手綱を取る方渡す方


 上から肩を押さえつけた。手のひらに感じる確かな厚みに不覚にも動揺する。常々緩い衣服で覆われているそこは、頭で考えていたよりずっと逞しい。
「どうしたんだ?」
 見上げてくる落ち着いた瞳を疎ましく感じた。いつもの頼りなさをどこへ置いてきたものやら。焦って舌のひとつでも噛むようなら可愛げもあるものを、こんな時ばかり年長者の余裕とやらを発揮するのだから厭味な男だ。
「何、馬鹿正直に訊いてるの。馬鹿だから?」
「ひでー言い草」
 察しているんだろう、本当は。魂胆は分かっている。言わせたいのだ。甲斐性なし?悪趣味?間違いなく後者。
「どうしたんだよ、ホントに」
 布団から持ち上がった手が肘をそっと掴んだ。行きがけの駄賃に膝をするりと撫でて。鳥肌が立つのを感じた。ぽっと微かに点った熱が、じわじわ後を追いかける。
「言わなきゃ分かんねーよ。恭弥」
 骨張った手が登っていく。二の腕を辿って肩を包み、更に指先が頬に到達した。触れられた場所にじっとりと跡が残っていそうな感じさえする。ナメクジに這われたらこんな気分だろうか、しかしそれにしてはこそばゆくて快不快もよく分からない。
 肩に置いた手、脇腹を挟む腿。表皮よりも鳩尾の奥が熱い。熱は背骨を駆け上がって脳の中心を焼き始める。
「――このまま黙って寝転がってるつもりなら、僕にも考えがあるよ」
 渇いた唇から漏れる最後通牒に、男はようやっと目を細めてみせる。随分と気の長いことだ。忍耐強いのは美点だが、行き過ぎると獲物を取り逃がす。しかしそこまで教えてやるような親切心は持ち合わせがない。
 それに、自分は獲物なんぞになってやる気はなかった。
「どうするつもりなのか、興味があるのは確かなんだけどな」
 頬に触れているのと逆の手が、腰を抱き込んで強く引く。次の瞬間には綺麗に反転して、眇められた飴色を見上げる格好になっていた。
「生憎と、乗られるより乗る方が好きなんでね」
 次第に距離を詰めてくる、甘さと鋭さの同居した顔。後ろ頸に手を回しながら、鼻で笑ってやった。
「下品」
「セクシーって言えよ」
「絶対嫌だ」
 唇がほとんど合わさりそうな距離で囁かれる。
「ほら、望み通りにしてやるから……来て、って言ってみろよ」
 男の手はもう胸元を探り始めている。余裕のある振りはどうやらお終いらしい。実に愉快だ。口角が上がった。
「言わせてみせてよ」
「……全く、いい度胸してるぜ」
 とうとう言葉は封じられた。それではお手並み拝見。


fin.

2012/8/27初出(pixiv)
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