右手に刀、踊る銃 後


 コルジェット・ファミリーの本拠地へは車を飛ばして20分強。ただでさえ人数が少ない所へ、実行部隊だの見張り役だのに振り分けて碌な手駒は残っていないだろう、という読みは当たった。彼らの表の顔である会社の事務所にはボスを含めて3人しかいなかった。
「吐いたか?」
『まだです』
「そこで手間取ってどうする。やらかしたことの重さは自覚してるはずだ、素直に吐けば十代目のお慈悲を得られるかもしれねえ、そこを突いて揺さぶれ」
『はい』
「会社の方はどうだ、不審な金の出入りは?」
『今帳簿を洗わせてます』
 小物の割に粘ったようだが、程なくしてコルジェットのボスは黒幕の名を暴露した。獄寺やリボーンが想像した通り、パレルモ県の地区代表の1人で、今日綱吉が出席した最高幹部会の一員である。ボンゴレほどではないが力のあるファミリーだった。
「チェファリ……中立派だと思ってたがな」
「お、出たか」
「ええ。流石に今度は規模がでかいっスから、守護者を送ります」
「誰がいるんだ?」
「山本、ランボ……まあここは山本っスね……」
 獄寺は非常に苦い思いで突入班のリーダーを決めた。本当は自分が行きたい。しかし今ここに自分よりマシな頭脳プレイが出来そうな者はいなかった。というか常々思っていたが、守護者たちの後先考えなさといったら酷いものがある。話は聞かない、あるいは理解できない、好き勝手に動く。どいつもこいつも戦場でしか役に立たない、ロクなもんじゃねえ、とかつての自分を棚に上げて文句たらたらの獄寺である。

『獄寺さん、ありました』
「なんだ?」
『2週間ほど前、大金が入ってます。クリーニング会社からということになってますが……』
「チェファリの隠れ蓑ってとこか」
『はい、ただの幽霊会社みたいですね』
「取引があったのは確実だな。多分その金は前金程度だろう、もっと詳しく喋らせとけ」
『分かりました』
 一旦部下との通話は遠ざけ、今度は山本を呼び出す。事情を説明すると、暇を持て余してキャッチボールに勤しんでいた彼は、喜んで斬り込み隊長の任を受けた。
「いいか、俺が良いと言うまで絶対に突っ込むなよ。あと、出来るだけ殺すな。特にガラッシの奴は絶対に生かしておけ」
 流石にひとつのファミリーを独断で潰すことは出来ない。ボンゴレの立場をあまりにも悪くする。
『ガラッシ?』
「チェファリのボスだ。どのくらいで出発できる?」
『15分……いや、10分もありゃ出れるぜ』
「人選は任せるが腕の立つのを連れてけ、俺からも何人か出す」
『はいよー……ん?何だ?』
 電話の向こうで山本の声が遠くなり、呼びかけにも応じなくなった。イライラしながら待つこと暫し、戻って来た山本は爽やかに爆弾を投下した。
『今こっちに雲雀いるんだけどよー、一緒に行きたいってさ。いいよな?』
「…………!」

 想定外の雲雀乱入に、獄寺は手の中の携帯を軋むほど握りしめた。いつもは捕まらないくせにこういうときだけ現れて気の向くままに事態を引っ掻き回していく、それが雲雀恭弥という男である。その意味では六道骸と何ら変わるところがない。この2人にザンザスを加えて「ボンゴレの三大不安要素」とは綱吉の言だ。不安過ぎる。
「……なんでこんな時に……!」
「いいじゃねーか。向こうの戦力が読めねーんだ、ヒバリ1人いるだけで大分違う」
「そりゃそうっスけど!どうしたら…………くそっ、おい、雲雀に代われ!」
『――何か用?』
「俺の指示があるまで動くな、無闇に殺すな!それだけは絶対守れ!」
『君の指図は受けたくないんだけど』
 予想通りの反応に、獄寺は用意していた答えを返す。
「いや、絶対守れ。――守ったら、ザンザスの奴が戻り次第好きなだけやり合っていい」
 ザンザスは、綱吉の護衛という屈辱的な任務に加え、囮さながらに使われて相当ストレスを溜めていることだろう。ここでまた勝手にダシに使ったことを知られたら冗談でなく命が危ないが、上手く雲雀に挑発されて喧嘩に夢中になってくれることを祈るばかりだ。
 幸いこの条件は、雲雀にとっても有益だと判断されたらしかった。
『……仕方ないね。分かったよ』
 ところが、電話を切った獄寺に追い打ちをかける者がある。
「獄寺。俺も行きてー」
「……リボーンさん。さっきも言った気がしますけど、ボンゴレのことには口を出さないはずじゃ?」
「さっきも言った気がするけどな、暇なんだ。それに出すのは口じゃねーぞ、手だ」
「揚げ足取らないで下さい……」
「さーて行くか」
「ちょ!」
 本格的に立ち上がったリボーンを慌てて止める。
「……待って下さい」
「いや、待たねー」
「待って下さい、リボーンさん」
 もう一度、コルジェットのところにいる部下との通話回線を開きながら、あくまで静かに言う。リボーンは振り返って、獄寺を見た。



「――ねえ、つまらないんだけど」
「あんま殺すなって話だしなー」
 慎重を期して精鋭ばかりを集め、チェファリ・ファミリーの本拠地に乗り込んだわけだが、雲雀という飛び入りゲストのお陰かさしたる損害もなく奥へ奥へと突き進んでいく。先陣を切る守護者たちに至っては――本来後方でどっしり構えているべき立場なのだが――あたかも無人の野を行くが如き快進撃だった。
「さんざん待たされてこれとはね。一体何様のつもり、あいつ」
「まーまーそう怒んなって。代わりにザンザスと戦えるんだろ?」
 その豪快かつバイオレンスな見てくれに反して、会話の調子は到って平板である。怖れをなしたチェファッリの構成員の中には倒れた振りをしてこっそり逃げていく者も少なくないが、山本はそんな1人を捕まえて尋ねた。
「お前らのボス……なんて名前だっけ?」
「知らない。興味ない」
「なんでもいいや、とにかくボスのいるとこ連れてってくれよ」
 不運な彼はボスの居室まで案内を務めさせられた。
 雲雀が扉を蹴破ると、途端に耳障りな金属音がガチャガチャと響く。大小様々の銃火器、刃物、その他様々な武器を携えた男たちが、ボス――ガラッシを守るように取り囲んでいた。後ろに続いていたボンゴレの戦闘員たちに改めて緊張が走った。

「まったく、ボンゴレはいつもいつも想定外のことをしてくれるよ」
 いささか青褪めている初老のボスは、しかし取り乱した様子もなく落ち着いていた。
「そりゃどーも。そっちは随分お粗末な計画だったみてーじゃねーか?獄寺があっという間にお前らに辿り着いたわけだしな」
「獄寺……ああ、十代目の右腕と称するあの。確かに若造にしちゃ良くやったと言ってやってもいい」
 ガラッシは唇を歪めて軽蔑の笑みを浮かべる。
「――だが詰めが甘いな。俺たちとコルジェットが繋がってた証拠はない、奴らが勝手に喚いてるだけだ。ボンゴレは傘下から裏切り者を出した上、根拠もなく俺たちを襲撃した……果たしてこの事実がお前たちの風評にどう響くかな」
「……ん?なあちょっと待って。獄寺、突入の合図出したよな?」
「出した。ねえ、これ以上まだ喋り続ける気?そろそろ片付けて帰りたいんだけど」
「いやいや待てって、殺すなって言われてんだし。それより証拠ってなんだ?このままやっちゃっていいのか?」
「どうでもいい、そんなの」
 首を傾げ始めた山本と、苛立ちを隠そうともしない雲雀。2人の様子を見て、ガラッシの顔にますます薄笑いが広がる。
「やっぱりな。暴れ回るしか能のないガキどもが……おっと」
 ガラッシがポケットに手を突っ込んだ。ボンゴレ側は警戒の色を強めるが、彼が取り出したのは武器ではなく携帯電話だった。
「――よし。お前たちのボスが、コルジェットの連中を片付けたらしい」
「ツナが?」
「どうやら暗殺は失敗に終わったようだな。というわけで俺たちは卑劣な暗殺者どもと手を切らせてもらう」
 山本は直感的にまずいと察し、鋭く声を張る。
「ダメだその電話っ……」
 しかしガラッシを守る部下たちが一斉に得物を構える。さしもの山本と雲雀も一瞬踏み止まらざるを得なかった。そしてガラッシが通話口に向かって冷たく言い放った――
「――消せ」



「了解」
 その命を受けた者は、ついと口角を上げる。
 銃声が轟く。同時に悲鳴が部屋の空気を裂いた。



「な……!?」
 その場にいた全員の耳に、電話越しの発砲音は届いた。しかしボンゴレ側に理解できないのは、それを聞いたガラッシが驚愕に目を見開いたことである。
「ど……どういうことだ!?誰だ!そこで何をしてる!?」
 喚き始めたボスを、部下たちも呆気にとられて見つめている。いよいよ山本が混乱を覚え始めたとき、しばらく切られていた無線が突如繋がり、耳の中で獄寺の冷静な声が言った。
『山本、もういいぞ。その場にいる連中、死なせない程度に暴れてこい』
「うおっと……獄寺、どういうことか後で説明しろよな!」
「もういいの?じゃ、遠慮なく」
 日本刀とトンファーが、再び唸りを上げ始める。チェファリの男たちは慌てて応戦しようとするも、ボンゴレの誇る雨と雲の守護者の前に、脆くも崩れ去っていった。



「……ちょっと、死なせるなって言いましたよね?」
『死なせてねーぞ』
「思いっきり撃ってたじゃないスか!」
『ちょっとばかり脚に穴が開いただけだ。心配すんな』
「……いいです、もう。それよりありました?」
『ああ。コイツ持って帰りゃいいんだろ?』
 リボーンが1人で向かったのは、公証人のところだった。
 マフィア内部の事柄に書類が残されることはない。全て口約束である。マフィアに関することは真実しか口にしないこと、この掟が守られる限りマフィア同士の約束は信用できる。しかし、流石に口だけでボンゴレのような大ファミリーを敵に回すほど、コルジェットも愚かではなかった。
 暗殺成功の暁には、組織の地位向上と会社への仕事の融通という、「裏」と「表」双方の報酬が払われることになっていた。そして「表」の件に関しては真っ当な契約書を残させることで、簡単に切り捨てられないよう注意したのである。
 それを聞いた獄寺はすぐさま、契約に立ち会った公証人の身元を調べさせた。すると案の定、チェファリ・ファミリーの一員であることが判明した。つまり暗殺が失敗した時点で契約書を破棄し、繋がりを断てるよう仕組まれていたわけである。コルジェットは結局、徹頭徹尾チェファリに利用されて終わった。

『哀れだな、目先の利益につられたばっかりに……こんな紙切れ一枚で安心しやがって』
 リボーンが呆れたように言う。獄寺は肩を竦めた。ボンゴレを裏切った下っ端のことなど最早どうでもいい。この後は、チェファリを追い詰めるための材料のひとつになってもらうだけだ。ボスのガラッシはまず、地区代表の座から追いやられることは確実である。
「まずは一段落ですね。お疲れ様です」
『カケラも手応えはなかったけどな。――ツナはどうした?』
「あー……」
 獄寺は口籠り、ついで眉を顰める。
「もうお帰りになってるはずだったんですが……ザンザスの野郎が勝手に……」
『どうしたんだ?』
「今日は帰らねえ、とか何とか」
 沈黙が落ちる。次の瞬間リボーンは声を上げて笑っていた。
「ちょ……どうしたんです?」
『いやー、ツナの奴……災難だな……くくっ』
「笑い事じゃないっスよ!今頃何されてるやら……十代目相手に滅多な真似はできねーと思いますが」
『ナニされてるやら、な……帰ってきたらこりゃ間違いなく不機嫌だぞ、覚悟しとけ』
「……言われなくてももうできてます」
 面倒な段階はほとんど終わった。綱吉の仕事をあまり増やさずに済んだわけだが、どうやら少々精神的疲労を与えてしまったかもしれない。
「ハアー、右腕としてどうなんだ、俺……十代目を無駄に疲れさせるようじゃ……」
 深く嘆息して頭を抱え込む。綱吉も大方の事情は察していたらしいとは言っても、無許可でかなり派手な立ち回りをやらかした。それも綱吉自身を囮に使ってである。結果として上手くいったわけだが、お叱りを頂いても反駁は出来ない。
『ま、どうせボスなんて餌に使うか踏ん反り返って虚勢張らせるか、そのくれーしか役に立たねーからな。せいぜい本分を果たさせてやれ』
「いやその言い方は流石にどうかと」
『獄寺、褒めてやる。今回はお前の手柄だ』

 獄寺は目を見開いた。滅多なことでは他人を持ち上げないリボーン直々の褒め言葉である。嬉しさより先に驚きが胸を占拠したのも無理からぬことだった。
「……あの、本気で言ってます?」
『あたりめーだ、俺の言葉を疑う気か?』
「いえ、その、あまりにも意外で。ありがとうございます」
『失礼な奴だな。マジで褒めてんだぞ、帰ったらヒバリのお守りをしてやってもいいってくらいには』
「それは……助かります。是非とも」
 力を込めて言った。向こうでリボーンが笑う気配がする。
 通信を切って、椅子の背もたれにどさりと身を預ける。右腕に休みはない。が、ひとまずは休憩だ。明日は潔く叱られよう。それからまた働き始めるのだ。もっと綱吉の腹心に相応しい男として。


fin.


2012/8/24初出(pixiv)
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