小姓に案内されて大広間に入った十四郎は、少し混乱していました。
「……んだ、これは……」
低い声に驚いて、近くにいた人々がちょっと肩を竦めましたが、十四郎はおかまいなしにズンズン歩いていきます。
十四郎は武闘会に来たつもりでした。しかしこの広間では、軽やかな音楽に合わせて何組ものカップルが踊ったり、数人のグループがグラスを片手に談笑したりしています。男も女も華やかに着飾っていて眩しい程です。
「まるでパーティーじゃねえか……」
舞踏会なのだから当然です。
「場所を間違えたか?……うおっ」
十四郎は慌てて壁の方を向きました。やはり着飾った沖田と山崎が通り過ぎていくところでした。
「……こん中じゃ俺が一番だ、やっと長年の願望がかなうぜィ……」
「あんま変なことしないで下さいよ、頼みますから……」
この二人がいるということは、やはりここは武闘会の会場なのでしょう。それに、「一番」とか「願望がかなう」とか聞こえました。優勝したらなにか願いをかなえてもらえるのでしょうか。
十四郎が誤解を増やしながら歩いていくと、異様な光景に出くわしました。綺麗な女性がいかついゴリラのような男をタコ殴りにしています。求めていた武闘会に近い光景でしたが、女性は公の場にふさわしくない罵詈雑言をまくしたて、ゴリラの方はすでに血だるまでした。さすがの十四郎も背筋が寒くなりました。思わずあとずさると、背中を何かにぶつけました。
「おッと、すまねェ」
十四郎がぶつかったのは白ずくめの男でした。上着も半ズボンも膝下で折り返しのあるブーツも、青で縁取りがしてある以外は全部白です。髪にいたっては銀色で、おまけに好き勝手な方向にピンピンはねていました。
彼はとても焦っているようでした。十四郎が謝るとちょっと驚いたような表情をしましたが、いきなり十四郎の腕を掴んで早口で囁きました。
「ワリーけど、ちょっと一緒に来て」
そう言うと、返事も聞かずに腕をつかんだまま歩き出しました。十四郎は神楽の忠告に今こそ従うべきかと思いましたが、男が小声で事情を説明しだしたので殴るのは勘弁してやりました。
「いや実はな、ストーカーに追われてんだよ。コレがもうしつこくてしつこくてな。捕まったら最後二度と自由になれない気がする」
なるほど、確かに「逃げてもムダよ!そうやって私をやきもきさせて楽しんでいるんでしょうけど、私はあなたの居場所なんて1q先からでも分かるの!」と女の甲高い声がします。かなり大変そうですが、十四郎は厳しい意見を述べました。
「ストーカーがなんだってんだ、そんなもん叩きのめしゃいいだろ。それとも出来ねーのか?」
「バッカおめ、俺を誰だと思ってんだ。強いんだぞ俺は、こないだもな……うお、ヤベェ!見つかった……おいお前、ちょっと俺と踊って!頼むから!」
「は?え……」
十四郎は事態をよく飲み込めないまま、ダンスフロアに引っぱり込まれました。男は十四郎の右手を握って腰に手を回し、「わかんなかったら俺に合わせて動くだけでいーから」と言うと踊りだしました。なかなか上手……とは言えませんでしたが。
十四郎は引っぱられるままに動きながら、左手の行き場に困ったあげく、男の腰に回すことで妥協しました。
男はしばらく辺りをキョロキョロと見回していましたが、やがてほっとしたように溜息をついて十四郎を見ました。
「よし、これで当分は大丈夫だ。サンキューな、助かったぜ多串君」
「多串って誰だよ。俺は土方十四郎だ」
「え、何?ちんかす?」
「全然違うだろーが!しかもよりによってその名前!土方だっつってんの!」
「あーはいはい」
男はそっぽを向いて生返事をしました。十四郎は大げさに溜息をつくと、男をキッと睨みました。
「で?お前の名前は?」
男は一瞬ためらう様子を見せてから、慎重に答えました。
「俺は……銀時」
「偽名じゃねーだろうな?」
一瞬の間を怪しんで十四郎は聞きました。銀時はポカンとしていましたが、しばらくしてちょっと笑いました。
「本名だとも」
名前を聞き出したところで、十四郎は最前から気になっていたことを尋ねました。
「なぁ、これは武闘会じゃないのか?」
「え?……え、いやあ、これは間違いなく舞踏会ですが」
二人の間には、残念ながら決定的な食い違いがありました。
「だよな?なんか一番になったら願いをかなえてもらえるとか言ってたんだが……」
確かに、女性達の中で一番王子の好みに合えば念願かなって王子の后ですから、十四郎が思い込んでいることも当たってるっちゃあ当たってます。
銀時は、この長身でガラの悪いお姫様は何を言っているんだろうか、と普段は全く使わない頭をフル回転させて考え、ひとつの可能性に辿り着きました。
「土方……お前、なんか愉快な勘違いしてね?」
「何がだ?つか愉快って何だオイ!」
銀時は五分程費やして、これは武闘会ではなく舞踏会であることを十四郎に納得させました。
「そうだったのか……道理で」
「本当に分かってなかったんだなお前……。ていうか、優勝したら何かなえてもらうつもりだったんだ?」
十四郎は継母から解放される事が一番の望みであったことを告げました。そこから話題はお互いの身内へのグチに移り、出るわ出るわ不平不満の数々で時のたつのも忘れました。
十四郎は夢中になって継母と義姉をこき下ろしていましたが、突然神楽の言葉を思い出しました。時計を見ると、もうすぐ十二時です。
「あ、いけね。俺十二時に帰るように言われてたんだ。もう行くわ」
「え?帰っちゃうの?」
まだまだ話し足りなさそうな銀時の腕を振り払い、十四郎は走って城から出ました。途中ドレスの裾を踏んづけて転び、靴が片方脱げてしまいました。十四郎はためらわずもう片方の靴も脱ぎ捨てると、トマトの馬車に乗って家を目指しました。
銀時は十四郎を追って外に出ました。既に十四郎はいませんでしたが、代わりに落し物らしい靴を拾いました。まだ聞いて欲しい噴飯もののエピソードがあった全く駄目な王子、略してマダオの銀時は、ガッカリして肩を落としました。
***
「――で、誰かいい人見つけたんですか?」
「ぜーんぜん」
腹心の家来の新八に尋ねられた銀時はあくび混じりに答えました。
新八は平然としているように見えましたが、口元はピクピクと痙攣しています。
「そうですか。じゃあ結婚相手は神楽様ということになりますが、いいんですね」
「待て待て!何でそうなるんだ、それにアイツ魔女だろーが!」
「嫌ならさっさと自分で決めろ、このバカ王子!」
新八は一気にキレました。もともと沸点は低いのです。
「てめっ、主人に向かってなんてこと言うんだ!殿下と呼べェ!」
「結婚したら殿下でも陛下でも何とでも呼んでやるわ!」
さらに言い返そうとした銀時は、手に持ったままだった靴に気づいて動きを止めました。
「……そうだ、この手があったか」
「何です?」
銀時はニンマリ笑って、靴を新八のほうへ突き出しました。
「この靴の持ち主を探せ。俺はソイツと結婚する」
無論銀時は結婚するつもりなど全くありません。「今探している」と母・お登勢に言えば時間稼ぎになります。その間に次の方法を考えればいいのです。
新八は靴を受け取りました。ずいぶん大きな靴です。下手すれば銀時でも履けそうでした。でも、こんなに足の大きい女性はめったにいませんから、簡単に見つかりそうです。
「ま、一応シンデレラのパロディだからな。探させなきゃマズイだろ」
「銀さん、せっかく今までおとぎ話を装って頑張ってきたんですよ。すべてをブチ壊すような発言はやめて下さい」
新八のほうが余程マズイことを言っています。
とにかく、「結婚しろ」攻撃から逃れるための捜索が始まりました。
十四郎は舞踏会の夜以来、銀時とかいう男のことが忘れられませんでした。
正確に言うと、彼の「強いんだぞ俺は」という何気ない言葉が、です。
銀時のヘラヘラした様子だけを見ているとただの誇張のように思えましたが、十四郎の腕を痛くならないよう、しかし逃げられないように掴んでいた力加減は、只者ではないようでした。
(アイツは強い。――おそらくは、俺よりも)
そんなわけで十四郎は、銀時にもう一度会いたい、会って決闘したいと強く願っていました。銀時が王子だったなんて全く知りませんでしたし、知っていたとしてもそれは関係のない事でした。
沖田は不機嫌でした。自分が、もしくは山崎が王子の后になり、一生楽に暮らしていくという野望が果たせなかったからです。
王子に一杯盛って、正気でないうちにプロポーズさせようという作戦も実行できませんでした。
もうこうなったら、金はあっても頭はない貴族の妻か愛人になって、自分を遺産相続人にさせた後に消すといういつもの手に戻ろうと決めました。
だから、新八が靴を持って訪ねてきた時も「そんなデケェ足の女ァいませんや」と言って門前払いを食わせました。
十四郎はそんな事があったなんて夢にも知りませんでした。例のごとく修行に励んでいたからです。それ以前に靴を落とした事も忘れていました。
そんなわけで探し人は見つからず、二ヵ月後王子が家来ひとりを連れて出奔しました。女王は王子の結婚相手の前に王子本人を探さなければなりませんでした。
***
一年たっても王子は見つからず、女王は諦めてキャサリンという恐ろしく不細工な姪を跡継ぎにしました。
沖田は二回程金持ちの老人に毒を盛りましたが、近藤というゴリラのような男に出会ってからどういう心境の変化があったのか、ピタリと何もしなくなりました。そして勝手に近藤の屋敷に住みつき、勝手に妻を名乗りました。
一方十四郎は、沖田と山崎と共に近藤の屋敷に移りましたが、完全に山崎を自分の支配下に置きました。今では山崎は立派なパシリです。
十四郎は銀時と再会し、決闘する日を夢見て、さらに腕を上げていました。
その銀時はというと……
「動くなよ、今気づかれたら全部パアだ」
「分かってますって。銀さんこそしくじらないで下さいよ」
「もうすぐ三日ぶりに肉が食えるアル。絶対唐揚げにするアルヨ」
新八と、親交のあった神楽と三人で旅をしていました。用心棒になったり、猛獣退治をやったりして食いつないでいましたが、今の三人は鶏泥棒です。新八は本来なら止める立場でしたが、人間空腹には勝てません。
銀時はそっと、放し飼いにされている鶏の一羽に手をのばしました。
「オイ、何やってんだ」
突然声がして、三人は動きを止めました。そして地面に腹這いになったまま、ゆっくり声のした方を見上げました。
立っていたのは十四郎でした。十四郎は銀時の顔を見て、ニヤリと笑いました。
「怪しい銀髪がいると思ったらやっぱりテメエか。やっと会えたぜ」
「え?……あ、お前もしかして、舞踏会のときの……土方?なんで、」
「舞踏会……って、銀さん、この人があの、靴の?」
「やっぱりあれはトシちゃんだったアルカ!」
「おう、チャイナ娘。久しぶりだな。総悟ならこの屋敷にいるぜ」
「マジでか!待ってろヨあいつめ、今度こそギタギタにしてくれるアル!」
神楽は空腹だったのも忘れて屋敷に駆け込んでいきました。それを見送った十四郎は、銀時の手を取って立たせました。新八は何の気を利かせたつもりなのか、そっと立ち去りました。
十四郎は戸惑ったような銀時の目をまっすぐに見つめ、そして言いました。
「やっと、言える。……銀時、決闘しよう」
二人はめでたく決闘し、いつまでも仲良く喧嘩し続けましたとさ。
fin.
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