無垢で無邪気な赤ん坊


 思い出すのもバカバカしいほど多くの命を奪ってきた。それが生業だった。もう見慣れてしまった、小さくふくふくとした手を眺める。どっぷりと血に塗れた手だ。後ろを振り返るような無益な真似はしないが、今まで渡ってきた場所もまた、暗澹として血腥い。
 しかしこの身を雁字搦めにしているはずの業は、実際大した枷にもならなかった。罪悪感など覚えたことも無い。だからこそこの世界を、この道を歩き続けてきた。躊躇いもなくただ淡々と。
 いつかしっぺ返しを食らうだろう。たとえ虹の呪いなど受けなかったとしても、ベッドの上で穏やかに息を引き取る未来など来よう筈もない。それが因果という奴だ。皮肉でも自嘲でもなく、それがただ真実だった。
 眉間に皺を寄せ、今にも泣きだしそうな瞳で必死に叫ぶ少年の、まだあどけなさの残る顔を黙って見上げる。だからこの教え子の怒りはお門違いなのだ。同情されるような境遇でもなければ、彼の信念の下に正されてやる筋合いもない。
 もう何度も噛みしめたことをまた反芻する。自分と彼とは決定的に違う世界を生きてきたのだ。その高い壁を無理に越えさせ、引っ張り込んだのは確かにこちらの一存だった。しかしそれ以来、彼は一体何を見てきたのだろう。ボンゴレ十代目としての身体を狙われ、地位を狙われ、持てる全てを狙われてきた。欲も裏切りも欺瞞も不信も、嫌というほど目にした筈なのに。
「リボーン」
「ん」
「オレ、お前を絶対に死なせないから」
 これっぽっちも変わっちゃいない。家庭教師のリボーンは赤ん坊のくせに凄い奴で、横暴でむちゃくちゃだけどいつも頼りになる、大事な先生で仲間だと、心の底から信じている。
 彼以外の誰がこんなことを言えるだろう。同じ運命を背負うアルコバレーノたちも、長い付き合いをしてきた数えるほどの友も、リボーンの言い分に諸手を挙げてとはいかずとも理を認めるに違いなかった。彼だけが、二年にも満たない間、けれど誰よりも傍にいたこのか弱く強情な少年だけが。孤高のヒットマンの生きてきた陰惨な道のことなど、何も知らないくせに。
 それだからこそ、リボーンを救おうなどと呆れたことを考える。
 本当に何も知らないのだ。リボーンの実の姿さえ、目にしたくせに知らずにいる。真実の自分は抱き上げたり肩に乗せたり、そんなことをされる必要など欠片もない、大人の男だ。守られるような者ではないのに。
 幾多の戦いで少し硬くなった少年の手が、小さな赤ん坊の手に触れる。リボーンはこの時ほど強く、庇護されるべき今の姿を意識したことはなかった。
 綱吉はきっと、全力で、己を守るだろう。それは今まで、綱吉以外の誰もがしようとも思わなかったことだった。
 空がやけに、きらきらと眩しい。


fin.

2012/6/27初出(pixiv)
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