3-7
大広間のソファーで、光一、ケント、ニーナの三人が並んで座っていた。セレナは気を失ったまま目が覚めず、違う部屋のベッドに寝かされたらしい。向かいにはイリアが足を組んで座っている。その表情は浮かないものだった。ミチルが全員分の紅茶を用意してくれたが、それに口をつける者はいなかった。
イリアが組んでいた脚を下ろし、重心を前にずらした。
「……私もお前らに聞きたいことがあるが、まずは私の話からした方が良さそうだな」
イリアの言葉に光一が反応し、下げていた顔を上げた。さっきまで感じていた眠気や疲労などは、すっかりどこかへ消え去っていた。
「単刀直入に言うと、さっきいた女が敵の親玉だ。人間界へのドラゴンの介入もアイツの仕業。そうじゃないかと思ってはいたが、今日になってやっと確信出来た」
光一はその言葉にどきりとした。さっきいた女とは、織原のリバーシのことだ。学校で優しく接してくれた彼女を思うと、少し気持ちが重くなる。
「イリア、その人なんやけど……」
「あぁ、あっちの世界では教員をやっていて、お前の担任だったんだろう? 知ってるよ。だから確信するまで言わないつもりだったんだ」
しかしそのせいで余計に混乱させたな、とイリアは眉根を寄せた。ため息を吐いて、言葉を続ける。
「アイツは昔からのちょっとした知り合いでな。しばらく見ないと思ったら、どういうわけだか何か下らんことを企んでいるらしい。……光一、お前はその自分の担任が今、どうなっているのか知ってるか?」
「は? どうって……意識不明になっとるらしいとは聞いたけど」
色々なことがありすっかり忘れかけていたが、そういえばこの世界に来る直前までは頭の隅でずっとその事が引っかかっていた。織原は何故、突然そんな状態になったのだろう。
「やはりな。……それをやったのはおそらく、アイツ自身だ」
少し考え込むように間を置いてから、イリアはさらりとそう言った。光一はその言葉に耳を疑う。ミチルの話では、リバーシか本体、そのどちらかが死ねばもう片方も死んでしまうのではなかったか。
ケントも同じ疑問を抱いたようで、横から口を挟んできた。
「自分の本体を攻撃したということか? そんなことをしてなにかメリットがあるのか?」
「理由までは私も知らん。……まぁただ、本当かどうかは分からんが妙な噂なら聞いたことがある」
ケントが目で聞き返す。イリアの瞳がスッと細くなり、射るような眼差しをどこか遠くに向けた。
「本体とリバーシ、どちらかが瀕死の状態になった時、そのふたつの精神を融合させる禁忌の魔法があるらしい。もしもそれが成功すれば、時空の歪みさえ操れる超越した力を得られるそうだ」
「融合だと……っ!? バカな! そんなことが出来たらこの世界が存在している意味がないだろう!」
ケントが目を見開き、信じられないと呟いた。光一は話の内容がいまいち掴めずに、イリアとケントの顔を交互に見ていた。
「落ち着け。本当かどうかは分からんと言ったろ。都市伝説のようなものだと思うが、もしかしたらそれを狙っていたのかもしれないな」
ケントは納得のいかない顔で口をつぐんだ。それと入れ替わるように、ニーナがおずおずと口を開く。
「あの……さらわれたケントの本体は助けに行かないんですか?」
光一はその声を聞いて、はっとイリアを見る。織原のことももちろん気になるが、まずは賢斗が先だ。そのために自分は、このわけのわからない世界に来ているのだ。
イリアはそうだな、と一言呟くと、その場で立ち上がった。
「もちろんそのつもりだ。だが今すぐに、というわけにはいかないな。あっちが動き始めたということは、ある程度の準備を整えてきたのだろう。こっちには今のところ、十分に対抗出来る力がない」
その言葉に、光一はさっきの無力な自分を思い出した。再び込み上がる悔しさに、強く奥歯を噛みしめる。
圧倒的に力が足りない。そんなことは嫌というほど理解していた。
もしもこれがゲームなら、弱い敵を倒してレベルを上げればいい。お金を貯めて強い装備を手に入れればいい。だがこれはゲームじゃない。どうすれば強くなれるのか、それすらも分からない。そんな自分が悔しくて仕方なかった。
「……イリア。オレはどーやったら、強くなれる?」
小さな声で、イリアに問いかける。床を見て拳を握りしめることしか出来ない自分が情けない。イリアは数秒黙っていたが、やがて光一の方に近づいてきた。ヒールの音が目の前で止まり、光一は不思議に思い顔を上げた。
次の瞬間、イリアは光一の頭に手を置き、そのままわしわしとてっぺんの髪の毛をかき乱した。
「わっ、何すんねん!?」
「心配するな、お前は強いよ」
必死にイリアの手から逃れ、光一は崩された髪の毛を元に戻す。むすっとした表情でイリアを睨みつけながらも、彼女の言葉を改めて脳内で復唱した。
「……どこがやねん。オレさっき何にもまともに出来ひんかってん、このままじゃアカンやろ」
イリアは光一の反応を楽しむように目を細め、こほんと小さく咳払いをして仕切りなおした。
「お前は『光の魔力』が使える。それは私にも出来ないことだ。闇の魔力を止めるのは、相対する光の魔力しかない」
光一はイリアの言葉に疑問に感じ、首を傾げた。
「光の魔力を使えんのはオレのリバーシなんやろ? オレが出来んのは剣から炎出すくらいやで」
言いながら、イリアに訝しげな顔を向ける。イリアはそんな光一から顔を逸し、くるりと踵を返した。カツカツとハイヒールを鳴らし、扉に向かって歩いて行く。
「使えるさ、必ずな」
含みを持たせるような言葉を口に出し、イリアは扉に手をかけた。最後に首だけ振り返ると、はらりと銀色の髪が肩から落ちた。
「ま、お前らも疲れてるだろう。続きは明日にしよう。……明日になればゲストも到着するだろうしな」
言い終えると、誰かが返事をする間もなくイリアは扉の向こうへと消えた。
扉がゆっくり閉まるのを見届けたあと、光一がミチルに視線を投げた。
「……ゲストォ?」
「うん、少し前から声はかけてたんだけど、なかなかつかまらなくてね。ある意味、君が一番会いたい相手なんじゃないか?」
光一はミチルの言葉の意味がわからず首を傾げる。少し間をおいてから、ミチルが続けた。
「言っただろ、闇の魔力を抑えるには光の魔力が必要なんだ」
そこでやっと、光一はゲストというのが誰なのか理解した。
それはこの世界の存在を知ってからずっと、なんとなく気にかけていた人物。
この世界でも有数の、光の魔力を扱えるという人物。
話には聞いていたが、本当に存在するのか半信半疑だった人物。
「もしかしてゲストって……オレのリバーシか?」
光一の声にニーナは目を見開いて驚き、ケントはすっかりお馴染みの怪訝な表情を見せた。
どうやらまだしばらくは気持ちを落ち着ける暇もないようだ。光一は眉間にシワを寄せ、まだ見ぬもう一人の自分がどんな人物なのか思いを巡らせた。
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