Reversi小説 | ナノ



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 すっかり暗くなった森の中は、数メートル先ですら闇に飲まれ何も見えなかった。魔法による蝶の光を頼りに、光一とセレナの二人は少しずつ森の奥へと進んでいった。左右に向けてケントの名を呼んではみるものの、返事はなかった。時間的にそこまで遠くへは行っていないはずだが、この視界の効かない暗闇では音だけが頼りだ。向こうが声を発してくれなければ、近くにいたとしても見つけ出すのは困難だろう。

 前を歩く光一が、ちらりと後ろを振り向く。それに気付き、セレナはきょとんと光一の顔を見た。

「どうかしましたか、光一さん」

 そう言い、魔女は左手の人差し指でひらひらと蝶を遊ばせた。光一は改めて、その姿をまじまじと見る。少女の小さな頭には不格好なほどあまりにも大きな帽子に、ウェーブのかかった紫色の長い髪の毛。周りにはほんのりと、花のような香りが漂っている気がする。そしてセーラー服の上から羽織ったローブは、これまた彼女の身体に対してあまりにも大きくぶかぶかだ。まるで借り物を被っているかのように、彼女の服装はちぐはぐだった。

 光一は少し考え、前方へ目を戻した。ケントたちが言っていた≪魔女≫のことが気になる。目の前の少女は見れば見るほど、不思議な雰囲気はあるがどこにでもいる普通の少女にしか見えない。一体彼女の何をそんなに恐れているのだろうか。

 話を切りだそうと、光一は言葉を探した。

「あんな、オレ……違う世界から来たんやけど」

 自分で言っていて可笑しくなってくる台詞だ。しかしこう説明するしか思い浮かばない。セレナの反応が気になり再びちらりと振り向くと、彼女は驚いたような、意外そうな顔をしていた。

 漫画でよく見る、『異世界から来たというキャラ』はみんなこんな気持ちだったのかと、恥ずかしいやら切ないやらで顔が熱くなる。慌てて次の言葉を続けようとするが、それより先にセレナが口を開いた。

「そうだったんですか〜。戦闘服を来ていたので、てっきり剣士様かと思ってました。違う世界ということは、鏡の裏側の世界ということですよね?」

 のんびりとしたトーンで返ってきたのは、意外な言葉だった。異世界から来たという部分はさらりと受け入れられたこともそうだが、なによりその前の言葉が気になった。光一が今着用しているのは、灰桐中学校指定の学ランだ。セレナはそれを、『戦闘服』だと言った。

「……戦闘服って、どういうことなん?」
「あれ、そちらの世界では違うんですか? その服は、正規剣士様のみが着用を許される戦闘服ですよ。この世界では三種類の上級職にそれぞれの正装が決められているんです。剣士は詰襟、王族はジャケット。……そういえば王族服は、先ほど出て行った方が着ていましたね〜」

 語尾を伸ばし気味に、セレナが説明する。少し間を置き、彼女は再び続けた。

「そして私がこのローブの中に着ているのが……魔女の正装です」

 偶然にも、うまい具合に話が転がったらしい。光一は頭に浮かんでいた疑問を、彼女自身に投げかけてみることにした。

「さっきから気になっとったんやけど、魔女ってなんなん?」

 危険な存在だと、ケントは言っていた。だが、光一には目の前の少女が自分たちに害を及ぼすとは到底思えなかった。

 しばらく反応がなかったので、光一はくるりと振り向いた。セレナは少し考えるそぶりを見せてから言葉を発した。

「そうですね……魔女は、魔法であればほとんどの属性を使いこなせます。魔力属性は特殊な≪闇≫と≪光≫を覗いては8種類存在しますが、私はその8種全ての魔法を扱うことができます」
「はー、すごいなぁ! オレは炎属性しか使われへんで」

 光一が関心した声を上げるが、セレナは表情を変えず「そうでしょうか」と淡泊に返した。歩くスピードを緩めながら話を続ける。

「大きすぎる力は、やがて周りから恐れられます。魔女の力を持っていることが知られると、私は住んでいた村を追い出されてしまいました。友達だと思っていた人たちから跳ね除けられ、親からも見捨てられました」

 そこで光一は、ぴたりと歩みを止める。彼女は依然として、なんの感情も映していないようない瞳で光一を見ていた。しかしそのまなざしは、どこか寂しがっているようにも見えた。自分の生まれ育った地から理不尽に追い出された時、いったいどのような気持ちだったのだろうか。

 ……いや、突然居場所がなくなり周りの人間から疎まれる経験なら、光一にも覚えがあった。母が亡くなった時、親戚中から哀れまれ、邪魔がられ、蔑まれた。その言いようのない孤独を知っている。

「じゃあ今お前は……ひとりなんか?」

 眉間にシワを寄せ、光一は問いかけた。セレナは再び考え込み、自信なさげにぽつりと呟いた。

「えーと……誰かと一緒にいたような気もするんですが、そこからの記憶が曖昧なんですよねぇ……すみません」
「そっか……。まぁ謝ることちゃうやろ! こーやって話してるうちになんか思い出すかもしれんしな。早いとこ戻るとええな、記憶」

 セレナはそんな光一の言葉に、今度は優しい笑みを返した。

「優しいんですね、光一さんは」

 そう言われ、途端に恥ずかしさが込み上がってきた光一は「別に」とぶっきらぼうに言うと、慌てて前に向き直りまた歩き始めた。


 光一とセレナが山小屋を出てから、しばらくの時が経った。念入りに探しているつもりだが、目的の二人はなかなか見つからない。光一は眠気がこみ上げてきて、抑え気味にあくびをひとつした。するとその瞬間、すぐ近くから鋭い雄叫びが聞こえた。それと共に地響きが起こり、光一の脳は瞬時に覚醒する。

 首にかけていたネックレスを力任せに引き千切ると、そこから橙色の光が溢れ出る。光はすぐさま棒状に変わり、じわりじわりと剣の形を形成していく。たった数秒で、光一の右手には彼の身長ほどもある大剣が握られた。それが終えるかどうかというタイミングで、すぐ側の木々が激しく揺れた。

光一は固唾を呑んで様子をうかがっていたが、やがて静寂を破るように木々の間から影が飛び出してきた。セレナは一歩後ずさり、光一が体の前に剣を構えた。しかし暗闇に慣れ始めた目を凝らしてみると、木々を縫って現れたのは探していた少年だった。その後ろから、褐色肌の少女も現れる。光一は剣を握る力を緩め、ほっとした表情を向けた。

「ケント! ニーナ! 無事やったんやな!」
「あ、光一! 探しに来てくれたんだね」

 ニーナがぱっと笑顔で返すが、ケントはその声に応えず右手に握りしめた斧を振り下ろした。斬撃が軌道に合わせて辺りの空気を凍らせ、瞬時に氷の道を作り出す。その攻撃はケントが現れた木々の隙間へと伸びていった。

 彼はその場に腰をおろし、少し上がり気味の呼吸を整える。やはり森の中でドラゴンと遭遇したのだろう。ケントは警戒した瞳を暗闇へ向けるが、相手が追ってこないことが分かると斧をブレスレットに戻した。

 光一が呆れた表情でケントを見る。

「一人で飛び出してくからドラゴンに襲われんねやろ、アホ。なんのためにニーナがあの小屋まで案内してくれたと思っとんねん」

 ケントがその声に反応し、ちらりと光一を見た。視線を森の奥へ戻すと、低い声を返した。

「……おかしいんだよ」

 ぼそりと呟くようなケントの言葉に、光一は首をかしげた。

「おかしいって……何がやねん」
「三体目だ」

 言葉は返ってくるものの、光一はもったいぶるようなケントの口調にじれったさを感じた。ケントは木に手をつき立ち上がると、考えこむように腕を組んだ。

「俺があの小屋を出てから、今ので三体目のドラゴンだ。いくら暗くなった森とはいえ、さすがにこの数は異常だ。多すぎる。……しかもーー」

 彼の声を遮るかの如く、再びドラゴンの唸声が轟く。光一が辺りを見回すと、木々の間からズシリ、ズシリと、2メートルはであろう超える黒い影が現れた。硬い鱗に覆われたその姿は、全身黒一色。ゆらりと動いた瞳は黄金に輝き、細長い瞳孔がきろきろと動く様はまるで蛇のようだ。ケントが舌打ちをしてドラゴンを睨みつける。

「しかも全部、闇属性のドラゴンだ。不自然にも程がある」

 ドラゴンの足元はわずかに凍りついていた。おそらくケントは、このドラゴンから逃げていたのだろう。こんな体格の敵が短時間にゴロゴロ出てこられては、誰だって息も上がるはずだ。

 ケントは再び斧を具現化させ、ドラゴンと対峙した。光一も大剣を握り直し横に並ぶが、その途端ケントの端正な顔立ちが歪んだ。

「邪魔だ、引っ込んでろ」
「はァ!? お前もうボロボロやん、カッコつけんなアホ」

 冷たく言い放たれたケントの言葉に、呆れ顔で光一が返す。見ればケントは羽織っている上着も汚れ、顔のあちこちに小さな擦り傷が多数見られる。今や街にいた時の『王子の風格』は消え失せている。それでも彼は、なおも威圧的に光一を睨みつけた。

「お前みたいなポンコツ、横にいられても足手まといになるだけなんだよ。いいから大人しく女どもと小屋にでも戻りやがれ」

 言い切るケントは左手を前に突き出し、そこから細かい氷の粒子を放出した。風に乗った粒子はドラゴンへ向かっていき、鋭く尖った部分で表皮の鱗を数枚剥ぎとる。ドラゴンは怒ったかのように吠え猛り、どっしりとした二本の後ろ足でこちらに向かってきた。

「助けに来てやったんにホンマ可愛くないなァ自分!」

 光一も憎まれ口を返すと、大剣を宙に振り上げた。腰に重心をおき、腕の力を抜く。引きずらなければ持ち運べないほどの重さが、スッと上から持ち上げられたかの如く軽くなる。その瞬間を逃さず、気合いを込めた掛け声と共に大きく剣を振り下ろした。剣から噴き上がる炎がそのまま形となり斬撃を生み出し、それは見事ドラゴンの脇腹に命中した。

 ドラゴンはひときわ高い声で嘶くと、照準をケントから光一にずらした。その隙にケントは素早くドラゴンの懐へ飛び込み、斧のスパイク部分で顎下を刺突する。ちょうどその部位は鱗がなく、斧は容易にドラゴンの口を貫通した。ケントは刺さったままの斧をぐるりとひねると、ドラゴンを顔から地面へ叩きつけた。力任せに斧を引き抜くと、ドラゴンの顎下から赤黒い体液が噴き出した。

 間髪入れずに、今度は刃の部分を獲物の額に振り下ろす。ドラゴンはしばらく喉の奥で低く呻いていたが、やがてパキリという小気味いい音と共に、身体が徐々に崩れ始めた。ドラゴンは砂で出来た人形のようにサラサラと少しずつ大気中に溶けていき、最後に残った黒い宝石も粉々に砕け散った。

 ケントはため息をつくと、自身の魔具をブレスレットに戻し光一に向き直る。その表情からは少しばかり得意げな雰囲気が見て取れた。「だから自分一人で充分だと言っただろう」とでも言いたげな目だ。光一は弁解するように、むっすりと言葉を投げた。

「オレの攻撃で隙が出来たんやろ」
「はいはいそうだな、良くやった」

 ケントが鼻笑い混じりの、少し馬鹿にしたような口調で呟く。光一が言い返そうと身構えたが、ニーナが呆れた様子で二人を制した。

「ケンカしてる場合じゃないよ二人とも! ……もっと大きいのが、すぐ近くまで来てる」

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