4-1
思えば数日前から、やたらと日差しが強いような気がしていた。オレの気のせいだったかもしれない。管理人から『あいつ』が来ると聞いたから、過剰に反応していただけなのかも。
もしそうだったとしても、日の光が苦手であることに変わりはない。少しだけ時間のロスにはなったけれど、今日の雨はオレにとってはありがたかった。道中見つけた
「雨、強くなってきちゃいましたね」
「寒い?」
「いえっ! 僕はおししょーさまの弟子ですから、このくらいで弱音なんて吐きませんっ!」
オレよりみっつかそこら年下の少年は、身を乗り出してそう言い切った。別にそんなつもりで聞いたわけじゃないのに。オレが苦笑すると、少年もえへへと笑って、再び二人で空を見上げた。
あぁ、これから『あいつ』の元へ行くことを考えると胃の辺りがむかむかする。オレが平静を装っているのは、目の前に弟子と名乗るこの少年がいるからだ。つまりは強がりだ。本当なら今すぐにでも逃げ出して、現実から目を背けたい。
今更どうしようもないことだとは分かっていつつも、この雨がずっと止まなきゃいいのになんて子供じみた考えを頭に巡らせた。
夜が空けた。前日は半ば叩き起こされるような形だったが、今日は窓から入る日差しによって
一瞬ここがどこだか分からなくて、きょろきょろと辺りを見回す。四方は白塗りの壁、小さなテーブルと自分が今寝ているベッド、あとは出入りする扉くらいしかない簡素な部屋だ。左側には小さめの窓がある。カーテンはついていない。おかげで、朝の光が存分に降り注いでいる。目線を右下にやると、ぐちゃぐちゃになった毛布が一枚。これは確か、寝るときに体に掛けていた気がする。
そこまで考えて、光一はやっとここがどこなのかを思い出した。
「あー……
寝起きの掠れた声で独り言をこぼす。二日前に、ミチルと名乗る人物に連れて来られた異世界だ。
今日、いよいよ光一は自分のリバーシと会うことになっていた。リバーシというのは理想の自分が形になった、もう一人の自分だそうだ。考えただけでも不思議な気分だ。光一のリバーシはこの世界で≪光の剣士≫と呼ばれているらしい。一体どんな姿をしていて、どんな人物なのだろうと少しの期待を抱く。理想がそのまま形になっているとすれば、多分頭が良くて強くて、身長が高い。特に最後のは最低条件だ。
とにかく完全に目が覚めたので活動を始めようと、光一はもそもそとベッドから降りた。
洗面所で顔を洗った光一は、廊下でニーナと出会った。昨晩ケガをした額には医療用テープが貼られている。女の子なのに、と少しだけ胸が痛む。キレイに傷が治るといいのだが。
彼女の後ろから、セレナもひょっこり顔を出した。昨日はあのまま寝てしまったようだが、今朝は顔色もいいようでホッとする。
「あっ、光一おっはよー!」
「……おはようございます光一さん」
「おっす、おはよ。もう起きてたんやな。……てか今何時?」
聞くと、ニーナはカラカラと声を上げて感じよく笑った。
「アハハ、もう10時だよー!」
ケントは広間にいたよ、と彼女は付け足す。今日も自分は一番遅かったのか。そう思い光一は少し悔しくなった。まるで一番体力がないみたいで情けない。明日は早く起きようと小さく誓った。
「まぁアタシたちもついさっき起きたんだけどね。昨日は本当、色々あって疲れたよね」
ニーナがフォローするように言葉を続けた。昨日は確かに、濃い一日だった。ケントの城がある街に行き、帰る途中に倒れていたセレナを見付け、イリア達の元へ戻ると賢斗がさらわれてしまった。こうしてまとめてみると改めて、過密なスケジュールをこなしたと思う。
だが少し喉につかえるものがあり、誰も昨日の出来事を直接口には出さなかった。特にセレナは、挨拶を交わしてからその後一言も発していない。
昨日の話だとセレナは賢斗をさらった奴らの仲間で、光一たちを足止めするために近付いたのだという。ただ彼女の様子を見る限り、一時的に記憶を失っていたというのは本当のことなのだろう。
セレナの視線は足元をさまようばかりで、光一もうまい言葉が見つからない。こういう空気は苦手だ。ニーナも耐え切れなくなったのか、セレナの手を引いて明るい声を上げた。
「あ、今はセレナにこの城内を案内してたとこなんだ! 続き行こっか、またあとでね光一! 朝ごはんなら広間でミチルさんが用意してくれてるから〜」
歩きながら話すニーナの声は、最後の方は遠く聞こえた。
セレナは間違いなく、昨日のことを気にしている。そんな彼女に気の効いた言葉のひとつもかけられない自分にまた嫌気がさした。
こんな時、隣に賢斗がいたならこの場に最適な言葉を出してくれるんだろうに。光一はため息をつきながら、今どこにいるのかもわからない親友に想いを馳せた。
大広間の扉を開けると、ソファーに腰掛けたケントと目が合った。彼にも、顔や体のあちこちに手当の跡が見られる。
「おっす……体、大丈夫なんか?」
光一は一応心配して声をかけたのだが、対するケントはフンと鼻を鳴らした。
「ハッ、
どうやら元気そうだ。
そうこうしていると、奥の方からミチルが現れた。ミチルは光一を見て僅かに微笑む。
「やっと起きたみたいだね、おはよう。ご飯出来てるけどどうする?」
「おー……ありがとな。もらうわ」
朝起きてご飯が出てくるというのはなんだか少し気恥ずかしい。
焼きたてのパンに少しの野菜と鶏肉を挟んだものを口に含み、ミルク(なんの乳かは分からない)で一気に流し込む。昨日も
光一が二口目をほおばった時、一人の姿が見えないことに気付いた。
「あれ、イリアは?」
「イリア様は仕事が立て込んでるみたいで、自室にこもってるよ。普段なら仕事が溜まることなんてないんだけど……珍しいな」
ミチルはそう答えると、まぁここ数日はバタバタしてたしな、と自己解決した。
なんだか大変そうやなぁと光一が他人事のように呟こうとしたその時。
ガシャーン!
突然、何かが勢い良く割れたようなけたたましい音が辺りに響いた。その場にいた全員が一斉に音のなった方を見る。視線の先には飛び散ったガラス片と、それを頭から被った見知らぬ男性がいた。見た目からして二十代半ばだろうか。光一はまた敵が来たのかと反射的にネックレスに手をかける。
しかしミチルは、男性の姿を確認すると呆れたように深いため息をついた。嫌そうな顔をしているが、緊迫した感じではない。この男の正体を知っているのだろうか。
[もくじ]
[しおりを挟む]