Reversi小説 | ナノ



4-5

「黒魔女……?」

 光一が首をかしげると、セレナは俯き気味に続けた。

「闇魔法を使える魔女のことです。闇魔法は普通の魔法とは違い、膨大な力を得られる代わりに使用者にも負担がかかります。でも、生まれ持った魔力が人より高い≪魔女≫なら、比較的扱うことが容易いです。それが一般に、黒魔女と呼ばれます」
「お前が昨日使った魔法も、闇魔法なんか?」

 光一の言葉に、セレナは静かに頷く。

「私は数年前……雷の鳴る夜、村の人たちに手足をしばられて暗い森に捨てられました。その時拾ってくれたのが、カナタ様だったんです」

 カナタ、という名前に光一はどきりとする。平静を装い 相槌 あいづち を打つとセレナが続けた。

「カナタ様は捨てられた私に優しくしてくれました。闇魔法を教えてくれたのもカナタ様です。カナタ様がいなければ、私は今頃暗い森でドラゴンさんのご飯になっていたかもしれません」

 どうやらセレナにとって、カナタは命の恩人のようだ。段々と聞き苦しい話の流れになってきた。だが、それはセレナも同じはずだ。彼女だって、出来ればこんな話はしたくないだろう。光一はゆっくり、少しずつ言葉を繋げていくセレナを見守った。

「……カナタ様は、私は悪くないって何度も言ってくれました。たくさん、色んなことを教えてくれました。そして私はカナタ様の命令に従い、たくさんの人を襲いました。魔女がたくさんの人を傷つけているのは本当なんです。でも私、それが正しいって思っていました。私が魔法を使えば、カナタ様が喜んでくれたから……」

 穏やかだったセレナの声は、後半になると震えていた。彼女もそれに気付いたらしく、一度言葉を切るとふぅ、と息をついた。
 一体セレナは、どんな気持ちで自分にこのことを打ち明けているのだろう。光一はうまい言葉が見付からず、ただ黙って聞くことしかできなかった。

「……私がみなさんに近付いたのは、光一さんを足止めして……殺すためです」
「……あのショウタとかいう奴が言うとったな」
「人と魔女は関わりをもってはいけないと、カナタ様は言っていました。力を持っていない人は心も弱いから、力を持つ者に恐れを抱くんだと。決して分かり合えない存在で、どちらかが滅びるまで争い続けなくてはならないと」

 セレナの声のトーンが少し高くなった。それと同時に彼女は地面を向いたので、表情が分からなくなる。

「ニーナだって、私が何をしてきたのか知ってるはずなんです。それなのに今日、一日中私と一緒にいてくれました。私の仲間のせいで昨日ひどいケガを負ったのに、そのことには一切触れずに他愛のない話をたくさんしてくれました。ドラゴン使いは素晴らしい一族なんだって、私はじめて知りました」

 ニーナらしいな、と光一は少し苦笑する。

「私、自分のしたことに初めて後悔しました。私がしたことは、謝っても謝りきれません。やっぱり私はここにいちゃいけなかったんです。……私なんかがみなさんと一緒にいていいはずがなかったんです」
「……んで? お前はあっちに戻って、オレらと戦うんか?」

 光一の問いに、セレナはゆっくり首を横に振る。

「いえ、裏切り者は戻ったところで処分されるだけです。しばらくは誰の目にもふれない所でひっそり生きようかなと……」
「それで出ていこうとしたんか?」

 セレナが外にいたのは、そのままここを離れるつもりだったのだろう。おそらくさっき言っていた「決めた」というのは、ここを出ていくことだ。セレナが、今度は首を縦に振った。光一が息を吐くと、セレナは再び俯いた。彼女の様子は何かにおびえているようにも見える。

「お前はホンマにそれでええんか?」
「良いというか……それしかないんです」
「じゃあ納得はしてへんねんな?」
「……何が、言いたいんですか?」

 セレナは顔を上げ、 いぶか しげな表情を見せた。こういう顔もするのか、と光一は少し意外に感じた。

「別に。お前は昔の仲間からも、オレらからも逃げるっちゅーことやろ? なんや無責任やなぁって思っただけやで」
「……光一さんに何が分かるんですか!?」

 セレナは初めて声を荒げた。唇を引き結び、怒気を はら んだ瞳が揺れる。彼女は震える声で続けた。

「初めから光の中にいたあなたに、何がわかるんですか。ちゃんとした家族がいて、仲間がいて、明確な目標があって。生きてるだけで他人に迷惑をかけることもない、 さげす まれることもない。そんな……そんな光一さんに、一体私の何がわかるんですか?」
「せやな、お前の気持ちはオレにはわからんわ」
「そうでしょう? だったら……」
「せやからお前のことはお前がちゃんと考えなアカンやろ」

 セレナは反論するそぶりを見せたが、言葉につまったようだ。光一がさらに続ける。

「あんな、オレはお前が見てきたモンも実際見てへんし、ホンマに理解することはでけへんよ。やけどお前、後悔してんねやろ? こっから逃げたら、また後悔するんちゃうの」
「……それは……」

 光一の問いかけに、セレナは言いよどむ。やはり、彼女は自分の決断に迷っているようだ。

 セレナは小さな拳にぎゅうっと力を込めた。

「……どうして……どうして光一さんは私なんかに構うんですか。私は敵だったんですよ? 放っておいたらいいじゃないですか!」
「せやけどお前、オレらのこと助けてくれたやん」
「だからそれは……! 光一さんは人が良すぎます。そんな甘い考えだと、あの人たちに勝てないですよ!?」

 セレナのその言葉で、光一は眉間にシワを寄せた。

「オレは負けへん」
「無理ですよ、あっちには他にも闇魔法を使える人が数人……」
「何人いようが関係あらへんわ。オレが戦うって決めたんや。オレは自分のやりたいことやっとるだけや」

 光一の言葉に、セレナはそれ以上言い返してこなかった。
 迷ったときはシンプルに考えたらいい。それはさっき、光一自身が気付いたことだった。

「人のことばっか気にせんと、お前自身はどうしたいん?」
「……私……は……」

 セレナがハッと目を見開いた。それまで固く結ばれていた拳が緩まる。彼女はしばらく考えて、やがてぽつりと呟いた。

「私は……もう人を傷つけたくないです」
「おぅ」

 少し憂いを帯びた声に、光一はいつも通りの明るい声で返事をする。するとセレナは俯き気味だった顔を上げ、真剣なまなざしを光一に向けた。

「それと、ミチルさんの作るおいしいご飯をもっとたくさん食べたいです!」
「お、おぉ……?」

 真面目に話すのかと思いきや、やはり彼女はどこかズレているようだ。かと思えば、今度は微笑むような温かい表情を見せる。

「あと、またお茶会をしたいです。カレンさんともニーナとも、たくさんお話したいです」
「……おぅ」
「光一さんの必殺技、見たいです」
「せやな」

 セレナはそこまで言うと、再び俯いてしまった。肩にかかっていた一束の髪がはらりと落ちる。数秒の沈黙が続いた。光一はまた彼女独特の かと、何も言わずに待ってみる。

 しかし、次に彼女が顔を上げた時。その瞳からは大粒の涙が零れていた。瞬間、光一の全身から血の気が引く。

 余計なことを言ってしまったか、ますます彼女を悩ませてしまったか、それとも言い方がきつかったか。あたあたと考えを巡らせ、光一は流れてくる滝のような汗を拭うので精一杯だった。

 声をかけようとした時、 わず かに早くセレナが声を発した。

「光一さん……」
「はいっなんですか!?」

 光一は思わず背筋を伸ばし、敬語で返す。そんな光一を気に留める様子もなく、セレナはぽろぽろ溢れる涙もそのままに言葉を続けた。

「私……ここにいてもいいですか?」

 彼女の震える声を聞き、光一は目を見開いた。

 これはきっと、命令通り動いてきた彼女が初めて自分で考えたことなのだ。昨日の夜から今日一日、彼女はずっと苦しんでいたはずだ。たくさん迷っていたはずだ。やっと出せた『自分の答え』に、不安を抱えているのだ。
 光一は涙が自分のせいではないとわかり、軽く息を吐いた。

「せやからソレはオレが決めることちゃうやろ」

 呆れたような声色で光一が答えると、そうでした、と目元を赤くしたセレナが笑った。

「私、みなさんと……光一さん達と一緒にいたいです……っ!」
「おぅ! ならこれからもよろしくな、セレナ!」
「はい……はい……っ!!」

 ニカッと笑って見せる光一を見て、セレナは口を手で覆う。かみしめるようにこくこくと何度も頷いた。


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