Reversi小説 | ナノ



5-5

 鬱々と湿った空気で肺が満たされる。木々の隙間から差し込む光さえ、今はどこか不気味さを感じさせた。

 ここは光一たちがセレナと出会った場所、街の人々からは『魔女の森』と呼ばれている森の中だ。昼間だというのに辺り一面薄暗く、肌寒い。動物の鳴き声ひとつ聞こえない静寂に包まれた森に、七人の歩く音と息遣いが吸い込まれていった。

 視界に入るのは木、木、ひたすらに木。森の中に入ってからここまで迷いなく進んできたが、それはセレナの先導のおかげだ。カナタたちが活動拠点としている建物は、イリアの読み通り森の奥深くにあるらしい。何重にもカモフラージュの魔法をかけているため、普通に歩いているだけでは永遠にたどり着けないのだそうだ。止まることなく道なき道を歩き続けるセレナを全員で追いかける。いつも呆けたような顔でぼぅっとしているセレナも、こういう時には頼もしく思えた。

 ずっと同じ景色が続いているからか、時間の感覚が麻痺している。どのくらい歩いたのだろうと思い始めたとき、セレナの足がぴたりと止まった。彼女に合わせて、後ろについていた全員も一斉に足を止める。一見周りの風景に変わりはないが、目的の場所にたどり着いたのだろうか。

 全員の視線を一身に受け、セレナはいつものお気楽な笑みを浮かべた。

「すみません、迷っちゃいました〜」
「ええええぇ……」

 悪びれなく衝撃の事実を告白する彼女に、どこからともなく非難のような呆れ交じりの声が飛んできた。かなりの距離を突き進んできたように思うが、どこから迷っていたのだろうか。自信満々の歩調はいったいなんだったのだろうか。

「私が抜けたあと、少しだけ魔法を変えたみたいですね。今までの方法では入れなくなっています」
「まぁ、当然と言えば当然だな。そこに気付かずセレナに頼り切ってしまった私のミスだ。面倒だが魔法を解除しないことには先に進めないな」

 一番うしろを歩いていたイリアが、あごに手を当ててつぶやいた。

 無造作に並ぶ木々は、まるで侵入者を監視しているかのようだ。光一が何の気なしに辺りを見回すと、視界の一部がぐにゃりと歪んだ。光一は自分の目がおかしくなったのかと思ったが、すぐにそうではないと気付く。

 不自然に曲がった木の隙間から、一人の少年が現れたからだ。今のはおそらく彼の魔法か何かで、そしておそらく、彼は敵だ。

 現れた少年は白いシャツに黒のベストとスラックス、シルクハットに片眼鏡、手にはステッキとまるでマジシャンのような恰好をしている。あまり高くない身長からして、まだ光一たちよりも幼いと思われる。

 少年は右目の片眼鏡を光らせると、ハットを軽くおさえて姿勢よくお辞儀をして見せた。

「レディース、アンドジェントルマン。親愛なる紳士、淑女のみなさま。ようこそおいで下さいました」

 少年が顔を上げる。どう見ても小学生のその顔には、似つかわしくない下卑た笑みがにじんでいた。

「黒魔女さんが寝返ったのは聞いていたけど……本当だったんだね。ふふ、あなたにも意思ってものがあったんだ。ボクびっくりしちゃったよ」
「なんだ、わざわざ出迎えてくれるとは親切だな。なに、お構いはいらん。私たちは賢斗を返してもらいに来ただけだ。ついでにカナタともゆっくり話がしたいしな。奥に通してくれ」

 イリアがずいっと前にでた。少年は一歩下がると、ステッキを構えた。

「イリアさん……ですね。申し訳ありませんが、そちらの要求はのめません。ですが、さすがにあなたを含めたこの人数とやり合うのは無謀ですね」

 少年が左手でステッキを軽く振る。目の前にある邪魔なものを振り払うような動きだった。すると、周りの木々が音もなく移動し始めた。木々だけではない、地形そのものが徐々に変形しているようだ。

「なッ、なんやコレ! アイツの魔法か!?」
「彼は幻を見せるのが得意なんです、落ち着いて……」
「ただの幻だと思って舐めないで下さいよ!」

 少年が勢いよく腕を振ると、周りの木々がバタバタと倒れ始めた。土埃が舞い、視界が効かない。折れた枝が飛んできて、腕にうっすらと傷が入った。これが本当に幻だというのだろうか。

 光一は倒れてくる気の下敷きにならないよう注意しながら辺りを見回したが、仲間たちの姿が見えない。

「クッソ……《カグツチ》!」

 首に下げていたネックレスを握りしめ、力任せに引きちぎる。握った拳のすき間から光が溢れ、光の粒子が大剣をかたどる。それが確かな感触に変わった時、光一は腕を振り上げた。体重を乗せて、今度は振り下ろす。まとっていた光がはじけ散り、光一の手には巨大な大剣が握られていた。

「火ィ出すのはさすがにアレやんな……」

 森の中で炎を出してしまえば、大惨事になりかねない。今さらながら、戦い以外の場面で魔法を使うのは難しいと光一はうなる。もどかしい気持ちを抱えつつ前に進んでいくと、急に視界が元に戻った。円形にひらけた場所を木々が規則正しく囲っている。不自然なそのスペースは、RPGのマップのようだ。その中心に、数人の姿が見えた。

「ケント! ……とヒカル?」

 先程の地形変動(のように見えたが、幻だったのだろうか?)によって、仲間たちはある程度離れ離れにさせられたらしい。この場にいるのはケントとヒカル、それからヒカルにぴったりくっついているマロンの三人だけだ。

 ケントが忌々しそうに鼻を鳴らした。

「幻覚系の魔法か……思った以上に厄介だな。まぁこういう魔法を得意とする奴は大抵戦闘力はそうでもないんだよな」
「そうは言っても本人を見つけられないんじゃ意味ないでしょ。今出来ることを探さないと」
「んなことは解ってるよ。っとにいちいち面倒くさいなお前は」

 ヒカルの横槍を受け、ケントは心底煩わしい表情をにじませた。

 自分と同じ顔のヒカルと、賢斗と同じ顔のケントが会話をしている。光一から見た今の光景はなんとも言えない不思議なものだった。

「うふふ、魔法に戸惑ってるのかな? かーわいい……ハート
「ねーねー、メイはどれが好みなの? 二人ずつ半分こしようよ

 突如、頭上から声が聞こえた。聞いたことのない、女の子の声だ。会話をしているということは、少なくとも二人以上がこの場にいる。声はくすくす、くすくすと何が可笑しいのか解らないが楽しそうに笑っていた。

 四人の間に、ぴり、と緊張の糸が張り詰めた。全員がお互いの背後を隠すように、ゆっくりと外向きの円形になる。

 じりじりと時が過ぎていくのを待っていると、再び笑い声が聞こえた。今度はクラスの女子が会話中によくやる、甲高い笑い声だ。この笑い声は長時間聞いていると頭が痛くなってくるので、光一は苦手だった。止まらない不快な笑い声に、イライラが募り始める。

「やかましい! なんも面白くないわ、辞めろや!」

 苛立ちが伝わったのか、ぴたりと声がおさまった。光一はやりづらさを感じ、ふぅと息を吐いた。

 木の葉の擦れる音がする。右後方だ。首を回すと、木々の間からビビットなピンクと水色が現れた。派手な髪色にお揃いの黒いセーラー服を着た、同じ年くらいの少女が二人、並んで木の枝に腰かけていた。顔はよく似ている。よく似た姉妹か、あるいは双子だろうか。どちらも頭の上に小さなとんがり帽子を乗せていた。セーラー服に特徴的な帽子。この世界に大分慣れた光一はすぐにわかった。この二人はセレナと同じ、【魔女】だ。

 【魔女】たちは声こそ出さないものの、いまだその表情には笑みがこびりついていた。怪しく光る二つの赤い唇が、どこか妖艶さを感じさせた。

 相手はこちらを見つめてはいるが、特に何かをする素振りは見えない。こっちがどう出るか見計らっているのだろうか。二人のことをよく知っているであろうセレナもこの場にはいない。相手の情報が何もない状況で動くのは賢い選択ではないだろうが、元々光一はあれこれ考える たち ではない。敵であれば戦うしかない。

 他のみんなもそう考えたのだろうか。ケント、ヒカル、マロンの三人もそれぞれの武器を構えた。そういえば、ヒカルの魔具は初めて見る。

「《アマテラス》」

 ヒカルの声に反応し、彼が首にかけていたネックレスが光りだした。光は瞬く間に剣となり、ヒカルの右手に収まる。刃の薄い、細身の剣だ。剣は、木々の隙間からわずかに零れる日光をその身に吸い寄せるように、力強い輝きを放っていた。

 【光の魔力】を扱える、【光の剣士】の魔具。初めて見たはずのその剣だが、光一には見覚えがあった。

 刃の中心部分が黄金に輝き、シンプルだがそれがかっこよく見える柄のデザイン。見覚えがあるどころではない、光一はその剣を使っていた。忘れるはずがない、あの剣は入手方法が複雑で難易度が高く、手に入れるのに苦労したのだ。

 ヒカルが握っている剣は、光一と賢斗が毎日のようにやっていたゲーム『ドラハンV』の最高レア武器、伝説の『ライトソード』そのものだった。

 ヒカルが自分のリバーシだと言われてもどうもしっくりこなかったのだが、あの剣は確かに羨ましい。自分も実際に振ってみたい。

「あぁ、えーと……【光の剣士】だっけ?ハート
「たしかショウちゃんのお友達じゃなかった?

 【魔女】たちが、やっとまともな言葉を発した。いやに語尾がご機嫌で勘に触るが、いちいちツッコんでもいられない。光一はやっとのことで、思考をヒカルの剣から敵に戻した。会話に出てきた「ショウちゃん」とは誰だと思ったが、それについては考えるまでもなかった。

「トモダチじゃないよ、メイ、アン。【光の剣士】はボクが世界で三番目にキライな人間だ」

 陽気に話す二人の間から音もなく現れたのは、目の下の青クマが目立つ陰気な顔をぶら下げた学生帽の男。メイ、アンというのはこの【魔女】達の名前だろう。そしてこの男が、メイとアンが言うところのおそらく「ショウちゃん」、イリアの城で自分たちを襲い賢斗をさらって行った、剣士のショウタだ。

 メイとアンは、つまらなそうに「ふーん」と呟いた。

「まぁどうでもいいやハート ショウちゃんが嫌いならぁ……」
「アンたちがいただいちゃうね

 二人は軽い動作で木の枝から腰を上げると、前に手を伸ばした。首に巻いていたチョーカーが輝き出し、光の粒子となって首から離れ、手元に集まってくる。それはものの数秒で二本のほうきへと姿を変え、メイとアンが地面に着地する寸前でふわりと二人の腰を掬い上げた。まるで鏡合わせの映像を見ているかのように、二人の動きは一寸たりともズレのない完璧な左右対称だった。

 対抗するように、マロンも背にさした剣を引き抜いた。あちらは二対二で戦うつもりのようだ。

 ケントと光一は、ショウタが現れたことにより表情を一層引き締めた。ショウタという人物には、顔を見るだけで心を逆なでされるような、嫌な印象が強く残っていた。ケントと光一が鋭い目つきを自分に向けているのに気付くと、彼は左側の口の端だけつり上げるようにして、歪な表情で語った。

「ドーモ、その節はお世話になりまして。今日は荷物も持っていないので、剣士同士お手合わせということで……」

 ショウタはそこで妙な間をとり、ヨロシク、と不気味に笑った。剣士同士、ということは、この言葉は光一に向けられているらしい。こんな陰湿な奴と、「剣士」というくくりで同じにされるのは嫌だなと光一は思った。そんな些細なことを気にしてしまうほど、おそらく光一はショウタという人物のことが単純に嫌いだった。

 光一は、隣で魔具を構えているケントを見やる。前回ショウタと戦った時は、まったく歯が立たなかった。あれから数日しか経っていない。自分は、少しは強くなれただろうか。

 いや、成長はしているのだろう。トキヤに修行をつけてもらったことにより、光一ができることは確実に増えた。だが、いくら強くなったところで、ここで勝てなければなんの意味もない。負ければそこでゲームオーバー、コンテニューは用意されていない。なんとしても勝たなければならない。

 これ以上人数が増えなければ、二対一で数ではこちらが有利だ。前回は動揺や疲れが強かったが、ちゃんと息をそろえて攻撃すれば、勝機はあるかもしれない。光一はビリビリした緊張感を抱いて剣を握りしめた。

「おい、顔を動かさず聞け」

 隣から、声量を抑えたケントの声が聞こえた。少し離れたところにいるショウタには聞こえない程度の囁きだ。ケントのことだから、今の状況からとっさに作戦を立てたのだろう。光一は密かに期待しつつ次の言葉を待つ。

「左ななめ前。少し歪んでるの、見えるか?」

 眼球だけを動かして言われた方向を視界に入れる。隙間なく立ち並ぶ木々の間、確かに一か所だけ蜃気楼のように僅かに揺らめいている部分がある。うっすらと、向こう側に道が続いているのが見えた。

「あそこを突っ切ればこの幻から抜けられるはずだ。お前は先に進め」
「ハァ!?」
「バッ、でかい声出すんじゃねーよ!」

 提案は、光一の期待していたような内容ではなかった。自分がいなくなったら、ショウタをどう切り抜けるつもりなのか。というか、ケントはやはり自分の立場をわかっていないのだろうか。この期に及んで、一人で敵の相手をするというのか? ニーナともはぐれてしまったのに?

 光一は呆れてすぐに言葉を返すことができなかった。

「おっ前……ホンマに何考えとんの? 自分で言ったこと忘れたんか、お前はオレとニーナが……」
「臨機応変って知ってるか? お前にはわからんか、とにかく状況が変わった。急げ光一」

 臨機応変くらいさすがに知っている、などと噛みつく時間ももったいない。どう状況が変われば、ケントを置いて自分だけ前に進む選択肢が出てくるのか。

「状況ってなんやねん。わかるように説明しろや」
「そんな時間はない。いいから行け」
「作戦会議ですかァ〜? 可哀想なほど健気ですネ」

 ショウタは首をゆらゆらと動かし、レイピアを握った。

「あと十秒で動きますね」

 「い〜ち、に〜い、」と、かくれんぼでも始めるかのようなゆったりとしたカウントが始まった。
 じりじりと焦りが募るが、納得できる理由なしにケントを置いていけるはずもない。彼の言うことには、必ず何か意味があるはずだ。光一は考える。

 変わったのはなんだ? 仲間がバラバラにされたこと? ショウタが相手なこと?
 どれもケントの言葉と繋がらない。今この場で得られる情報はなんだ? 他の仲間とは連絡がとれない。ヒカルとマロンは戦闘を開始してしまっていて、話せる状況にない。他の人は関係ないのだろうか。ケントの言う「状況」とは、光一とケントの二人で完結する話なのか。

 いや、あるいは、もしかして、ケントだけが解る「状況」――……?

「待て、お前、まさか……」

 剣を握る手の感覚が遠のく。さっきまで汗で火照っていた身体が一瞬で冷えた。

 ケントだけが知っている、急がなければならない理由?



「賢斗に……なんかあったんか?」



 隣に立つケントは、表情を変えない。だが、否定の言葉は返ってこない。
 それだけで充分だった。光一は、前に進むことを決めた。

「きゅ〜う、」

 ショウタが動くまで、あと一カウント。
 ケントが斧を振り上げた。

「《バーンフロスト》!!」

 ショウタに向かって氷が はし る。木の幹を伝い、あと一歩で届くというところでショウタが飛んだ。
 着地したショウタは、ゆらりと首を下に垂らした。

「こっちは律義に待ってやったのにさァ……ヒドイなぁ……ソードマンシップに欠けるんじゃない?」
「俺様は剣士じゃない、皇子だ凡俗め」

 会話になっていない会話を交わし、ケントとショウタは距離を詰めていく。隙を作ろうとしてくれているのだろうか。

 光一は自分の剣に魔力を込め始めた。じわり、じわりと熱いものが心臓から腕を伝って流れてくる。ショウタの吐き捨てるような笑いが聞こえた。

「ハッ、僕の魔具は水属性だし、お仲間に至っては氷じゃナイですかぁ! 相性って知ってますか? アナタは足を引っ張るだけですよぉ、光一クン」

 やかましいわ。集中を乱さないよう、心の中でショウタに毒づく。
 相性が悪いことなんてわかっている。実を言うと、自分が魔具を発動させることでこれから何が起こるのかは、光一にもわからなかった。

 城を出る前、ケントに言われていたのだ。もし自分と同じ場所で戦うことになった場合、氷に向かって出来る限り全力の火をぶつけろと。
 しかし溜まった魔力から漏れ出る熱気により、ケントが作った氷はほとんど溶けてしまった。不安はあるが、ここまでやってしまったのだから最後までやりきるしかない。

 光一はすぅ、と大きく息を吸い込む。熱を孕んだ酸素が、肺に心地よかった。少し前にいたケントが僅かに振り向き、ニヤリと笑って口を開いた。

「ビビんなよ、最大火力!」
「誰がビビるか! 《ブレイブ・バースト》ォォォオオオオオ!!」

 これが自分に出せる最大火力だ。そう確信して息を吐いた瞬間。

 凄まじい爆発音が身体の芯を突き抜けた。あまりにも大きすぎて一瞬それが音だったのかも認識できなかったが、大地が揺れ、ものすごい量の煙が瞬く間に辺りを埋め尽くした。おそらく、大規模な爆発が起こったのだ。

 それにしては身体になんの影響もないと思っていたが、すぐ近くに巨大な壁が出来ているのが見えた。おそらくケントが氷で作ったものだろう。
 自分が炎を出したのと爆発が起きるタイミングを完璧に見計らったことに感心したいところだが、光一は反射的に足を動かしていた。

 行かなければならない。大丈夫、ケントはあんな奴にやられるほど弱くない。

 光一が目的のポイントに足を踏み入れると、景色が切り替わった。木で埋め尽くされていたはずのそこには、たしかに奥に続く道が存在していた。
 煙が晴れる。大気に舞う氷霧の中、ケントはいつもの勝気な笑みでこちらを見ていた。

「ケントォ!!」

 突然名前を呼ばれた少年は、顔をしかめる。いいから早く行けと思っていることだろう。
 だけど、言っておきたいことがあるのだ。

「絶対、死ぬなよ!」

 ケントは再び、人を小馬鹿にするような表情に戻る。彼はきっとこう言う。「当然だ」。



「フン、当然だ。俺様を誰だと思っている!」

「お前は、オレの親友や!!」

「――!」



 ――そう。あいつは自信過剰で、偉そうで、口が悪くて、でもいつも冷静で、周りをよく見ていて、頭が良くて、きっと下らないゲームが大好きな。



 自分の、大切な親友だ。



 向きを変え、振り返らずに走る。地面からはみ出た木の根につまずきそうになりながら、息を切らし走る。

 一瞬で移動できる魔法は、自分には使えない。せめて学年で一番足が速くてよかったと、よくわからないことを考える。

 この道が正解なのかはわからない。それでも全力で走る。今の光一にはそれしか出来ない。

 絶対に、賢斗を助ける。助けられる。

 光一は、これまでの人生でおそらく一番、自分のことを信じていた。

 理由なんてない。根拠はない。

 それでもどこからか、心の奥底から、次々にあふれ出てくる形容しがたい熱い気持ちが、光一を強くさせた。

[ 34/50 ]

[*prev] [next#]
[もくじ]
[しおりを挟む]