5-1
大きな鉄の塊が、音を立てて
地面についた刃先を再び持ち上げた金髪の少年、
「《ブレイブ・バースト》ォォォォォ!!」
周辺の空気が、ぐっと熱を帯びる。熱気によりゆらりと視界が揺れるが、光一の皮膚は熱さを感じなかった。力強く振り下ろされた刃がうなるように炎を吐き出す。剣から生み出された炎は
光一がふう、と息を吐くと、後ろから芝居がかった声が飛んできた。
「お見事! 三日でここまで行けたら上出来じゃない」
そう言って隣まで歩いてきたのは、長身の青年だった。光一が目だけを動かし隣を見やると、視界に鮮やかな緑色が飛び込んできた。明るい緑色の髪の毛は毛先に近付くにつれ明度が低くなっており、グラデーションになっている。そんな、人によっては見た瞬間顔をしかめてしまいそうな突飛なヘアスタイルも、日本人離れした整った顔立ちとすらりと美しく伸びる長い手足によって海外のモデルのようにまとまっていた。ここ数日光一に剣の修業をつけていた
光一は自らの大剣をネックレスの形に変えると、それを握りしめてぐっと伸びをした。
「はァーハラ減った! もう集中もたんわ、メシ行こうやー」
「そんな、近所のラーメン屋行くみたいなノリで言わないでくれる? まぁミチルならそろそろ用意してくれてるだろうけど」
トキヤが形の良い眉を少し歪め苦笑する。光一は着ているワイシャツの裾をぱたぱたとめくり、シャツの中に空気を送り込んだ。汗によりうっすらと湿ったシャツが体のあちこちに張り付いて不快だ。
「んじゃ、オレ一回シャワー浴びてくるわ。……あー……」
言い淀んだ光一を、トキヤがまっすぐ見つめる。光一は目をそらし、首のうしろをかきながら続けた。
「ありがとな、修業みてくれて。助かったわ」
「あはは、素直だねー。どういたしまして。」
ぶっきらぼうに言い放った光一に、トキヤはかみ殺すようにくつくつと笑った。その反応が分かっていたので光一はあまり言いたくなかったのだが、予定では修業も今日で最終日だ。感謝していることは事実なので口から出そうになる文句は飲み込んだ。
光一はトキヤの顔を見ることなく、修業場として使っていた中庭を早足で出る。そうしている間もトキヤは満足げに自分の背中を見ているのだろうと思うと、むずがゆくて仕方なかったからだ。
城内のシャワー室は二階の東側に位置している。今まで光一がいた中庭は一階にあるため、階段を上る必要があった。
この世界の住人は見た目こそ派手で非現実的な姿をしているが、それ以外は至って、不自然なほどに普通だった。疑問を持たずに順応してしまったが、出てくる食事が知っている味付けだったり、そもそも言葉が通じるのも不思議だ。グラス・ミロワールで見た文字らしき記号は解読できなかったが、話す言葉はみな日本語だった。他国の言語など習得していない光一にとってはもちろんそうでなければ色々と困るのだが、都合がよすぎるとは感じた。
自分は今、長い夢を見ているのかもしれない。光一はぐるぐる回っていた思考を押し退けた。
シャワー室の前までたどり着いた光一は、扉を開けようと手を伸ばす。しかしその手は
濡れた黒髪が視界に入った途端、光一は顔に不快感をにじませた。
「……ヒカル」
そこにいたのは光一とよく似た顔――いや、光一と全く同じ顔の、それでいて光一ではない人物。光一のリバーシ、ヒカルだった。
ヒカルというのはあだ名のようなもので、光一のリバーシであるなら本来の彼の名も『コウイチ』のはずだ。にもかかわらずそう呼ばないのは、ヒカル本人が「その名で呼ばないでくれ」と頼んだからである。
確かに光一も、自分と同じ名前で他人を呼ぶのは多少の気まずさというか気恥ずかしさのようなものがあったし、何よりややこしい。他の呼び名があるというのは助かる。しかしその理由が「コウイチという名前が嫌いだから」というのには、納得がいかなかった。
この城にヒカルが到着してから数日が経過したが、いまだに友好関係は築けていない。むしろ顔を合わせるたび悪化する一方だ。
ヒカルも何か言いかけたのか小さく口を開いたが、その口から言葉が出るより早くヒカルの後ろから高い声が飛んできた。子ども特有の、よく通るまっすぐな声だ。
「どけよニセモノ! おししょーさまのジャマだろ!」
光一が目線を下げると、ヒカルの腰あたりから栗色のツンツン頭が顔をのぞかせた。ヒカルの弟子を名乗る十歳ほどの少年、マロンだ。光一はその姿を確認するなり、より一層眉をひそめた。
「そのニセモノってやめろや」
「だっておししょーさまのニセモノじゃんか!」
「マロン、いいから」
ヒカルがたしなめると、マロンは納得のいかない表情で引き下がった。ヒカルは肩にかけたタオルで後頭部を拭きながら一歩踏み出す。ヒカルの肩と光一の肩がわずかにぶつかる。
「ごはんできてるって。行こ、マロン」
ヒカルはまるで光一など見えていないかのように歩を進める。マロンがはーい、と返事をすると、光一に向かって舌を突き出してからヒカルの背中を追いかけて行った。
一人になったシャワー室の前で、光一はぽつりと呟く。
「……やっぱオレ、アイツ嫌いやわ」
――三日前。
管理人城にヒカルが到着したのは、夕食時のことだった。彼はその日、料理を口にすることもなく弟子のマロンと共に寝室へ消えてしまった。
光一は自分のリバーシに会うことを少なからず楽しみにしていた。自分の理想の姿。それはさぞかし勇敢で腕の立つ剣士なのだろうと期待が膨らんでいた。それが会ってみれば背は高くないわ(身長は光一と変わらなかった)ニコニコしていて気色悪いわ、極めつけに『コウイチ』という名前が嫌いだとわけのわからないことを言ってきた。光一から見たヒカルは理想とは程遠い、むしろ苦手なタイプだ。
イリアの話では数日の準備期間を設け、ケントを抜いた現在のメンバーで敵の元へ向かうらしい。当然ながらその中にはヒカルも含まれているのだが、行動を共にしなければいけないと考えるだけで気が重くなる。ヒカルを見ていると、自分の内面はこんな奴だったのかと、軽い自己嫌悪に襲われるのだ。
ヒカルが城に来た次の日、めずらしくケントから光一に話しかけてきた。
「よォ、自分のリバーシに会えた感想はどうだ?」
「思ってたんと違ったわ」
光一が素直な感想を口にすると、ケントは意外そうな顔をした。
「そうなのか? 俺はてっきり、ああいうのに憧れているのかと思ってたが」
「アホか、全然キャラちゃうやん」
「現実と理想でキャラが違うのはよくあることだと思っていたな」
光一は一瞬言葉に詰まる。賢斗とケントを見れば、自分とヒカルが全く違う性格でも不思議ではない。
「そう言われたらそうかもしれんけど……オレの理想はもっとこう、強くてかっこええねん! あんな感じ悪くもないし!」
ふーん、とケントは興味なさげに聞き流す。こういう時ケントは反応が正直だ。
「まぁ確かに
ケントは何かを言いかけたが辞めたようだった。
光一はふと、ケントと最初に会った時を思い返した。彼は初めからヒカルのことを知っているような口ぶりだった気がする。
「ケントはアイツ……ヒカルのこと元々知ってたんか?」
「あぁ。最後に会ったのは一年前だがな」
「最後に、てことはその前から知ってたんか」
「そうだな。初めてあいつを見たのは……五年前だったかな。アカデミー内で一番剣の腕がよかったから、俺はあいつを王宮剣士に誘ったんだ」
「王宮剣士?」
聞きなれない単語が出てきたので聞き返すと、ケントは素直に説明してくれた。
「城直属の剣士のことだ。護衛のみならドラゴン使いでも事足りるが、あいつらは攻撃には不向きだからな。王族の者は基本的に、少なくとも一人か二人くらいは自分専属の優秀な剣士を就けていたんだ」
「へー、かっこええやん」
光一がわずかに目を輝かせると、ケントは俯き気味に続けた。
「
光一は驚いた。自分であれば絶対に、剣の腕を見込んで城に誘われた話を断るなどしないと思ったからだ。承諾し、約束していたというならなおさらだ。
「俺らリバーシの行動・思考は当然ながら現実に生きる本体に起因する。奴の態度が変わったのは一年前だ。お前、その頃になにか心当たりはないのか?」
光一はどきりとする。同時にそうか、と納得した。約一年前、自分の身に起こった大きな出来事と言えば思い当たるのはひとつしかない。
母の死だ。
光一の表情が硬くなったのを感じ取ったのか、ケントは顔をそらして続けた。
「ま、別に詮索するつもりはないがな。ただこの世界の『光の剣士』が
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