源ってそっから来てたりすんのか?つーか俺は何の話をしてるんだ?
プルプルと頭を振って混乱した思考を追い出した。と同時に、俺は前方からやって来る人物に気が付いた。
土方だ。数日前、俺たちを意味不明なやり方で散々苛立たせてくれやがった土方だ。
正直あの時の怒りが完全に消えたわけではないが、それよりも知ってる人間に出会ったことの安堵感が勝った。それに、あの時は猫になってしまった動揺と切羽詰まった空腹で忘れていたが、土方の顔を見るのは結構久々だった。
だから俺は立ち止まって声を掛けた。
「ナァーウ(うおーい、土方ぁ)」
やっぱり出たのは猫の鳴き声だったが、土方は俺に気付いて足を止めた。
「……お前、こないだも会ったな」
「ぅニャウ(忘れもしねえよこの妖怪マヨラーが)」
俺は土方に分からないのを良いことに悪態をついたが、その脛の辺りに身体を摺り寄せた。
「……ニャァ」
ったく、久しぶりに会ったってのに俺は猫。なんてこった。
土方は苦笑しながら言った。
「すまねえな、今ちょうどマヨ切らしてんだ。だからお前にやるモンは何もねえ」
「フーーッ!!(だからいらねーっつってんだろ!!)」
途端に俺は身体を離して唸った。ただでさえボリュームのある毛が更に逆立って、傍から見たらきっと毛玉みたいに見えるんだろう。
「そんなに怒るなよ、今度は忘れねえようにするから」
「フニャッ……(だからちげーって……もういいわ)」
どれだけ怒っても言葉が通じないんだから無駄だ。俺は諦めてふっと脱力した。
すると土方はその場にしゃがみ込んだ。手を伸ばして俺の頭や背中に触れてくる。その動作はぶっきらぼうで少し荒っぽかったが、表情は柔らかかった。
大好きなマヨネーズを分け与えた位だ、なんだかんだ動物好きなのかもしれない。やり方は完全に間違っていても、あれは土方なりの優しさだったんだろう。
俺は行儀よく腰を下ろし、土方の手を感じていた。土方に撫で回されるなんて、よく考えてみれば貴重な経験だ。なにせいつもは俺の役割だから。気が付けば俺は半目で、ごろごろと喉を鳴らしていた。
「すげえ……ホントにごろごろ言うんだな」
感心したように呟き、土方が俺の頬をさする。顔を傾けて手を舐めると、くすぐったそうに口元を緩めた。
……てめェ、そんな顔しやがって。次会った時覚悟しろよ。
「つーかお前、見たことある顔してんな」
こいつの勘すごくね?!そうだよ銀さんだよ!お前の大好きな銀さんですよ!気付けとばかりに俺は力を込めて舌を動かした。
「あの無職綿あめ――そういや最近見てねえな」
「ニギャッ?!」
おっまえ人のいないところでそんな呼び方してんの?!地味に傷付くわーコレ。今の俺見て元の万事屋銀さんを連想したのはすげーけど。
「……様子見に行くか」
え。マジで?
つーか今俺いないんだけど万事屋に。つーかここにいるんだけど。
唐突に土方が立ち上がった。同時に手も離れていき、急に背中が寒々しくなる。
「ナァー」
普通に待てよ、と言ったつもりが、随分甘えた声に聞こえた。ヤベ何コレ恥ずかしいんですけど。今猫で良かった。
「悪い、急ぎの用だ。……早く会いに行かねーと」
嬉しいィィィ超嬉しいィィィ!だけどお前の会いたい奴ここだから!お前の目の前にいるのが俺だから!なんでいない俺に会うために今ここにいる俺が蔑ろにされてんだ!超急いで行って欲しいけど行って欲しくねえ!何このジレンマ!
内心転げ回りながらニャァニャァと未練がましく鳴く俺にさっさと背を向け、じゃあなと一言残して土方は立ち去った。切り替え早っ!
スタスタと遠くなる背中がいっそ清々しい。俺は何とも言えない哀愁の念を抱いて土方を見送った。
……チクショウ、こうなったら一刻も早く元に戻ってやる。
狩りの仕方なんて知るか。俺は人間だコノヤロー。ちゃんと稼いだ金で買い物して台所で調理してから物食うんだよ。あるいは店入って注文して出てくるの待つんだよ。その日暮らしの野良猫どもとは違うっつの。イヤ待てよ、俺割とその日暮らし寄りじゃね?明日はともかく来週の生活は不透明じゃね?つーか俺は何の話をしてるんだ?ってさっきも思わなかったか?
再び頭を振って迷子になりかけた思考を正す。まずはホウイチとバカコンビのところに戻ろう。必ず方法があるはずだ、崇りを鎮める術が。
「ニアーゴ」
待ってろよ土方コノヤロー。
俺は空腹も忘れ、夕日の名残が消えゆくかぶき町を駆け出した。
fin.
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